『ドーナツと、あの日のやさしい幸せ』ドーナツ探求家が語る“あなたの知らない”ドーナツの世界

『ドーナツと、あの日のやさしい幸せ』ドーナツ探求家が語る“あなたの知らない”ドーナツの世界

ずっと昔から暮らしの中にある甘いもの

お近づきのしるしに、まずはドーナツの魅力とはなにかを綴ります。

「ドーナツ」と聞くと、輪っかの姿を思い浮かべる人が大半かと思います。姿の次は、甘い味を思い出すでしょうか。「ドーナツ」が何なのか、姿も味も想像がつかないという人は、ほぼいないでしょう。

現代において「ドーナツ」は、老若男女、誰でも知っている食べ物といえます。

それは、ドーナツが長い歴史を持ち、人々の生活に溶け込んだ食べ物である証拠です。

ドーナツ

日本に住む人々は、あの大手ドーナツチェーンが1971年に日本上陸するよりずっと前から家庭でドーナツを食べていました。古くは明治時代に発行された料理本に、ドーナツのレシピが掲載されていたりします。

小麦粉、砂糖、卵、牛乳など、身近な材料で生地を作ることができて、特別な調理器具や機器が不要。油と鍋があれば調理できることも、ドーナツが一般家庭に浸透していった要因と考えられます。

そのあたりの歴史は、追々語るとして。

誰でも知っているメジャーな食べ物であり、歴史が長い分、さまざまなエピソードを持っているところが、ドーナツの魅力だと感じています。

幼い日の記憶が“探求活動”の原点

ドーナツ店で母とドーナツを選ぶ幼い私

ドーナツは昔から暮らしのそばにあったからこそ、日常のひとこまに自然と登場し、誰の心にも何かしらの思い出を残している食べ物ではないでしょうか。

私の心にも、ぽっと灯るような温かい記憶として、ドーナツの思い出が残っています。

幼い頃、家族で出かけた帰りに、駅前にあったドーナツ店で、よくドーナツを買ってもらっていました。

ショーケースに並ぶ色とりどりのドーナツたちは、子どもの目にはまぶしいものでした。

母が「どれにする?」ときいてくれます。ドーナツを選ぶときのワクワク感は、昔も今も変わりません。

夕暮れ、街頭が灯りはじめた家路、ドーナツの箱を手に、線路の高架下をくぐると、ふっと暗くなって、先を歩く父がこちらを振り返る、母はしっかりと手を握ってくれている。

何度となく繰り返された日常の光景ですが、それこそが「幸せ」というものです。

私にとってドーナツとは「幸せの象徴」で、そういった記憶を蘇らせるものなのです。

他にもドーナツに関する思い出はたくさんありますが、この幸せな光景を“原点”とし「ドーナツ探求家」という肩書きで活動をはじめました。

すると、探すほどに、食べるほどに、調べるほどに、なんと魅力的な食べ物なのか!と感動し、気がつけば、自分でも驚くほどたくさんのドーナツを食べる人になっていました。

みんなでも、ひとりでも、ホッと幸せ

ドーナツ

ドーナツをどこかへお土産として持って行ったり、自分自身を労うため「頑張ったね」という気持ちで食べる方も多いのではないでしょうか。

ドーナツは、大勢でいる人にも、ひとりでいる人にも、誰にでも同じように、ホッと幸せな時間をくれる食べ物だと思っています。

これからポツポツと、ドーナツに関するお話をしたためていきたいと思います。

この次にお目にかかるときは、どうぞ、ドーナツを食べながらお付き合いください。

溝呂木一美(みぞろぎひとみ)/ドーナツ探求家・イラストレーター・グラフィックデザイナー・アクセサリー製作愛好家