寿命1.5倍の全固体電池、米でついに生産段階に

アイオン・ストレージ・システムズがメリーランド州ベルツビルの試験工場で製作した全固体電池のサンプル

これはありそうもない場所で、ありそうもない時期に開発された、ありそうもない技術だ。

アイオン・ストレージ・システムズの斬新な全固体電池のヒントになったのは、水素燃料電池技術だった。同社の電池は今、メリーランド州ベルツビルの工場で生産されている。米国は多くのエネルギー技術への投資を削減しているが、同社を主に支援しているのは米エネルギー省だ。

言い換えれば、エレクトロニクスに革命を起こす可能性のある新興の電池部門で、アイオンは注目すべき企業だということだ。

全固体電池――従来のリチウムイオン電池の中の液体を固体に変更した電池――はスマートフォンや電気自動車(EV)の性能を向上させる可能性がある。アイオンの異例の手法により、寿命が従来の電池の1.5倍かつ充電速度が大幅に向上した、破損時の発火の可能性がゼロに近い電池が生まれるかもしれない。

その一方で、そうした電池に取り組むスタートアップ企業や大手企業の期待は打ち砕かれてきた。採算がとれる全固体電池を作る努力は何十年も続いているが、特定の用途向け以外は実現していない。自動車メーカーは全固体電池メーカーとの提携を発表しているが、試験段階より先に進んだ企業はまだない。

調査会社ピッチブックのデータによると、投資家の失望は大きく、全固体電池メーカーへの世界のベンチャーキャピタル(VC)投資は2017年以来の低い水準になる見込みだ。

こうしたことは、アイオンが成功するとは思えない理由となっている。しかし、最近メリーランド州にある同社の試験工場を見学した筆者は――トヨタ・ベンチャーズや(米エネルギー省の)エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)などの投資家も――見込みがあると確信した。アイオンが持てる力を発揮すれば、米国とその友好国・地域は、輸送・産業システムの電化競争で中国の大手電池メーカーを追い抜けるかもしれない。

アイオンは最近、試験を行っている潜在顧客に対し、完成した電池セルの出荷を開始した。そうした潜在的な顧客には、初期試験で同社のセルが使用に耐えると判断した米国防総省や、試験を行っていることを明らかにする用意がない電子機器メーカーなどが含まれている。アイオンはコストを下げるために必要な最初の一歩である製品の製造と出荷で一定の成果を示したことから、2000万ドル(約29億円)の補助金をARPA-Eから獲得している。

全固体電池について耳にしたことがあるとすれば、それはほぼ誰もが取り組んでいるからだ。現在は10社を超えるスタートアップが開発段階にあり、この10年間で少なくとも同数の企業が失敗している。大手自動車メーカーはどこも全固体電池の試験や研究または投資を行っている。中国も米国も、全固体電池の開発を戦略上、重要だと認識している。エネルギー密度の高さと、電池化学における幅広い互換性という魅力には誰もあらがえない。

とはいえ、課題もある。標準的な全固体電池は充電時に膨張し、放電時には収縮する。これによってセルが裂け、使い物にならなくなることがある。

ロボットの助けを借りて、アルゴンガスを充填(じゅうてん)したチャンバー内で電池セルを組み立てるアイオン試験工場の技術者

この「呼吸」のような動きを抑えるため、メーカー各社は全固体電池パックの内側にバネと金属板を仕込んでいる。そのせいで重量と体積が増え、高エネルギー密度の利点が台無しになっている。膨張したり収縮したりするため、初期の全固体電池では家電製品に組み込めない。以前は従来の電池と全く異なる製造工程が必要だったこともマイナス要因だった。

メリーランド大学の材料科学者であるエリック・ワックスマン氏は2013年、担当していた博士課程の学生の一人にこの課題を任せた。同氏は成功の見込みが高い水素燃料電池に力を入れていて、蓄電池にはあまり関心がなかった。

ワックスマン氏とこの学生、グレッグ・ヒッツ氏は、燃料電池の製造に欠かせない多孔性で硬いセラミック基板をリチウムイオン電池に組み込めることを発見した。

一般的なリチウムイオン電池は内部が複雑な層構造になっている(グラファイト、電解液、プラスチック製セパレーター、電解液、金属合金の層)が、全固体電池はリチウム金属、セラミック基板、通常の金属合金の三つだけだ。

セラミック基板の微細な穴はリチウムが電池の中を移動する際の膨張と収縮を緩和する役割を果たす。これは非常に重要だ。このことは、アイオンの電池セルが一般的なリチウムイオン電池と同じように、柔らかいアルミ容器に入れられることを意味するからだ。

アイオンのグレッグ・ヒッツ最高技術責任者

アイオンの電池に使用されるセラミック基板の製造は厄介で、半導体工場のようなクリーンで制御された環境が不可欠だ。ただセラミック基板を生産してしまえば、残りの過程は一般的な電池の製造とほとんど同じだ。ゼネラル・モーターズ(GM)やリチウムを電池業界に販売する企業を経て、アイオンの新最高経営責任者(CEO)に就任したホルヘ・シュナイダー氏はこの製造しやすさに引かれたという。

「革命的な技術があって、その技術を生かすのに資本を大量投入してギガファクトリーを造る必要もない」。シュナイダー氏はアイオンに参加した動機についてこう話した。

そのため、アイオンは大手電池メーカーと提携して既存の施設を使うことができるはずだ。ヒッツ氏は提携先を明らかにしなかったが、LGやパナソニック、サムスンといった大手のどこと組んでもおかしくない。

アイオンが現在行っている小規模の生産は第一段階だ。初期に同社の電池を導入した顧客に、目先の製造コストは高いが、最も高性能の一般的なリチウムイオン電池と比べて電池セルのエネルギー密度が最大50%高いため、妥当であると納得させなければならない。

「顧客」と呼ぶにはまだ早いかもしれないが、そうした企業はアイオンの全固体電池の試作品を受け入れている。同社は企業名を明かさなかったが、ワックスマン氏はふざけて「あなたが思い付くあらゆる家電企業」だと認めた。

アイオンの電池セルに使用されるナノ加工されたセラミック層

工場のテーブルの上には、スマートウオッチとワイヤレスイヤホン――同社技術の最初の用途として完璧な製品――が、中の電池セルがいかに小さいかを見せるため分解された状態で置かれていた。国防総省は兵士が持ち歩かなければならない荷物を軽くする一つの方法として、アイオンの電池を試験した。

ピッチブックの新興技術担当シニアアナリスト、ジョナサン・ガーキンク氏は、メーカーが製品の大量出荷を開始すれば、全固体電池事業の成功を評価しやすくなると話した。

信頼できて採算がとれる全固体電池が実用化されれば、自動車の航続距離を延ばしたり、スマホの寿命を延ばしたりする以上のことができる。高いエネルギー密度のおかげで、航空機や長距離トラックのような重量物や、終日着用するスマートグラスといった先進的機器の電化が可能になる。

工場見学が終わりに近づいたとき、どうしたら中国企業によるアイオンの企業秘密の入手を阻止できるかをシュナイダー氏に聞いた。中国は以前から、提携を利用して電池メーカーなど革新的技術を持つ米国企業の機密情報を入手してきた。アイオンは現在、中国の電池メーカーとの取引は一切なく、今後もおそらくないと同氏は話した。

シュナイダー氏は既存の電池工場にアイオンの技術を組み込むための設計図の前に立ち、米国と友好関係にある国の、アイオンとの提携に意欲的なメーカーは他にたくさん存在すると話した。

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――筆者のクリストファー・ミムズはWSJハイテク担当コラムニスト