お客さんが「間違えました」と出ていくことも… 評判を呼んだそばの味 常連客に支えられるバングラデシュ出身のおそば屋さん

日本食に魅せられ、日本で腕を振るう外国ルーツの料理人たち。経済学を学ぶ留学生として来日、逗子市でそば店を営むバングラデシュ出身のおそば屋さんがいる。AERA 2025年6月2日号より。
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日本で働く外国人シェフといえば、ルーツがある国の料理を手掛ける人が大半だろう。一方で、日本料理の料理人として腕を磨き、自らの店を持つ人々もいる。
神奈川県逗子市、逗子駅のすぐ近くにたたずむ「石臼そば」も、そんな外国出身の料理人が開いた店だ。
店を訪ねたのはランチの混雑が終わり、夜の客が増え始める前の夕間暮れだったが、何年も通っている常連の一家から、初めて訪れたという2人連れまで次々に客が訪れる。

■挽き方変えて試行錯誤
出されたそばを出汁の効いた汁にくぐらせ一口すすると、そばの香りがスッと鼻先を抜けていった。ここのところ、そばと言えば隙間時間に駆け込む駅そばが続いていた記者にとって、久しぶりに感じる手打ちそばの味だ。
「毎日6時から、石臼でそばの実を挽いています。気温や湿度で水の量や挽き方を変えて試行錯誤。何年やっても、完璧なゴールはないですね」
そう話すのは、オーナーで料理長のチョウドリ・エムディ・レザウル・カリムさん。バングラデシュ出身で、経済学を学ぶ留学生として1990年代に来日した。
「教授に連れていってもらった店でそばを知り、こんなにシンプルで健康的でおいしい料理があるのかと驚きました。歴史ある食文化だと聞いて、図書館に通って本を調べるようになったんです」

知識を身につけるうち、自分でもそば打ちをやってみたくなる。和食屋でアルバイトをし、日本料理の基本や出汁の取り方を学びながら、いくつものそば店の門をたたいた。ただ、「そば打ちは難しい。外国人には無理」と断られ続けたという。やっと受け入れてくれたのが小田原の製粉会社。そこでそば粉の扱い方やそば打ちの基本を学び、逗子に店を開いたのは2002年のことだった。海も山もあり、故郷に似た景色があったことからこの場所を選んだという。

「店に入ってきた人が私の顔を見て、『間違えました』と出ていくことが何度もありました」
そう言って笑うが、チョウドリさんのそばの味はすぐに評判を呼んだ。3年後には横浜に2店舗目を開くまでになった。平日は横浜、休日は逗子で休みなく働いた。ただ、平日知人に店を任せた逗子の常連客からは「味が変わってしまった」という声を聞くようになる。そんななかで、2011年3月11日を迎えた。

「その日も横浜の店にいました。ちょうど逗子のお客さんが2人、わざわざ食べに来てくれていた。地震のあと、何とかタクシーを掴まえて彼らと帰ったんです。そのときに、あぁ、やっぱり逗子一本にしよう。この人たちが来やすい店に使用と思って、横浜の店は閉めることにしたんです」
以来、店舗の建て替えによる休業などをはさみながらも逗子で店を続けてきた。家族ぐるみで何年も通う常連客に支えられながら、チョウドリさんは今日もそばを打つ。
(編集部・川口穣)

※AERA 2025年6月2日号より抜粋