永野芽郁"2カ月半ぶり復帰"は本当に「図太い」か

「一流有名人」のメンタルは強い?, 「一般人の感覚」では測れない人たち, 芸能人は「人前で恥をかく仕事」, 「表に出続ける」主演俳優という立場, 永野芽郁は俳優を続けていける?, 「会見を開くべき」だったのか

不倫騒動から姿を消していた永野芽郁さんが、約2カ月半ぶりに表舞台に登場しました(写真:本人の公式Instagramより)

7月29日午後、女優の永野芽郁さんがひさびさに公の場に姿を現したことが波紋を呼んでいます。

【写真】「図太すぎ」との声が殺到した、永野芽郁さん「2カ月半ぶりの姿」

永野さんはカナダ・モントリオールで行われた「第29回ファンタジア国際映画祭」で主演映画「かくかくしかじか」の舞台あいさつに登壇。満員の客席にフランス語と英語であいさつをしたほか、モントリオールの印象などを語りました。

上映終了後にスタンディングオベーションが発生したほか、観客との質疑応答をこなし、“永野芽郁コール”が起きるなど盛り上がったことなどが報じられています。

これをメディア各社が報じると、ネット上には「鋼のメンタル」「図太さに驚く」「私なら表舞台には立てない」などのコメントが多くを占めました。

永野さんが公の場に現われるのは同映画の公開初日舞台あいさつが行われた5月16日以来、約2カ月半ぶり。4月末に不倫疑惑が報じられ、それを否定したものの、CMや出演番組を相次いで降板するなど、芸能活動の危機に陥っていました。

はたして永野さんは本当に“鋼のメンタル”なのか。これまで永野さんだけでなく数千人の芸能人や関係者に話を聞いてきた経験を踏まえて、その背景を掘り下げていきます。

「一流有名人」のメンタルは強い?

まず「“鋼のメンタル”なのか」について。

これまで永野さんとは撮影現場、イベント登壇、質疑応答などで会う機会があり、カメラやレコーダーが回っていない場での振る舞いも見てきました。

それらの際に抱いた印象は、明るくサバサバとしていて、誰を相手にしても物怖じしないタイプ。特に撮影現場では、周囲の人々に声をかけたり、笑顔で振る舞おうとしたりなどの姿を見て、主演女優としての自覚を感じました。

もちろん不倫疑惑につながった行動は自覚に欠けるものでしたが、少なくとも仕事現場においてはプロフェッショナルな印象があったのです。

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約2カ月半ぶりの永野芽郁さんの姿(写真:映画『かくかくしかじか』公式Xより)

筆者がこれまでインタビューしてきたのは、芸能人では、俳優、芸人、アーティスト、マルチタレント。それ以外ではアスリート、クリエイター、経済人などの有名人に話を聞いてきました。

その結果、気づかされたのは、「成功している人ほど、“いくつかの面で”メンタルが強い」ということ。“いくつかの面で”と強調したのは、一流の有名人でもすべてのメンタルが強い人はなかなかいないからです。

具体的に挙げていくと……批判を受け止める、あるいは受け流す。低評価などのネガティブを成長などのポジティブに自動変換できる。

仕事のスイッチを入れると、つらいことを忘れて集中力を発揮できる。他者評価にとらわれず自己評価で突き進める。一晩寝たら「なるようにしかならない」と気持ちを切り替えられる。

有名でありながら不特定多数に好かれようとせず、嫌われることをいとわない。逆境のときも「自分ならできる」と言い聞かせられる。自分の力で変えられないことは一切気にしない。

失敗を繰り返しても成功のイメージを持ち続けられる。ストレスが自分にとってマイナスなこととは思っていない。

「一般人の感覚」では測れない人たち

これらをすべて併せ持つメンタルの強い人はなかなかいないでしょう。しかし、有名人であるほど、「このいくつかを併せ持つ割合が高い」という感覚がありました。

一般人からしたら「理解できない」「マネできない」ものがあり、だからこそ表に出て仕事をする有名人になれるのかもしれません。

ただ、「理解できない」「マネできない」からこそ、有名人の言動にネガティブなところがあると批判が殺到するのがここ数年の傾向。「彼らの実績やスキルは考慮されず、批判だけが一人歩きして広がっていく」というケースが相次いでいます。

これは裏を返せば、彼らのことが「理解できる」「マネできる」のであれば、あなたも同じレベルの成功者になれるかもしれない。あるいは、世の中が成功者だらけになるということではないでしょうか。

一目置く必要性こそないものの、エキセントリックに批判するのではなく、「一般人の感覚では測れない人」という感覚を持ち合わせたいところです。

有名人の中でも特にメンタルの強さを求められるのが俳優。

常に人から見られていること、自分ではない誰かを演じ続けること、時に過酷な役柄に入り込まなければいけないこと、演技という抽象的なもので批判されるリスクが高いこと、役柄と本人をオーバーラップされがちなこと、外見・所作・言葉づかいにも言及されることなど、昭和の時代から「俳優はメンタルのコントロールが難しい」と言われていました。

さらにネットが浸透して批判的な声が可視化されたことなどもあって、「精神を病んでしまった」「自ら命を絶ってしまった」などの悲しいケースをしばしば耳にします。

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カナダ・モントリオールで開催中の『第29回ファンタジア国際映画祭』で、観客からスタンディングオベーションを受けた永野芽郁さんと作者の東村アキコさん(写真:映画『かくかくしかじか』公式Xより)

芸能人は「人前で恥をかく仕事」

7月2日に放送された「1周回って知らない話」(日本テレビ系)に出演した木村佳乃さんが興味深いコメントをしていました。

この日のメインゲストは、木村さんにとって所属事務所の後輩にあたる佐々木希さん。

モデルから女優の道に進んだ佐々木さんが演技への評価などで悩んでいた際、「私たちは批判されるのも評価のうちで、『嫌い』って言われても評価なんです。スルーされるのが一番悲しいことで、『あの人の演技が嫌い』『あの人の声が嫌い』『あの人の顔が嫌い』って言われる職業なのでしょうがないですよね。受け入れないといけない。みんなに好かれることは無理ですし」などと語りかけたそうです。

何とも達観したような考え方ですが、「このくらい諦観できなければ俳優という仕事をやっていくことは難しい」ということなのかもしれません。

ただ、優しくも重みのあるこの言葉が効いたのか、それまで演技面の批判に悩まされていた佐々木さんはその後、前向きな姿勢で俳優業に挑み、現在の立場をつかみ取りました。

俳優ではありませんが、バラエティのMCもこなす男性タレントにインタビューした際、彼が言った「芸能人は人前で恥をかく仕事と思っている」という言葉が印象に残っています。

これは彼も「先輩タレントから教えてもらった」という、芸能界に存在する1つの考え方であり、「だから駆け出しのころから、お金がなかったり後ろ指をさされたりなどの苦しいときも何とかやってこられた」とも語っていました。

永野さんにそれに似た考えがあるかはわかりませんが、芸能人として活躍するほど、一般人には理解しづらいメンタルが必要であることは間違いないでしょう。

「表に出続ける」主演俳優という立場

芸能人や俳優を語るうえでもう1つあげておかなければいけないのは、「何があっても表に出ることが仕事」という現実。

たとえば、不祥事で穴があったら入りたいようなときも、芸能人である以上、仕事として表に出ることを求められる。表に出たら笑顔を見せなければいけないときがある。事務所や取引先のために逃げ出せないときもある。本当は正直に語りたいのにそれを許されないときがある……。

よくネット上で「芸能人をやめて一般人になればいい」というコメントを見かけますが、「周囲との関係性からそれすら許されない状況がありうる」のが芸能の仕事。

実際、取材時にオフレコで、「もし自分や身内が何か不祥事を起こしたとしても、生きている限り、表に出て仕事をせずにはいられない立場になった」と自虐気味に語ってくれた俳優もいました。

今回、永野さんの報道に対して、「無理やり笑っているとしたら演技力が凄い」という声が散見されましたが、本当に演技力が凄いのか。それともメンタルが凄いのかはわかりませんが、それを求められる仕事であり、立場であることは確かでしょう。

長年そんな仕事と立場を続け、プレッシャーと向き合ってきた人にしかわかりえない境地がありそうです。

それを裏付けるのは、今回の報道がメディアのスクープではなく映画関係者からの働きかけであること。各社の記事を見れば、その内容がほとんど同じであることから、映画関係者のリリースをベースに書かれた様子がうかがえます。

「騒動からある程度ほとぼりが冷めたのではないか」とみられるタイミングでの映画祭であり、映画館での上映はかなり減ったものの、「今後の売上なども踏まえて作品としての評価を上げておきたい」と考えても不思議ではないでしょう。

「一流有名人」のメンタルは強い?, 「一般人の感覚」では測れない人たち, 芸能人は「人前で恥をかく仕事」, 「表に出続ける」主演俳優という立場, 永野芽郁は俳優を続けていける?, 「会見を開くべき」だったのか

狙い通り?久しぶりの姿に注目が集まった(写真:映画『かくかくしかじか』公式Xより)

永野芽郁は俳優を続けていける?

永野さん個人に対しては、まだ少数派ではあるものの、「元気でよかった」「頑張れ」「応援している」などの好意的なコメントもありました。

芸能人にとってこの“少数派でも応援してくれる人々”の存在はきわめて重要。

特に俳優であれば、イメージの悪化からこれまでのように地上波に出演しづらかったとしても、こうした人々がいてくれれば、お金を払って見る人に向けた映画や配信ドラマなどへの出演に支障はほぼありません。

その意味で、永野さんはこれまでの実績、スキル、人気から、演技の仕事を続けていくことは可能でしょう。また、ファン向けのイベント出演や自己配信で稼ぐこともできるし、もしかしたらこれまで以上に稼げるかもしれません。

ただ、難しさを感じさせられるのは、PVが取れる存在であればそれらの活動がネットニュースに高頻度でピックアップされてしまうこと。

世間の人々にとっては「見たくなくても見てしまう」、本人にとっては「見せたくない人にも見られてしまう」ことがありうるため、利害関係のない人々から過剰な批判を受けやすいところがあります。

「会見を開くべき」だったのか

ここまであげてきたように、売れっ子の芸能人であるほど一般人が理解しづらいメンタルや仕事があり、不祥事があったとしても人前に出なければいけないというケースが少なくありません。

しかし、それを見る側の私たちはそんな芸能人にどんな言葉をぶつけてもいいわけではなく、ましてや思いのままに裁くことはできないでしょう。民意で選ばれ、税金をもらって働いている政治家ならともかく、芸能人に対する一般人の影響力には限界があります。

さらに芸能人の中には誹謗中傷にやられっ放しではなく、水面下で対応している人も少しずつ増えているなど、安易な書き込みへのリスクは以前よりも上がりました。

ちなみに「芸能人を続けていきたいのなら会見を開くべき」という声も見られますが、これは筋違いでしょう。もし騒動が本当だとしても当事者間で話がついているのなら、永野さんにはその義務や必然性はないのです。

今回のコラムは決して「永野さんをフォローしたい」という理由で書いたわけではありません。お悩み相談のコンサルタントもしている立場から、「1人ひとりが無関係の芸能人を攻撃するのではなく、もっと自分の人生を楽しんでほしい」という思いから書かせていただきました。