アタマの良い人なら必ず習慣にしている、相手の意見に「違和感」があった時に「絶対にしてはいけないこと」
先行きが見えない「答えのない時代」を生きる私たちにとって、「自分の頭で考える力」は必須です。でも、何をどのように考えれば良いのか、どのように勉強すれば良いのか、具体的な方法がわからない人も多いでしょう。
気鋭の哲学者・山野弘樹氏が、自分の頭で考えて学びを深めるための方法=「独学の思考法」をわかりやすく解説します。
※本記事は山野弘樹『独学の思考法』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。
対話とは負荷のかかるもの
他者とコミュニケーションを取るときに、私たちが必ず経験することがあります。それは、「自分とは異なる他者の意見と出会う」という経験です。
私たち人間は有限な存在であり、それゆえ文化的・歴史的な制約を受けた観点をそのつど選択することでしか、私たちは何かを思考することはできません。
そして、各人に背負わされた文化や歴史が異なるのであれば、それによって影響を受けるものの見方も、当然異なるものになります。
例えば、「暴力はいけない」という主張については同意する人々の中でも、「どこまでが正当化されえる暴力なのか?」というテーマにおいては、意見がきっぱり割れることもあるのです。
このように、自分とは異なる他者の意見と出会ったときに、私たちはどのように振る舞うべきなのでしょうか?
自分とは異なる意見に遭遇するとき、私たちは相手に対してまず違和感を覚えることでしょう。
「なぜそのように思うのか?」という疑問が自分の中で膨らみ、自分の意見と違う人の話を聞くことにだんだんストレスを感じてきます。
これは理性ではなく、感情の方が私たちの精神を満たしている状態です。
そして、よほど同質性の高い環境で過ごしていない限り、この種のストレスには頻繁に遭遇することになります。
問題は、こうした負荷がしばしばかかる対話の場面において、私たちはどのように振る舞うべきなのかということです。
対話で「絶対にしてはいけないこと」
まず私たちが避けるべき行動は明白です。それは初めから相手を否定してしまうということです。
自分とは異なる意見に直面したとき、私たちはつい咄嗟に「そうは思いません」、「それは違うと思います」という言い方で、相手に否定の感情を伝えてしまいがちです。
ですが、これは問題を含んだ思考であると言えます。その理由は主に2つあります。
1つは、初めは相手の意見に同意できなかったとしても、相手から話を聞いているうちに、だんだんこちらの意見の方が修正される可能性があるからです。
2つの視点が掛け合わされることで、新しい発想が生まれてくることはよくあります。こうした生産的な議論の可能性を、最初の一言で潰してしまいかねないのが開口一番の否定文なのです。

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それだけではありません。仮にこちらの言い分の方が理に適っていて、相手の主張を論破することができたとしましょう。
確かにその瞬間、自分自身は爽快感を得られるかもしれませんが、それは同時に、目の前の相手のメンツを(しばしば周囲の人の目線が集まっている状況で)あからさまに潰してしまう行為にもなってしまいます。
すると、おそらく相手は自分の人格そのものを否定されたかのように感じてしまうので、怒りや不満の感情で精神を満たすことになるでしょう。
こうなってしまうと、もはや落ち着いた対話どころではありません。
こうした事態を回避するためにも、開口一番で否定文を発することは避けた方が良いのです。
さらに連載記事<アタマの良い人が実践している、意外と知られてない「思考力を高める方法」>では、地頭を鍛える方法について解説しています。ぜひご覧ください。