素粒子では「宇宙の根源」に迫れない 理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

<95%が分かっていないという宇宙のこと、ダークマター以上に分からないダークエネルギーとは何か、今日の理論物理学者は何と格闘しているのか、根源的な物理への情熱について──理論物理学者でカリフォルニア大学バークレー校教授の野村氏に聞いた>, 95%が分かっていない宇宙, ダークマターが"見える""分かる"とは, ダークエネルギーは「知らんエネルギー」, 今日の理論物理学者が格闘していること, 根源的な物理への情熱

独占インタビューに応じた野村泰紀氏(10月7日) TOMOHIRO SAWADA-NEWSWEEK JAPAN

<95%が分かっていないという宇宙のこと、ダークマター以上に分からないダークエネルギーとは何か、今日の理論物理学者は何と格闘しているのか、根源的な物理への情熱について──理論物理学者でカリフォルニア大学バークレー校教授の野村氏に聞いた>

最新の宇宙論は内容が難しく、専門家以外がすべて理解をするのは至難の技かもしれません。それでもブラックホール、ダークマター、マルチバースなど、現れる宇宙用語は、耳にするだけでワクワクします。「分かりやすく、熱意を持って説明してくれる物理学者がいたら、より知識を深めることができて身近に感じるのに」と思うことはありませんか。

科学ジャーナリスト茜灯里が、気になるトピックスについて関係者に深掘りするインタビュー企画「茜灯里の『底まで知りたい』」。今回のゲストは、理論物理学者でカリフォルニア大学バークレー校教授の野村泰紀氏です。

最近、マスメディアやインターネット動画で引っ張りだこの野村氏。明晰で引き込まれる語り口と親しみやすいキャラクターで大人気ですが、何よりも「自身が宇宙の謎、現代物理の謎にワクワクしながら挑んでいる」と画面を通じて分かることが、魅力につながっています。

さらに「タレント性」が注目されがちですが、野村氏は本業の理論物理学分野で若い頃から大きな成果を上げています。そのため、現代物理学の世界を縦横無尽に駆け回り、語るその言葉は自信に裏付けされており、視聴者にダイレクトに響くのではないでしょうか。

今回は「95%が分かっていない宇宙」「"分からない"ダークマターとダークエネルギーはどこまで分かっているか」「"野村粒子"でノーベル物理学賞の可能性は?」「素粒子では世界の根源に迫れない?」などについて、大いに語っていただきました。

【今回のテーマ】最新の宇宙論と根源を探ることへの情熱

現在の研究では、宇宙は「95%が分かっていない」とされている。この数値は物理学者が計算し実際の宇宙の観測結果を照らし合わせたもので、科学的な裏付けがあるものだ。

宇宙の「分かっていない部分」を構成するダークマターとダークエネルギーは、どこまで分かっておりどこから分かっていないのか。もともと素粒子論を専門としていた野村氏が、量子重力理論やマルチバース論にシフトした理由とその根底にある「ファンダメンタルなものを解明する情熱」とは何か。近年のノーベル物理学賞受賞事情についても語ってもらった。

95%が分かっていない宇宙

野村先生は、物理を面白く分かりやすく話してくれる気さくな先生ということで、今、テレビやウェブメディアで引っ張りだこですね。

今日は色々と伺いたいのですが、読者のみなさんは先生の宇宙論の講義を楽しみにしていると思うので、まずは今年出版された『95%の宇宙』(SB新書)に沿って、最新の宇宙論についていくつか教えて下さい。確認なのですが、本のタイトルになっている「95%」というのは、宇宙の中で分かっていないものが95%という意味なのですよね。

野村 はい。でも、そう言うと「いや、そんなことはない。俺は(宇宙で分かっていることは)1%だと思っている」などという人がたくさん現れます。

けれど、5%という数字には意味があります。宇宙はエネルギーでできているわけです。「物質がある」というのもエネルギーの一形態です。「宇宙のエネルギーの全体量を100%とした時に、何%分のエネルギーの正体が分かってるか?」というと、現在5%が分かっているのです。

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筆者と野村氏 ニューズウィーク日本版-YouTube

つまり、私たちがすでに分かっている物質、たとえば陽子とか電子とか、そういうものが5%にあたるということですね。一方、私たちが今、見つけられていないものが95%で。

野村 そうです。完全に正体が分かってないものが95%という意味であって、「俺は宇宙の5%を知ってると思う」とか、そういう意味ではないです。

具体的な宇宙のエネルギー密度の話であって、5%分は正体がよく分かっているもので、その他の95%は「エネルギーとしてあること」だけは分かっているという話です。だから何も分からないわけではなくて、エネルギー量だけは分かっているから95%って言える。

そうでなければ、95%という数字が出てくる根拠がないですものね。

野村 なぜその数字が分かっているかと言うと、エネルギーがあると重力に反応するので、重力を測ると全体でエネルギーがどれだけあるかは分かるんです。全体量が分かっていて、そのうち原子とか電子がどのくらいかというのも星の質量を推定したりすることで分かります。すると5%ぐらいにしかなりません。

そして残りの95%が、ダークマターと呼ばれているものとダークエネルギーと呼ばれてるものなんですね。そのうち、ダークマターは何%くらいですか。

野村 だいたい25%ぐらいです。ちなみにダークマター、ダークエネルギーというのは、単なる名前です。エネルギーにはいろいろな形態があって、物質が一番普通のエネルギーです。

ここにコップがありますが、これはエネルギーなんです。たとえばコップを潰したりしてエネルギーを取り出すことできます。こういう物質のエネルギーというのは、重力に影響を与えるんです。

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理論物理学者、カリフォルニア大学バークレー校教授

野村泰紀(のむら・やすのり)

1974年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。ラインウェバー理論物理学研究所所長、ローレンス・バークレー国立研究所上席研究員、理化学研究所客員研究員、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員。専門は素粒子論、宇宙論。『なぜ宇宙は存在するのか』(講談社)、『95%の宇宙』(SB新書)など著書多数。

野村 ところで、バケツを自分のまわりでぐるぐる回そうと思ったら、紐つけて手で引っ張らないといけませんよね。でも、太陽と地球の間には紐はありません。なのに何で地球が太陽の周りを回ってるかと言うと、重力で引っ張られて回っているのです。

重力がどのくらいあるかで、どのくらいのスピードで回せるかが決まります。ということは、どのくらいのスピードで回ってるかを見れば、どれだけものがあるかが分かります。

そういうふうにして銀河系を見てみると、端っこの星は銀河の中心の周りを回っています。この回っているスピードは測れて、それを見ると、この銀河系はどれだけの重さがあるかが分かるんです。ところが、原子などは星になったり星の間のガスになったりしているのですが、そいつらの重さを全部足していっても、6分の1ぐらいにしかなりません。

ダークマターが"見える""分かる"とは

だから分かっている5%の5倍の25%ぐらいが、質量はあるのだけど見えていないということで「ダークマター」なのですね。

野村 そうです。ダークマターというと、全く分かってないみたいな言い方を一般向けにするときもありますよね。すると「なんでまったく分かっていないのに、25%あるって分かるんだよ」ということになります。でも、全部が分かっていないだけで、分かっていることもあります。エネルギー密度も分かっているし、分布もある程度分かっています。

銀河の周りには、実は見えてない物質があるはずなのです。でも、見えていないことはそんなに特別なことではありません。すでに分かっている物質の中に「ニュートリノ」というものがあるのですが、これも見えません。

見えるためには光を出したり吸収したりしなくてはならないのだけれど、光を出さなかったり吸収しなかったりする物質なんていっぱいあるので、ダークマターもそのうちの1つだということです。

小さい粒子すぎて捉えられないとかではなくて、光や、私たちが今、分かっているものと相互作用をしてくれないから、見えていないってことなのですか。

野村 そうですね。もし光と相互作用したとしても、たとえば暗い衛星とかは見えません。だから、ダークマターがあるということが重力で分かったときは、最初に「どうせ暗い天体だろう」とかをもちろん疑いました。

それで、そういう可能性を全部消していったんですよ。暗い天体じゃありえないとか。今は宇宙の初期の歴史が分かるので、僕らの知ってる原子とか電子の総量っていうのが直接測れるので、そういうものではないということはもう分かっています。

ところで、僕らが今知ってる素粒子は、数え方にもよりますが17種類です。電子とかニュートリノとかですね。これらがどういう風に振る舞うかは、すでに綺麗な理論ができていて「素粒子の標準模型」と言います。最初はダークマターも当然、この模型にでてくる素粒子のどれかだろうと考えて、1個ずつ調べていったんですよ。

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素粒子は物質の最小単位とされているもので、「宇宙の理(ことわり)を記述する最小単位」と考えられるから、なんらかの物質であるはずのダークマターも素粒子で表されるはずなんですね。

野村 でも、標準模型の中のどれだとしても矛盾するんですよ。ということは、17の素粒子の中に入っていないものらしいと。細かいことは分からないけれど、17種類の素粒子に入らないものが周りに分布していて、5倍の量があるってことだけは分かっている。

ちなみにダークマターの分布もある程度分かってます。ほぼ球状です。だから、我々には銀河系は円盤型をしているように見えるのですが、もしダークマターが見える生物がいたら「銀河は円盤型ではなくてまん丸だ」と言うはずです。

つまり銀河系は我々が思っているよりも何倍も大きいということなのですが、これはかつての太陽系に対する認識のようなものです。太陽の重力圏は、昔は冥王星までぐらいだと思っていたのですが、実はもっとはるかに大きいことが今では分かっています。

銀河系もそうで、単純に「見えるところ」よりも銀河系の重力が効いてる領域はもっとでかくて、ダークマターはそこら辺まで及んでいる。だから「ダークマターは分かっていない」とよく言われるけれど、「どの時点で『分かった』と言うか」という問題なんですね。

つまり、今やっている「ダークマターを探す研究」と言われてるものは、「どこまで精密に記述するか」を求めてやっているということなのですか。

野村 そうです。今やダークマターを含めて考えないと、宇宙の理論と実際の観測が合わないのは事実なんですよ。

先生、世の中では「ダークエネルギーは、ダークマターよりもますます訳が分からない」と思われています。

宇宙が広がるのを加速させたり、銀河同士なんて重いもの同士は引きつけ合いそうなのになぜ落ち込んでこないのだろうということを考えたりする時に、「ダークエネルギー」が登場するようですね。

野村 だいたいはそんな認識で大丈夫です。今まで話してきたダークマターはなんだかんだ言って物質です。「完全には知らん物質」です。

これはある意味、存在自体はそんなに不思議じゃありません。見方を変えれば、17種類の素粒子だって、20世紀の初めにはほとんど知られていなかったわけですから。まあちょっと不思議なのは、知らんやつの方が量の多いところでしょうか。

それでも「ダークマターは質量もあるし、私たちが分かってるものに近いものかな」という感覚でよいのでしょうか。

野村 そうです。物質は物質なんです。僕らは光で相互作用するような電子とかでできているから光と相互作用するものは見やすいけれど、しないようなものは見にくいということです。で、ダークマターが25%。5%が素粒子の標準模型に出てくるもの。

17種類の素粒子で記述できる、いわゆる私たちが知っている「物質」ですね。

野村 「知らん物質」のダークマターと、知っている「物質」を合わせて3割。ところが、残り7割を「ダークエネルギー」って言うんですけれど、こいつは物質ですらないんです。

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ダークエネルギーは「知らんエネルギー」

うーん。どうやって「物質ではないエネルギー」ということになったのですか。

野村 これは色々な人が色々なことをして徐々に判明してきたんですけれど、決定的だったのが98年に行われた観測で、後にノーベル賞を獲っています。

宇宙が膨張しているのは20世紀の頭に分かっています。膨張しているというのは、たとえば2つの銀河があると、その間の距離は時間と共に広がっていくという意味です。

ただし銀河同士が遠ざかっていても、お互い重力で引き合うはずだから、膨張のスピードは遅くなるはずなんですよ。それはもう「重力が引力」という性質なので、ダークマターだろうが何だろうが関係ない。物質である限り膨張は減速するはずなんです。

だから、みんな「減速パラメーター」を測ろうとしていたんです。たとえば、ちょっとずつ遅くなるならば、膨張するスピードは遅くなるけれどずっと膨張するでしょう。もっと早く遅くなっていれば、どこかで膨張は止まって宇宙は潰れてしまうかもしれない。だから、この遅くなり方を測れば、宇宙の将来が予測できるはずだと。

でも、98年頃にはすごく精度よく測れるようになったので測ってみたら、減速パラメーターは「負」だったんです。すなわち膨張は「加速していた」ってことですね。それがダークエネルギーがあるという証拠になりました。

これは物質がいくらあっても絶対に起こらない現象なので、「何か物質じゃないエネルギー源があるはずだ」となりました。何だか分からないエネルギーだから「知らんエネルギー」という意味でダークエネルギーと名付けました。ダークと言っても「暗い」わけではありません。

evil(邪悪)なわけでもないんですよね。「宇宙から暗黒軍が攻めてくる」というわけでもなくて。

野村 そうです。「知らんエネルギー」と言いましたが「物質ではないこと」は分かっています。となると、1つの候補としては「真空のエネルギー」というものがあります。我々の周りから物質を全部取っていって、空気も取って真空にしたとしても、エネルギーは残るんです。

まったくの「無」の世界にはならないってことですね。

野村 「エネルギーとは何か」と言うと、重力に影響を与えるものです。つまり、物質がなくなったとしても、空間は膨張したり収縮したりできるんですよ。空間があるってこと自体が実はエネルギー持っていて、膨張させたり、それを加速させたり、逆に収縮させたりもできるんです。

そして、この空間自体の持つエネルギーって、プラスでもマイナスでもあることができるんですね。真空のエネルギー、すなわち空間自体のエネルギーがプラスだと、空間を引っ剥がす、つまり膨張を加速するように働きます。

ダークエネルギーが真空エネルギーならば加速させられることは事実なのですが、だからと言って、ダークエネルギーが必ずしも真空エネルギーかどうかはまだ分かりません。

真空エネルギー以外の、未知で加速させるエネルギーがあるかもしれないのですね。

野村 そういう意味で、「ダークエネルギー」というのは「分からんエネルギー」の総称です。

先生、物理というか、この世界の理や成り立ちを考える時に、アイデアだけだったら、ある意味SF作家でも考えられますよね。

野村 そうそう、そうそう。

そこを科学的に解明するというのは、理論物理学者たちが数学で解き明かすというか記述して、誰もが納得できる形にしていく。

ただ、理論は理論でそのままでは横槍が入るかもしれないから、観測によって実証してもらう。その流れができて、たとえばそれが素晴らしい研究だとノーベル賞をもらえたりする。

野村 そうですね。

野村先生も「ヒッグス粒子は複合粒子である可能性がある」という理論を具体的に数式で記述したという素晴らしい研究がありますが、これはたとえば観測で実証できたら「野村粒子」と名付けられてノーベル賞を取る可能性もあるのではないですか。

野村 それはどうですかね。ヒッグス粒子も複合粒子になっているかもしれないというアイデアは、もちろん誰だって思いつくから、80年代ぐらいにはあったんです。

ところが、実験と合うような現実的な理論、ヒッグス粒子の性質を再現しつつ複合粒子な理論を書くというのが誰もできていなかった。

それを最初にやったのが野村先生。すごいじゃないですか。

野村 若い頃の仕事です。でも、ノーベル賞ということなら、まずはヒッグス粒子が本当に複合粒子だと確認される必要があるし、もしそうなっても「どこが一番重要だったのか」みたいな話になりますよね。複合粒子ってアイデアを80年代に最初に出した人は、僕もよく知っていますけれどハーバード大学の教授とその共同研究者なので。

ノーベル物理学賞は1回に3人までいけますから、野村先生も当然入るんじゃないですか。

野村 どうかな。僕の仕事自体3人で書いてますからね。科学って色々な人でちょっとずつやっていくものですからね。

ちなみに、ヒッグス粒子を複合粒子として現実な実験に合う理論を書いたというのも、複合粒子だと確信したからやったというわけではないんです。ダークマターの理論でもそうなんですけど、理論屋は色々な可能性を考えるんです。僕もいくつかの可能性を言っているので、候補は1000とかあるわけです。

観測的には(事実は)どれか1個なわけで「それが当たったらノーベルになるか」って言うと「そんなのはまぐれだ」っていうところもあるから、たぶん、もうそういう物理学では今後はノーベル賞受賞にはならないのではないかとも思うわけです。

たとえば僕が選考者だとしたら「たまたま当たった人」に賞をあげる気になるかというと、そうはならないのではないかと思うんですよね。理論的に革新的ことではないし、ランダムに打って当たったっていうのは特に大きな価値を見出せないというか。

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実験屋さんのノーベル賞受賞でも、「超新星の爆発待ち」とか「ブラックホール同士がぶつかる待ち」をして、幸い生きてる間に事象が起きたということがありますね。

野村 実験の場合は、観測の精度を上げるためにアイデアをつぎ込んで、実際にお金を取ってきて装置を作って、間違いなく運用して、見つけて確認するわけだからすごいんです。たとえば、重力波なんか一般相対性理論で予言されているとおりに観測結果が出ているだけなんですけど、それを実際に検出すると言うのは大きな意義があるわけです。

ただ、これは正しくない言い方ですけど「理論的な知識は1つも増えていないっちゃ増えていない」んですよ。それでも、「本当にそうだったな」っていうふうに確認するのは大事なんです。それこそ、もし今までの理論が違ったりしたら、大発見なわけですから。

だから、実験の場合は検出自体は「たまたま」であっても、ものすごく大きな成果なんです。でも、僕ら理論屋がダークマターの理論を作るのって、2秒くらいでできちゃいますからね。

2秒?!

野村 2秒は言い過ぎかもしれないですが、もう「場の量子論」っていう枠組みができちゃってるんですよ。その中で色々と具体的な模型を提唱するので。

今日の理論物理学者が格闘していること

理論物理学者の方々って、自分では思いつかなかった数式だけど、野村先生が提唱した理論を聞いて「ああ、それはもっともらしいね」というような判断はできるものなんですか?

野村 すぐにできます。

そうなんですね。その時の心境って「でも自分は考えつかなかったわ。脱帽だ」みたいな感じなんですか。

野村 それはあんまりないですね。昔......それこそ湯川秀樹さんの頃なんかは「どんな粒子があり得るのか」「それは場の量子論の枠組みで書けるか」なんてことが分からなかったので「新しい粒子を導入する」こと自体に意味がある時代でした。でも今は場の量子論という枠組みが完全にできていて、その中でやっていますから。

今分かっている素粒子は17種なんですけれど、理論では別にそれを19種にして考えてみてもよいわけです。たとえば「マルチバース」では17種ではない世界もあるかもしれないなど、色々選べるんですね。

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中間子論を提唱し、1949年に日本人として初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した湯川秀樹 Public domain

野村 ただ、「場の量子論」の枠組みに入るものの1つが「素粒子の標準模型」なのですが、重力は入っていないんです。普通の重力波の実験を書くぐらいだったらいいんですけど、例えばブラックホールの中心のような極限の話になると破綻してしまいます。

重力の理論自体はアインシュタインの「一般相対性理論」で説明できて、これを解いたことで宇宙が膨張していることやブラックホールがあることが分かりました。でも、この重力理論の中には量子力学の効果は一切入っていないんですよ。

じゃあ今は、理論物理の人は「場の量子論」と「一般相対性理論」の2つを適宜使い分けて、宇宙の法則を解き明かそうとしているわけですね。

野村 普通はそれで十分なんです。でも本当は、量子力学的でありつつ、重力も含む理論があるはずなんですよね。量子の効果が効かないところだと、その理論は一般相対性理論に落ちていき、重力の効かないところだと場の量子論に落ちていくようなもの――アインシュタインの相対性理論で、スピードが全部光より遅いとニュートン力学に落ちていくように、両方を記述する理論があるはずなんです。

でも、なぜ今、完全な量子力学的重力理論がなくても大丈夫かと言うと、両方が同時に重要になってくるところがあまりないからです。それは、重力ってめちゃめちゃ弱いからなんです。

物理学者ではない一般の人にとって、「自然の4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)」って言っても重力ぐらいしかピンとこないですし、日常生活で「あ、重いな」なんて、力を一番意識できるのは重力ですから、強いイメージがありますよね。

野村 でも最弱なんですよ。どのぐらい弱いかと言うと、電磁気力よりも40桁ほど弱いです。

だから、重力を考慮に入れないで素粒子の加速器実験とかを考えたら、その分の誤差が出るはずなんですけど、40桁目の数字がずれるぐらいです。

だから、それを無視して記述しても大丈夫なんですね。

野村 40桁の精度でやれる実験はないですからね。

でも僕らは重力を感じるじゃないですか。それは、引力しかないという重力の特別な性質のせいなんです。たとえば僕らの体はたくさんの粒子でできていますが、電磁気やその他の力はプラスとマイナスでほとんど全部がキャンセルされます。でも、重力は引力しかないので、全部足し合わされちゃうんですよ。

だから、粒子がたくさんになると重力だけが単純に足し合わさっていくので、相対的に重力の効果が大きくなります。ところが、粒子がたくさんあるというのは、まさしく量子力学の効果が効かない状況なんです。

量子力学は、すごく小さいところのゆらぎとか不確定性とか、そういう話ですものね。

野村 だから、大部分の場合は「場の量子論」と「一般相対性理論」のパッチワークで済むんです。

ところが両方が重要になってくるような極限状態、例えばブラックホールの中心とか、時空の始まりとかでは、両方を含んだ理論が必要です。でも、その理論を人類は持っていません。だから「宇宙の本当の始まりの理論」ができていないんです。

根源的な物理への情熱

宇宙の根源を解明するには、ぜひ両方入った理論がほしいですね。

野村 「量子重力理論」って言うんですけど、僕らは見つけようと頑張っています。ただ、場の量子論に一般相対性理論を組み込んでみようとか、その逆をしてみようとかを普通にやろうとしても、成功しないんです。もう「1+1が3」みたいな理論になっちゃう。

みんなが長年探してもなかなか見つからなかったのですが、今は「超ひも理論」という有力候補があります。9次元空間を「ひも」のような数学的構造がフラフラしているときには、量子力学と重力の両方が入った理論がきれいに作れそうなのです。

ダークマターみたいに理論が1000通りもあったら、何が正しいかは実験で選ばなくてはなりません。でも、量子重力理論はある意味ラッキーなことに、一通りしか見つかっていないんです。

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つまり、観測で実証されなくても、理論を突きつめることに意味があるということですか。

野村 もちろん「実験をしなくても良い」ということにはなりません。でも、今のところ理論は一つしか候補がなく、他は基本的にすべて不成功です。なので、この一つの理論を調べることには意味があるように思えます。

しかも、この量子重力理論を突きつめていくと「マルチバース論」にもつながっていきます。マルチバース論は、もともと別の理由で「そういう考え方をしなくては、宇宙について説明ができないね」ということででてきたのですが、超ひも理論を用いた量子重力理論を考えていくと、実はそこに含まれていたんです。

先生の研究の中で、ご自身で「特に現代物理学に貢献した」と思う成果にはどのようなものがありますか?

野村 素粒子論のほうでは、先ほど話題になった「ヒッグス粒子を複合粒子と考える模型」や、重力以外の3つの力を上手く「大統一」する理論を構築したことですね。

余剰次元を考慮したものですね。

野村 はい。ただ、今、素粒子論をやってないのは、もしマルチバースの枠組みが正しいとすると、宇宙ごとに素粒子の種類も違うんです。私たちの宇宙の17種ではなくて、100だったりする宇宙もあるはずで、そうすると素粒子自体をいくら調べても、自然界の基本構造には一切たどり着けないわけなんですよ。

ああ、野村先生は「うちの宇宙」だけじゃなくて「全部の宇宙」、それこそマルチバースすべてにつながる理論を解明しようとしてるんですね。

野村 それが「量子重力理論」ですよね。

非常に果てしなく感じますけれど、やっぱり理論家としてどこが面白いかと言われると、そこにやりがいを感じるんですね。

野村 僕は自然界の基本的な構造を解き明かすことに興味があったので。でも、それは素粒子の物理に意味がなくなるわけではないんですよ。

たとえば、地球しか知らなかったとしたら、物を落としたら時間の2乗で位置が動いていくというニュートンの法則も、窒素が何%、酸素が何%とかの地球の大気の組成も、両方基本的な「法則」だと思うかもしれません。

ところが火星にそれらを持っていくと、ニュートンの法則は使えるのに大気の組成は使えません。だから、両方基本的だと思っていたのは実は違ったということになります。一方はOSだったけれど、もう一方はアプリに過ぎなかったみたいなものです。

もちろんそれでも僕らは地球に住んでいる以上、アプリである地球の性質を調べることは重要です。でも僕の興味はOSのほうだったので、量子重力とかマルチバースにシフトしていったというわけです。

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野村先生は「私たちの宇宙」だけではなく他の宇宙もある、「マルチバースだ」と思ったから、この私たちの宇宙だけに通じる理論を追求するのではなく、全てに普遍なものを構築するために自分の研究人生を捧げようと思った、ということなんですね。

野村 そうです。もともと素粒子の研究をそういう理由で選んだのに、素粒子の性質はその地位ではなくなったっぽいんです。

「素粒子論には地域性があった」みたいな感じだったんですよね。もっと普遍的な本当に根源のところをやりたいから、今、量子重力理論やマルチバース論をやってらっしゃる。

野村 根源的なものをやりたいから、「ファイナンスに行ってお金持ちになる」というような道を選ばずに、素粒子をやったんです。当時は、みんなこれが根源だと思ってたんですよ。

その後、サイエンスが発展して素粒子自体が必ずしもその地位ではなくなって、まだ確定はしていないですけど僕はそうなんじゃないかと思っている「マルチバース」という、よりファンダメンタルなものが現れたので、僕は研究テーマをシフトしていきました。

先生の興味と研究テーマの変遷の経緯がよく分かりました。ありがとうございました。

※後編に続く

【野村泰紀が語る、根源的な物理への情熱】素粒子では根源に迫れない/"野村粒子"でノーベル賞は?/宇宙の真理に迫るマルチバース論/何才の宇宙まで見えてる?/研究人生捧げる「量子重力理論」/茜灯里が聞く

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