中国で「最も有名な日本語」は「の」…? 中国で起きた日本語「の」ブームから「の」狩りまでの”珍騒動”の一部始終!

今や世界第2位の経済大国であり、日本にとって最大の貿易相手国である隣人・中国について知ることは、これからの日本の活路を考える上で欠かせない。そんな中国をめぐって“正しい情報”を掴むことが容易ではない中にあって、現代中国の深部に迫った渾身のルポルタージュがいま話題だ。

西日本新聞記者の坂本信博氏による一冊『三国志を歩く 中国を知る』(西日本新聞社)がそれで、著者は中国の30省・自治区・直轄市を訪れ、のべ114都市を踏破したうえ、緊張走る国境地帯や新疆ウイグル自治区などまでを歩き、多くの人が知らない「中国の素顔」を徹底的にレポートしてくれているのだ。

今回はそんなレポートの中から、じつは中国で起きた日本語「の」をめぐる意外な騒動について紹介しよう。現代中国を知るための“必須の書”から一部抜粋して、お届けする。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

中国で最も有名な日本語は「の」…?

北京の街を歩くと、日本にも進出したことがあるフルーツティー大手のチェーン店「奈雪の茶」をはじめ、さまざまな製品のパッケージや看板で、ひらがなの「の」を見かけた。中国の人々や中国で長く暮らす日本人に流行の発端を尋ねて回ると、あの飲み物の存在が浮かび上がってきた。

北京市中心部のコンビニエンスストアを巡り、商品名に「の」が付いた中国産の商品がどれくらいあるか調べてみた。優の品撮(グミやマシュマロ)、福の丸(アイスクリーム)…。各店舗に10品目前後ある。商品の一つを手に取っていた女性(39)が「日本語を勉強したことはないけど『の』は一番なじみのある日本の文字。何となく高級感がある」と教えてくれた。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

商品名に「の」が入ったナツメとクルミのお菓子=2021年11月、北京

「の」は日本製と誤認させるため…?

日本からの輸入品でもないのに、日本語の「の」を商品名に使うのはなぜか。

中国の広告業界関係者は「日本の製品は高品質、安全、健康に良いという印象が根強い。商品名や看板に『の』という文字を交ぜるとイメージが良くなる。消費者に日本製と誤認させるために『の』を使う企業もある」と打ち明ける。

「の」はいつごろから流行したのか。

北京市内の中国人の男性会社員(27)は「私の記憶では2000年代の初めには既に流行していた。携帯電話やインターネットが普及する中で、親たちに内緒でやりとりする火星文(火星語)として使っていました」と振り返る。

火星文とは中国語に発音が近い日本語、ハングル、アルファベット、符号などを組み合わせた暗号文。「『の』は中国語の『的』と同じ意味なので使い勝手がいい」という。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

パッケージにひらがなの「の」を使ったグミ=2022年1月11日、北京

「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力

円高で日本人の海外旅行がブームになった1980年代後半から、香港で日本人観光客を引きつけるために「の」を使う店が急増したという説や、2010年代に「進撃の巨人」など日本のアニメが中国の若者たちの間で人気となり、「の」ブームに拍車がかかったという説もある。

火付け役として最も有力なのが、2001年に上海で発売されたキリンビバレッジの「午後の紅茶」だ。日本での宣伝と同様に、英国人女優オードリー・ヘプバーンをCMに起用。「午后紅茶」という中国語の商品名と日本語表記をパッケージに併記し、現地のビールと同じ価格帯で売り出して高級ブランド化に成功した。

その大ヒットとともに「の」が評判に。 2004年には広東省広州や北京でも販売され、大都市を中心に「の」が急速に浸透したという。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

商品名に「の」が入った人形=2021年4月、新疆ウイグル自治区カシュガル市

「日中共同世論調査」で、日本に「良くない」印象を持つと答えた中国人の割合が大幅に増えたとされる。

ただ、私自身が3年間の中国国内での取材や暮らしで、日本人だからと不愉快な対応をされたことはほとんどない。かえって温かく接してくれる人が多く、日本への好印象が広く根付いていると感じてきた。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

中国語に混じって、ひらがなの「の」を使ったネイルサロンの看板=2022年1月10日、北京

「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事

日本の文化や製品のファンが中国に多い証しである「の」が、今後も新たな商品や看板に使われていくことを願っているー。中国の商品名に「の」がよく使われている謎に迫った記事を2022年1月に西日本新聞の朝刊に書いたところ、利用者8億人以上とされる中国の短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」でその記事が突然トレンド入りし、驚いた。

中国メディアが翻訳して転電したものだった。

数日後、中国の経済誌の電子版に「国産品は日本の文字に頼らねば勝てないのか」と題する論評が載った。

「の」が高級感や好印象を生んでいるとの私の記事に触れた上で「真に精神的に豊かな民族とは自国文化を深く肯定し、しなやかな強さを持つ偉大な民族」と強調し、日本の文字を使うことに否定的だった。

「の」と国潮ブーム

中国では、自国文化を再評価する「国潮(グオチャオ)」ブームが起きており、伝統衣装の漢服や中国らしさが売りの国産ブランドが若者に人気に。米中対立やゼロコロナ政策を背景に内需拡大を図る習近平指導部の統制で、内向き志向が強まっていた。

言わずもがなだが、ひらがなは中国から伝来した漢字が起源。

日中両国の歴史を振り返れば、異文化を排除せずにうまく生かし、自らを豊かにすることこそが「しなやかな強さ」なのではないだろうかと思った。

そして「の」狩りへ…

この話には後日談がある。

中国の商品や店から日本風の名称が次々と消えるようになったのだ。

「奈雪の茶」は、平仮名交じりのブランド名を「奈雪的茶」に変更。奈雪の読みも「NAYUKI 」から中国語の発音の「NAIXUE」に改めた。北京のあるネイルサロンの看板は「の」の部分に「的」と印字した布が貼られていた。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

改名する前の「奈雪の茶」の看板=2022年1月、北京

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…

ブランド名を「奈雪の茶」から「奈雪的茶」に変更したフルーツティーの大手チェーン店=2023年4月、北京

中国メディア関係者に「『の』狩りのきっかけの一つは、あなたの記事」と言われて驚いた。

確かにあるメディアは奈雪の茶の改名を巡る論評で、中国で転電されて話題を呼んだ私の記事に触れ「“偽日系”は百害あって一利なし」と断じた。日中関係の冷え込みや国潮ブーム、習近平指導部が内向きな「自立自強」路線を加速させたことが背景にあるようだ。

記事が意図せぬ形で影響したかと思うと歯がゆいが、地方を訪れると「の」がまだあちこちに残っていた。

あるホテルの朝食会場には「美味の早餐(朝食)」という案内板があった。日本への好印象を象徴する「の」の活躍を願っている。

中国で最も有名な日本語は「の」…?, 「の」は日本製と誤認させるため…?, 「午後の紅茶」が“火付け役説”が有力, 「ウェイボ」で突然トレンド入りした記事, 「の」と国潮ブーム, そして「の」狩りへ…