「終の住処を求めて」高齢者が全国から集まる 「家賃半額の若者が同居する」アパートのからくり

自分が70歳になったとき、若い頃と同じように部屋を借りられるだろうか。親がひとり暮らしを望んだとき、受け入れてくれる物件はあるだろうか。

【写真を見る】ノビシロハウスは2階建ての「South棟」と「North棟」で構成されている(写真:筆者撮影)

2038年、日本では3人に1人が65歳以上になると推計されている。未婚率の上昇と少子化が重なり、頼れる家族のいない単身高齢者は今後さらに増えていく。年金制度の先行きも不透明ななか、「老後にどこで、どう暮らすか」は誰にとっても他人事ではなくなりつつある。

ところが、いざ高齢になって賃貸住宅を借りようとすると、大きな壁が立ちはだかる。前編で触れた「孤独死リスク」だ。この構造的な課題に対して、住宅の設計そのものでひとつの答えを出そうとしている場所がある。神奈川県藤沢市の多世代共生型賃貸住宅「ノビシロハウス亀井野(以下、ノビシロハウス)」だ。

ここには10代・20代の若者と70代以上の高齢者が世代を超え、ゆるいつながりをもちながらともに暮らしている。現在、入居を待つ人は100人以上。2027年には東京・東久留米で2号棟のオープンも控えており、問い合わせがすでに相次いでいる。

福祉施設でもない、サービス付き高齢者向け住宅でもない、普通の賃貸アパートだ。なぜこの住宅は成立しているのか。現地を訪ね、ノビシロハウスの企画・管理・運営をおこなう株式会社ノビシロ代表取締役の鮎川沙代さん(43)に話を聞いた。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由

「ご紹介できる部屋がありません」

前編で詳しく紹介したが、ノビシロハウスの出発点は、不動産仲介の現場で高齢者の部屋探しの難しさに直面し、この言葉を告げてしまった経験にある。

2011年の東日本大震災を機に九州から上京した鮎川さんは、自身の部屋探しで不誠実な対応を受け「人に喜ばれる不動産屋をやろう」と決意。2012年に不動産仲介会社エドボンドの代表に就いた。一人ひとりに寄り添う姿勢が評判を呼び、シングルマザー、外国籍の人、DVの被害者など、他社では入居審査に通りにくい人たちが口コミや紹介で集まるようになった。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

お茶会に参加する株式会社ノビシロ代表取締役の鮎川沙代さん(写真:筆者撮影)

そうした相談者のなかに、ひとり暮らしを望む60代後半の高齢者がいた。十分な収入と資産がありながら、どのオーナーも部屋の貸し出しを拒否した。実際、高齢者の部屋探しは難航するケースが多い。なぜ高齢者は部屋を借りにくいのか。鮎川さんはその最大の理由を「孤独死リスク」だと説明する。

「高齢者は社会との接点が少なく、ひとりで暮らしていると万が一のことがあっても発見が遅れやすい。発見が遅れれば部屋の修繕に多額の費用がかかり、資産価値も下がってしまいます。だからオーナーさんの多くは、最初から高齢者の入居を断ってしまうんです」

保証人がいるかどうか、収入が多いか少ないかという問題ではない。オーナーが高齢者の入居を敬遠するのは、偏見ではなく損失を避けるための判断だ。だからこそ、個別の善意や努力ではなく、仕組みそのもので解決する必要があった。

なぜ普通の賃貸アパートなのか?

高齢者が安心して暮らせる住宅としては、専門スタッフが常駐するサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)がすでに存在する。しかし鮎川さんが立ち上げたノビシロハウスは、一般的な賃貸住宅だ。なぜアパートという形態を選んだのか。

「人を常駐させて雇えば、それはサ高住と同じになります。職員を雇うと人件費がかかり、家賃は高くなる。しかも、入居者と職員という関係性しか生まれないので、親しくなって自然な交流にはなりにくいんです」

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

色使いがポップで見た目にもわかりやすい集合ポスト(写真:株式会社BAKERU)

鮎川さんが編み出したのは、高齢者と若者が同じアパートに暮らし、日常の関わりそのものが孤立を防ぐインフラになる仕組みだった。

ノビシロハウスは2階建ての「South棟」と「North棟」で構成されている。居住棟の「South棟」には約20m²のワンルームが8部屋あり、1階の4部屋は高齢者が最期まで暮らせるバリアフリー設計だ。2階の4部屋は全世代対応のつくりで、現在2室に「ソーシャルワーカー」と呼ばれる若者が入居している。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

North棟の1階にはカフェノビシロ、2階には訪問看護事業者(Life&Com)と在宅訪問診療(医療法人社団悠翔会)の拠点が入居(写真:筆者撮影)

ソーシャルワーカーとして求められるのはふたつだけ。「いってきます」「お帰りなさい」といった日常的な高齢者への声かけと、月1回のお茶会の運営だ。その代わり、月7万円の家賃が半額の3万5000円になる(別途管理費1万円)。

若者は家賃が半額になる経済的メリット、高齢者は日常のなかに顔を合わせる相手がいる安心感を得られる。双方の利害がかみ合うことで、この仕組みは成り立っているのだ。

お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に

では声かけのほかに、なぜ月1回「お茶会」を開催するのか。

その着想は、フランスの「隣人祭り」にある。自立支援型介護施設「あおいけあ」の運営者であり、ノビシロの取締役でもある加藤忠相さんが、学生時代に授業で聞いた話がきっかけだった。

2000年代のある年、フランスを猛暑が襲った。個人主義の国で近所付き合いが希薄だったこともあり、エアコンのない家に住む多くの高齢者が熱中症で命を落としてしまう。これが社会問題となり、あるNPOが「年に一度、中庭にテーブルと椅子を出してお茶を飲もう」という活動をはじめた。これが「隣人祭り」だ。

たったそれだけのことで、住人同士の関係が変わったという。「上の階には足の悪いおじいちゃんがいるんだ」「あの部屋には90代のおばあちゃんが住んでいるんだ」と、お互いの人となりがわかり、関心を払えるようになったのだ。

鮎川さんはこの「意図的な接点づくり」を参考に、「North棟」につくったカフェノビシロで月1回のお茶会を設定した。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

お茶会の様子。鮎川さんも加わり11人でワイワイとお話し中(写真:筆者撮影)

「お茶会をきっかけに仲良くなって、なにかあったときに助け合ったり、有事の際に関心を払えたりする関係性を築くことが目的です」

筆者が取材のためにお茶会を見学した際にも、若者が「入院していたそうですが大丈夫でしたか」と70代の女性に声をかける場面があり、自然なやり取りに関心したものだ。

ここで重要なのは、鮎川さんが「見守り」という言葉を使わないことだ。

「よくソーシャルワーカーの役割を“見守り”と表現されますが、そうではないんです。『見守ってください』『安否確認してください』と言われたら、それは負担になります。毎日『今日は見かけなかったけど大丈夫かな』と心配しなきゃいけませんから。でも私たちのリクエストは『お友だちになってね』『仲良くなってね』ということだけなんです」

友だちなら、たまたま会わない日があっても、それはただの「留守」だ。心配する義務はない。しかし友だちだからこそ、なにかあったときには自然と気づく。この関係性が、持続可能な共生の鍵になっている。

実際に、お茶会からは思いがけない交流が生まれているそうだ。ソーシャルワーカーの20代男性は「お茶会でバンドをやっていると話したら、音楽好きのおばあちゃんがいて。80代の友人とカラオケを楽しむ日が来るとは、自分でも驚きです」と語る。

ノビシロハウスの高齢者の部屋にはIoTセンサーも導入されている。室内の動きを検知し、一定時間動きがなければアラートが出る仕組みだ。ただしその役割は「最後の砦」とされている。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

明るく、ひとり暮らしに便利なワンルーム(写真:株式会社BAKERU)

「センサーは孤独死を防ぐためのもの。でも日常のなかで『あれ。◯◯さん、ちょっと元気がないな』と気づけるのは、親しい人間関係があってこそ。役割はまったく違います」

共生を成立させるための「ルール」設計

ノビシロハウスは入居者の年齢や介護度は問わない。ただし、入居希望者には必ずお茶会への見学・参加を求めている。既存の入居者や運営方針との相性を事前に確認し、合わないと判断すればお断りすることもあるという。

「人との交流が苦手な方は、そもそも問い合わせの段階でいらっしゃいません。それが大前提です。ノビシロハウスに関心を持って来てくださる方は、人と関わることが好きな方がほとんどですね」

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

カフェのすぐ脇にあるコインランドリー(写真:株式会社BAKERU)

若者に対しても基準は明確だ。

「家賃を半額にするわけですから、ソーシャルワーカーとしての役割は果たしていただく必要があります。声のかけ方やタイミングは本人たちに任せていますが、それを負担に感じる方は向いていません」

もうひとつ、鮎川さんが繰り返し強調するのが「介護はしない」という線引きだ。あくまで賃貸住宅であるため、介護が必要になれば外部サービスを利用してもらう。この境界線を問い合わせの段階から明確に伝えることで、入居後のトラブル予防につながっている。

ノビシロハウスには、秋田や神戸など全国から引っ越してきた入居者がいる。とはいえ同じような住宅をどこにでもつくれるわけではなく「一定の立地条件が必要」だと語る。

「将来的に住む人がいなくなる可能性のある土地や、山奥のような生活負荷が大きい場所だと難しいですね。高齢者には自立した生活を続けてもらいたいので、スーパーが近い、交通の利便性が高い、道が平坦であるといった条件は考慮します。でも都市部でなければダメというわけではないんです」

2027年には東京・東久留米で2号棟のオープンが予定されている。神奈川県・亀井野が2階建てのアパートなのに対し、東久留米は5階建て31室のマンション型だ。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

第2弾プロジェクトとなるノビシロハウス東久留米(写真:株式会社BAKERUプレスリリースより)

「亀井野の形にこだわっているわけではありません。土地の用途地域や建ぺい率に合わせて、その場所でいちばん多くの部屋をつくれる形にするだけですから」

「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい

鮎川さんの視線の先にあるのは、高齢者の暮らし方そのものの変革だ。

かつて日本では、2世代、3世代がともに暮らすことが当たり前だった。しかし核家族化が進み家で看取ることが難しくなるにつれて、「老後は施設へ」という流れが定着していった。

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

車椅子利用を想定し、段差をなくしたバリアフリー設計(写真:株式会社BAKERU)

「それが約30年前のこと。今の90歳以上の方がその第一世代です。施設という選択肢ができたこと自体はとても意味のあることだと思います。でも、それ以外の選択肢がほとんどないのは不自然なことではないでしょうか」

実際、ノビシロハウスに問い合わせてくるのは、それぞれの事情で自分の親を施設に送り出した経験のある60代や70代が多い。その声には「もっと自由に暮らしたい」「人との関わりのなかで年を重ねたい」という思いが共通している。

70代で入居したある女性からは「隣人とも心地よい距離感で、ひとり暮らしを満喫しています」という声、お茶会を見学した40代の女性からは「ゆるくつながり見守り合える暮らしに魅力を感じています。数年後の自分の選択肢にしておきたいです」という声も届く。※「ノビシロハウス公式サイトより引用」

60代、70代だけでなく40代からも関心が寄せられていることは、ノビシロハウスが投げかけるテーマが「高齢者の問題」にとどまらないことを示している。

「周りに顔を見て話せる人がいるか、楽しみごとが月に何回かあるか。それが人間の幸福度に関わると思うんです。施設か、ひとり暮らしか。その二択が多くを占める現状に、もうひとつの選択肢を加えたい。家族が『ねえ、あっちに行ったほうが楽しそうじゃん』と気軽に提案できる暮らしが、普通にある世のなかにしたいんです」

高齢者が部屋を借りられない本当の理由, なぜ普通の賃貸アパートなのか?, お茶会で交流を「偶然」ではなく「仕組み」に, 共生を成立させるための「ルール」設計, 「施設に入る以外の選択肢」を当たり前にしたい, 「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

入居者の女性と談笑する鮎川さん。飲み物を飲みながらリラックスした雰囲気が漂う(写真:筆者撮影)

「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」

最後に、「ノビシロハウスで実現したい暮らしとはなんですか」と聞くと、鮎川さんはこう答えた。

「人は社会や地域と関わり合いながら生きていきたい生き物だと思います。孤独がいちばん心身をむしばむ。ノビシロハウスのような仕組みがあれば、孤独死のリスクも減り、オーナーさんの不安も減る。その価値観をもつ多世代の人たちがともに住めばいい。それだけのことなんです」

神奈川県藤沢市の閑静な住宅街からはじまった構想は、確実に広がろうとしている。それは「年を重ねたとき、どこで、誰と、どう暮らすか」という、いずれ誰もが直面する問いへの、ひとつの答えだ。