宝くじ「ハマる/ハマらない」を分かつ"35%の壁"

いつの時代も、奇跡的な確率を追い求める人はあとを絶たないという(写真:Ryuji/PIXTA)
「意思決定」の2つのプロセス
行動経済学の代表的な理論であるプロスペクト理論とは、リスクのある不確実な状況のもとで最良の選択をしようとするとき、私たちはどのように意思決定をするか、ということを理論化したものです。
【イラスト】意思決定の基準となるポイントを定める「編集段階」のイメージ
ちなみに、プロスペクトとは「見通し」や「展望」といった意味です。このプロスペクト理論では、私たちの意思決定のプロセスを「編集段階」と「評価段階」の2つの局面に分けて考えます。
編集段階というのは、まず与えられた選択肢を認識して、意思決定の基準となる参照点(利得と損失の判断の基準点)を定めるステップのことをいいます。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)
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一方の評価段階では、その参照点をもとに選択肢を評価して、もろもろの事象が起きる確率を探ろうとします。こうしたプロセスを経て、私たちは意思決定をして行動に移している、というわけです。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)
要するにポイントは、参照点を軸に選択肢をどう評価するか――。そこでまず、プロスペクト理論の要である参照点について、くわしくみていきましょう。
90点で「喜ぶ人」もいれば「喜ばない人」もいる
同じものごとを評価するのでも、参照点は人によって、あるいは状況によってまちまちなものです。どこまでは得で、どこからが損になるか。利得と損失の判断を分ける基準点である参照点をどこに定めるかは一様ではありません。
学校で成績がそこそこのA君はテストで90点をとると大喜びしますが、成績トップのBさんは90点でもそれほど喜びません。A君が満足できる参照点は60点、Bさんのそれは90点。つまり、ものごとの価値はその人の参照点からの距離で決まるということです。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)
さらに、同一人物であっても参照点は一定ではありません。
たとえば、ふだんは数千円のネクタイで充分だと思っていた人が、久しぶりに7万円のスーツを買いました。そのとき店員にすすめられて1万円のネクタイも買ったが、それほど高いとも思いませんでした。
ネクタイだけなら1万円は高いと感じるのに、7万円のスーツとセットだと、高いと感じない。これは7万円の買い物をしたのだから、8万円になっても、さほど変わらない、という意識が働くせいでしょう。
つまり、状況によって参照点は変わり、つねに相対的に判断されるということです。
「利得の嬉しさ」より大きい「損失の悲しみ」
人は損失をなにより嫌うものです。私たちの意思決定には「損失回避」が大きく働いている、とするのがプロスペクト理論の特徴のひとつです。
利得の嬉しさと比べて損失の悲しさがどのくらい大きいかをグラフで示したのが、下の「価値関数」です。このグラフを見ると、利得の嬉しさを示す曲線よりも、損失の悲しさを示す曲線のほうが度合いが大きいことがわかります。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)
具体的にいえば、利得と損失が同じ額なら、損失による悲しさの度合いは、利得の嬉しさよりも2.25倍だといいます。引き出しの奥から忘れていた1万円札が出てきた喜びよりも、うっかり1万円札を落としたときの落胆のほうが2倍以上大きいわけです。
だから、たとえたいして儲からなくてもいいから、損だけはしたくないと思う。これが、私たちに「損失回避」をさせる理由です。
ちなみに、利得も損失も大きくなるにつれて、嬉しさ・悲しさの感情のふくらみが落ち着いていきます。
1万円損をしたときの悲しみの度合いを10とすると、2万円損をしたときの悲しさは20にはならず、小さくなるわけです。同じように、得をしたときの嬉しさも、だんだん落ち着いていきます。
確率の評価に影響する「確実性効果」とは?
通常、人が主観的にとらえる確率は客観的な確率と一致しないものです。客観的には低い確率を自分では過大評価していたり、あるいはその逆だったりすることはよくあります。
大学入試の合格ラインに対して自己採点による合格確率が高くなるのはその一例です。
主観が交じったときの確率は客観的な確率と違いどうしてもゆがみが生じますが、そのゆがみにはある傾向があります。
それは、たとえば確率が5%上がる場合、75%から80%に上がるよりも、95%から100%に上がるほうが、実際の数字以上に大きな変化に感じるということです。
実際、80%の確率で4万円が得られるくじと、100%確実に3万円が得られるくじだと、後者を選ぶ人が多いことが知られています。
このように、人はわずかに不確実だったものが確実なものになることを大きく評価する傾向があります。これを「確実性効果」といいます。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)
一方、うんと低い数字の場合は、確率が5%から10%に上がるよりも、0%から5%に上がるほうが心理的に大きな変化と受け止めます。
私たちは何かを決めるとき、客観的な確率とは異なる数字の受け止め方をしながら、意思決定をしているのです。
「なぁに、たまには宝くじも当たるさ」
1等2億円の宝くじが当たる確率は1000万分の1、2等の1000万円でも200万分の1――。この数字を冷静に受け止めるなら、誰も宝くじは買いません。
しかし、江戸時代初期に「富くじ」として始まった宝くじは、現在にいたるまで続いています。つまり、奇跡的な確率を追い求める人はあとを絶たないということです。
これは、私たちが低い確率を過大に評価し、また逆に高い確率を過小に評価する傾向があるからと考えられます。
この傾向はプロスペクト理論の「確率加重関数」によって証明されています。人の主観による確率は、客観的確率が低いと高く、客観的確率が高くなると低くなる。
その分岐点は客観的確率35%のときで、つまり、確率0~35%までは「なぁに、たまには宝くじも当たるさ」と楽観的に考えるわけです。
ところが35%のポイントを過ぎると、一転、慎重に構えるようになります。合格率8割の昇進試験に「まさか同期でおれだけ落ちるんじゃないだろうな」とよけいな心配をしたりするのはこのためです。
なかなか客観的確率どおりにいかないのが主観的確率であり、それはほかでもない私たちの心がつくりだしているのです。

(出所:『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』より)