令和の高校生が「納得できない」ルールに、名門陸上部が下した英断

部活動の髪型ルールに納得できない場合、3人に1人が退部や転部を検討しているという調査結果がある。陸上の強豪・青森山田高校の河野監督は、長年の「丸刈り」伝統を撤廃し、スカウトやチームに大きな変化をもたらした。その決断の背景と効果に迫る。
マンダムが実施した「部活動の髪型ルールに関する部活生と先生の意識調査」(2024年)に、入部した部活に納得できない髪型ルールや伝統がある場合、3人に1人が「辞めるもしくは他の部活への入部を検討する」と回答。「野球部が暗黙のルールで坊主にするため、野球部への入部を諦めた」「校則ではロングヘアがOKだったが、顧問にロングヘアにするなら部活をやめろと言われ、そこから全くやる気がなくなり部活をやめた」などという声が挙がっている。
全国高校駅伝に9年連続30回の出場を誇る強豪・青森山田高校の男子陸上部にも、かつて「部員は丸刈りで走る」という伝統があった。
しかし、今から8年前、陸上部を率いる河野仁志監督は、「髪型の自由化」に踏み切る。はたして、その決断の背景には何があったのか。そして、長年の伝統を壊した結果、どんなポジティブな効果が生まれ、また一方でどんな問題に直面したのか。
自身も青森山田のOBで、卒業後は大学駅伝の名門・駒澤大学に進学。指導者として母校に戻ると、女子陸上部のコーチを経て、2013年から男子陸上部の監督を務める河野監督に話を聞いた。
【画像】今どきの意識が明らかに!高校部活動の髪型ルール、高校生の声を集めてみた
伝統の「丸刈り」を撤廃、その理由

青森山田高校陸上競技部の河野仁志監督
──男子陸上部の監督に就任されて、今年で12年目。就任当時は「丸刈り」が部のルールだったんですよね?
「そうですね。定年退職された前監督のやり方を引き継いだので、全員坊主でした」
──その伝統的なルールを、今から8年前に撤廃されます。何かきっかけがあったんですか?
「スカウトの際に、『坊主が嫌だから』と言って入部を断られるケースが多くなってしまったことが、やはり一番大きかったですね。その年は、スカウトした青森県内の中学生が全員、それを理由に断ってきましたから。秋田県や北海道にまで足を延ばして、なんとか県外の選手を5、6人確保したんですが、これが毎年続いたら大変だなって。だからその年で丸刈りはやめようと決めました」
──「ブラック校則」といった言葉もありますが、やはり時代の流れもあったのでしょうか。
「そう思います。丸刈りルール撤廃後にうちに来た生徒の中には、『坊主だったら青森山田には来ませんでした』ってはっきり言う子もいますからね(苦笑)。実際、全国高校駅伝に出てくるような高校で坊主にしているところって、もう数えるくらいなんです」
──なるほど。ただ、丸刈りが嫌でその高校を選ばないって、結局それまでの選手なんじゃないかって思いませんか? 髪型を気にしたり、美容院に行ったりする時間があったら、その分走れよ、とはなりませんか?
「別に坊主にしたからって足が速くなるわけでもありませんからね(笑)。箱根駅伝に出ている優秀な大学生ランナーが、みんな丸刈りっていうわけでもありませんし。そこは断る理由であってもいいのかなと思います。
それに駅伝は、野球やサッカーと違って華やかなスポーツではありませんからね。大学の箱根駅伝ならまだしも、基本的には毎日ひたすら長い距離をたくさん走って……という地味なスポーツなので、わざわざ坊主にしてまで、そんなきつい部活に入る必要があるのかっていう考え方はあるんじゃないですか」
時代の変化と監督の考え
──時代の変化とともに、監督自身の考え方が変わっていったところもあるんですか?「いえ、実は私が高校生の頃は髪型が自由だったんです。普通に髪も伸ばしていましたし、逆に丸刈りにした経験もなくて。ですから、丸刈りルールにそこまでこだわっていたわけでもなかったんです。
ただ、自分が監督になったからって、すぐに前の監督のやり方を変えるのはどうなのかなと。でも、最終的な決め手はやはり、リクルーティングのところですよね」
──監督自身も青森山田の陸上部出身で、進学された駒澤大学でも厳しい指導を受けてこられたと思います。強くなるにはそういった厳格なルールも必要だとは思いませんか?
「もちろん全国大会で勝ちたいとか、高い目標を掲げているならなおさら、ある程度のルールは必要です。髪型を自由にしたら、うちに限らず奇抜な髪型にしてくる生徒はどうしても一定数出てくるんですね。そういう子に限って、問題行動を起こしたりする。
髪型で全てを判断するわけではありませんが、われわれも『これ以上変な髪型をしてきたら競技に影響するよ』っていうことは伝えて、きちんと線引きはするようにしています」
──自由をはき違えてしまう生徒もいるんですね。
「それが一番怖かったし、難しかったですね。自由だからといって何でも認めてしまうと際限がなくなりますし」
──これ以上はダメだよ、というラインはあるんですか?
「明確なラインはありませんが、周囲に不快感を与えない髪型かどうかは大事ですね。野球でもサッカーでもそうですが、全国大会ともなればテレビに映るじゃないですか。ですから、『全国の人に見られているんだよ』っていうことは生徒に伝えるようにしています。
青森山田の場合、野球部もサッカー部も髪型を自由にしているんですが、勝っても負けても試合が終わった後、よく学校に電話がかかってくるんです。『あの生徒の髪型がだらしない』って(笑)」
──プロのアスリートには、大胆な髪型やファッションで注目を集める選手がいますが、学生アスリートにはそこまではさせない?
「プロって結局、自己責任ですからね。どういう髪型にしようが、どういうスタイルで行こうが、結果を残せば勝ちみたいなところはあると思います。
ただ、まだ大人になり切れていない高校生に、結果に対してそこまで責任を負わせることはできませんし、自由は与えるけれど、これから社会に出て行く上で身に付けなくてはならないルールというものは、われわれが教えていかなくちゃいけないと思っています」
決断のタイミングと生徒やOBの反応
──ちなみに、8年前にルールを変えると決めたとき、どういったタイミングで生徒に伝えたんですか?「その年の10月、高校駅伝の青森県大会で優勝した後ですね。『これからはもう髪型は自由だよ、全国大会まであと2カ月、それまで伸ばすんだったら伸ばしてもいいよ』って。まあ、丸刈りから2カ月くらい伸ばしたところで、たいして変わらないとは思いましたけど(笑)」
──どんな反応でしたか?
「えっ? って感じでしたけど、事前に何人かには『もしかしたらルールを変えるかもしれないよ』っていう話はしていたので、『やっときたか』みたいなリアクションもありました。3年生は競技生活が残りわずかなので悔しかったでしょうが、そこを気にしていたら永遠にルールは変えられないので、仕方ないです」
──自分は丸刈りのままでいいです、という生徒は?
「いなかったですね(笑)」
──OBからの反対の声はありませんでしたか?
「一応、自分が教えていた卒業生には電話をして伝えましたけど、大半が賛成してくれましたね。田澤廉(青森山田高→駒澤大→トヨタ自動車)からも、『選手が取れなくて駅伝で負けるよりはいいんじゃないですか』っていう言葉をもらいました」
ルール撤廃前後で成績は変わったのか
──丸刈りルールを撤廃されてから8年。その前と後で成績は変わりましたか?「坊主をやめた後、毎年全国大会で入賞(8位以内)しているかって言ったらそうではないんですけど、おととしが19位、去年が14位と、この頃はやっと10番台が多くなってきましたね。10年前と比べればちょっとずつ成績は上がってきていて、今年3月の春の高校伊那駅伝では5番に入りました」
──スカウティングの成果は感じていますか?
「そうですね。去年の青森県の中学3年生は強い選手ばかりだったんですが、そうした選手が今年、一気に13人も入部してくれましたからね。
結局、全国大会で10番台になって、『青森山田の練習は厳しそうだ』っていう話が伝わると、中途半端な記録の子は『耐えられないかもしれないから』と言って、うちには来ないんです。逆に、本当に青森山田で全国のトップを目指したいっていう子たちが集まってくれるようになりました」
──今はほとんどが県内の選手ですか?
「そうですね。今年の1年生も13人中県外の選手は2人だけです。本当は県外からもっといい選手を取りたいんですけど、東北だと南には仙台育英(仙台育英学園高等学校)、さらに福島まで行けば学法石川(学校法人 石川高等学校)という強豪校がありますから、なかなか難しいですね。
ただ、丸刈りルールを撤廃していなければ、今も青森県内の優秀な選手があちらに流れていたでしょうね。仙台育英も学法石川も、以前から髪型は自由でしたから」
──新入生に多くの好素材がいるとなれば、2年後くらいが楽しみですね。
「そうですね。選手個々で伸びしろは違うので、これからどこまで成長してくれるのか未知数な部分は大きいですが、楽しみではありますね」
──今後の目標は?
「全国大会で優勝、もしくはそれに近い成績を毎年コンスタントに残せるようなチーム作りはしていきたいですね」
──やはり日本一にはなりたいですよね。
「今の1年生が3年生になるときに、ちょっと狙っています(笑)。4月7日の入学式の翌日に、全員を集めてそんな話もしました。今年は全国大会で入賞を狙おう、2年生になったら5番以内を目指そう、そして3年生で優勝しようって。あとは13人の部員たちがどこまで食らい付いてくるかですね」
伝統の変革から得られた教訓

「ルールで縛れば強くなるわけではない」と青森山田高校陸上競技部の河野仁志監督
──新入部員の中に、奇抜な髪型をしそうな子は出てきませんか?
「実は中学生のときから、ちょっと派手な髪型をしている生徒がいて(苦笑)。でも、すごく真面目な子なので、これから直していこうねっていう話をして、ちゃんと受け入れてくれています」
──青森山田の「自由の境界線」を教えていくわけですね?
「髪型に関しては、自由化をして間もない頃にかなり手を焼かされた生徒がいましたからね(苦笑)。最近はそういった子も少なくなりましたけど、もしかしたら丸刈りにしていた頃の方が、そういった意味では指導は楽だったのかもしれません」
──髪型って、自分らしさを表現する第一歩的なところがありますよね。特に思春期の高校生たちは、「こういう自分を見てほしい」といった思いが髪型に表れたりもします。
「それも分かりますけど……。ただ、語弊があるかもしれませんが、選手としてめちゃくちゃ強ければ、たぶんどんな髪型したってカッコよく見えるんです。全国トップの選手がごく普通の髪型をしていても、『あ、カッコいいな』ってなる。逆にフェードカットにしてビリを走っていたら、『カッコつけて何やってんだ?』ってなると思うんです。結果を残せなかったら、ただのカッコつけで終わりですからね」
──青森山田で言えば、サッカーの松木玖生選手(現ギョズテペSK)が、高校時代から特徴的な髪型をしていましたよね?
「彼に関しては、当時から将来のビジョンというものを明確に持っていた選手なので、どういう髪型にしても結果は残したと思うんです。でも、そういう明確なビジョンを持たない中途半端な選手が、自由の意味をはき違えて同じようなことをやると、やっぱり結果も残せない。ビジョンがあれば、今、自分がどのように振る舞うべきか考えますし、その実現に向かって努力もしますからね」
──今振り返って、あのときに決断してよかったなと思いますか?
「はい、よかったです。もちろん指導の難しさはありますが、何よりスカウティングの面でかなり楽になりましたから(笑)。ルールで縛れば強くなるわけではないということは、実感しています」
この記事の執筆者:吉田 治良 プロフィール
1967年生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。2000年から約10年にわたって『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を務める。2017年に独立。現在はフリーのライター/編集者。