「外車に乗ってます(ドヤァ」は時代遅れ? バブル期39万台超えの神話崩壊、Z世代が冷笑する“意味なき見栄消費”の行方とは

新世代が壊す車の記号性

 かつてメルセデス・ベンツやBMWといった欧州車に乗ることは、それだけで社会的成功の象徴とされていた。外車を所有することが、成功者としての記号だった時代だ。

【画像】IQ高い人が選ぶ「自動車メーカー」が判明! 衝撃のランキング発表! 日本メーカーは何位?

 しかし今、その価値観は明らかに変化している。特にZ世代(1990年代後半から2010年代前半に生まれた世代)などの若年層では、

「高級車 = ステータス」

という構図そのものが機能しなくなっている。ブランドの格や見栄といった外的要素に、強い意味を感じない世代が増えている。欧州車にまとわりついていた“なんとなく格上”といった空気は、説得力を失いつつある。

 この価値観の原型は1980年代後半から1990年代初頭、いわゆるバブル期に形成された。円高の進行や関税の影響で価格は高止まりしていたが、それでも欧州車を選ぶ消費者は増加した。外車は単なる移動手段ではなく、成功の証としての記号性を帯びていた。

 当時は消費に意味や見栄を求める傾向が強く、車のブランドが自己演出の一部だった。メディアや広告もそのムードを後押しした。外車は、経済力や社会的地位を可視化するツールとして受け止められていた。所有すること自体が、他者との差別化や優位性を示すラベルとして機能していた。

 実際、輸入乗用車の新規登録台数はこの時期に大きく伸びた。1996(平成8)年には39万台を超え、過去最高を記録している(日本自動車輸入組合)。この数値は一過性のブームではない。外車が現実的な選択肢として社会に浸透していったことを示している。

見栄より維持費の比較

新世代が壊す車の記号性, 見栄より維持費の比較, Z世代が見抜く過剰演出の実態, 選択の新たな基準, 「選ぶ意味」重視の外車市場

自動車(画像:Pexels)

 SNS時代に育ったZ世代にとって、車の選び方はステータスではなく、合理性と納得感に基づく。たとえば軽自動車でも、

「価格と性能のバランスが取れている」

「維持費が抑えられる」

といった条件を満たせば、高く評価される。

 一方で、「BMWだから」「アウディだから」といった曖昧な理由での選択は、実用性やコストとの釣り合いが取れていないと受け止められる場合がある。Z世代にとって車はライフスタイルに合った道具であり、過剰なブランド志向は現実離れした価値観と映る。

 さらに彼らは、情報を自ら収集・比較する傾向が強い。国産車と外車の価格差や維持費の違いも、冷静に分析する。見た目よりもコストパフォーマンスを重視するため、単に高そうに見える外車は、実態に見合わない割高な買い物と判断されることも少なくない。

Z世代が見抜く過剰演出の実態

新世代が壊す車の記号性, 見栄より維持費の比較, Z世代が見抜く過剰演出の実態, 選択の新たな基準, 「選ぶ意味」重視の外車市場

自動車(画像:Pexels)

 アウディ「Q2」やBMW「X1」、メルセデス・ベンツ「GLA」などは、いずれも500万円台から始まる。これらは各メーカーの中でも比較的手に届きやすいエントリーモデルだ。それにもかかわらず、メーカーはこれらの車種に対してもプレミアムやラグジュアリーという訴求を続けている。

 そこには違和感がある。かつてステータスの象徴であったブランドの威信を、

「強制的に意識させられている」

ように感じられるのだ。さらにプレミアムを名乗る以上、接客やアフターサービスも手厚くなる。しかし、Z世代にとってはそうしたもてなしや演出された上質さが必ずしも価値とは映らない。むしろ

「その分が価格に上乗せされているのでは」

と疑われ、実用性の乏しい無駄な出費と見なされることもある。従来の価値観でステータスとされた体験が、彼らには単なる過剰演出として映る場合があるのだ。

 結果として、プレミアムという言葉が実態のない格として見抜かれてしまう。この違和感が、旧来の外車に乗ること自体がすごいという価値観を否定する土壌を作っている。

選択の新たな基準

新世代が壊す車の記号性, 見栄より維持費の比較, Z世代が見抜く過剰演出の実態, 選択の新たな基準, 「選ぶ意味」重視の外車市場

自動車(画像:Pexels)

 Z世代の車選びには、背伸びせず現実的であることという強い価値観が根付いている。維持費や修理の手間、ディーラー対応、燃費効率など、所有にかかるトータルコストを厳しく見極める。こうしたなかで、見栄で選んだ外車は無理をしている印象を与えかねない。彼らは車に限らず、

「自分にとって意味があるか」

「自分らしく等身大でいられるか」

を判断基準にしている。

 車がかつてのようなステータスシンボルである時代は終わった。外車をステータスとして掲げる態度は、Z世代の目にはズレていると映ることが多い。SNS上では

「わざわざ外車でマウントする人はイタい」

といった反応が散見される。ブランドを示すことで優位性を得ようとする行動は、逆に

・自信のなさ

・過剰な自己承認欲求

と受け取られやすい。Z世代は分かりやすい格を演出する姿勢を冷静に見抜き、距離を置く傾向にある。

 もちろん、すべてのZ世代が外車を敬遠しているわけではない。BMWやアウディを選ぶ若者もいる。ただし彼らに共通するのは、外車だから選んだのではなく、

・機能性

・デザイン

・ライフスタイルとの親和性

など、自分なりの確かな選択基準を持っている点だ。

 デザインや内装の質感、走りの良さ、運転支援機能の充実度など、納得できるポイントがあるからこそ選ばれる。自分の感覚を軸にした選択は共感や理解を得やすい。パーソナライズ志向が強まるなか、「このモデルのこの仕様が自分にとって唯一無二だった」と説明できる消費が、Z世代から高く評価されているのだ。

「選ぶ意味」重視の外車市場

新世代が壊す車の記号性, 見栄より維持費の比較, Z世代が見抜く過剰演出の実態, 選択の新たな基準, 「選ぶ意味」重視の外車市場

自動車(画像:Pexels)

 外車に乗っていることで自動的に賞賛や羨望を集める時代はすでに終わった。

 Z世代にとって、外車は単に高級の証明ではない。むしろなぜその車を選んだのかが問われる対象になっている。つまり、外車に乗っているという事実だけでは、マウントどころか

「だから何?」

と疑問視される。何の意味も持たないのだ。

 今後の若い世代にとって、外車ブランドに求められるのは、外車であること自体に価値を置きプレミアムを演出することではない。選ぶ価値を実感させる体験の提供こそが重要だ。仕様や価格、サービスが納得感のあるパッケージとして提示されてこそ、初めて選ばれる一台になるのである。