東大医学部卒、司法試験&公認会計士も合格した河野玄斗に聞く、次に狙う”意外な”資格とは?

東京大学医学部を卒業した河野玄斗さん。在学中には司法試験に、卒業後は公認会計士試験にも合格し、現在は大学受験向けのオンライン学習塾「河野塾」の塾長として忙しい日々を送っています。その驚きの頭脳は、どのようにして作られたのでしょうか? 小学生時代から振り返っていただきました。※後半<東大医学部在学中に司法試験合格!河野玄斗が考える「地頭がいい人」とは? 「努力や練習で能力を伸ばした人もたくさんいる」>に続く
■小3で高校数学の範囲を終えた
――河野さんは「河野塾」の塾長を務めるかたわら、本の執筆やYouTubeチャンネルの運営など幅広く活動されています。東大医学部を卒業して、医師以外の道を選ばれたのはなぜでしょうか?
大学卒業前、自分の将来について考えたときに思ったのは、「一番得意なことをやろう」ということでした。僕の得意なことと言えば、やはり「勉強」ですから、これまでに得てきた学習法や受験に関するノウハウを社会に還元する手段として教育事業を始めました。
医学部を卒業したひとの大多数は医師になりますが、毎年数人はそれ以外の道に進んでいます。同級生の中には、映画のプロデューサーになった人もいますよ。
――小さい頃はどんなお子さんでしたか?
好奇心旺盛な子どもだったと聞いています。いろいろなものを指さして「あれは何?」と尋ねたり、食器に書いてあるアルファベットに興味を示したりしたそうです。
――「自分は勉強が得意だ」という自覚は、いつ頃からありましたか?
小学校低学年のころだったと思います。幼少期は父の仕事の都合でアメリカに住んでいて、4歳から現地の公文の教室に通い始めたのですが、小学校3年生のときには高校生の数学の範囲まで学習が終わっていました。
■やる気を引き出した母の作戦
――それはすごいですね。
1枚ずつプリントを終えていくことが、楽しかったんです。新しいことに挑戦すること自体が好きなので、初めて公文の教室に行ってプリントを見たときから「早くやってみたい」という気持ちになりました。
もう一つ、大きかったのは母の力です。僕が毎日100枚とか200枚のプリントをやるので、公文の先生の採点が追いつかず、ある時から自宅で母が採点することになったのですが、母はただ採点するだけでなく、「お母さんの採点とあなたの計算と、どちらが早いか競走しよう」と提案してきました。
僕はもともと負けず嫌いなので、つい乗ってしまうんです。母は僕の性格を見抜きつつ、うまいことペース調整もしていたんでしょう。勝ったり負けたりのバランスが絶妙で、もう1枚、もう1枚という感じでどんどん進めていきました。
■勉強も公文も徹底的にやり込む
――遊びはどのようなことをしていましたか?
割とアクティブな子どもで、ホームパーティーに呼ばれて行ったり、外遊びをしたり、「太鼓の達人」とか「ファイナルファンタジー」といったゲームも好きでした。
公文のプリントもそうですが、ゲームに関しても僕は徹底的にやり込むタイプ。ロールプレイングゲームは、攻略本とにらめっこしながらコンプリートの手順や難しい箇所の攻略法を考えます。ものすごく頭を使うし、ゲームのストーリーに没頭することで感受性も磨かれるし、ゲームにハマったことは僕にとっていろいろな意味でプラスになりましたね。
公文もゲームも、ひとつのことを分析して完全攻略しようとする「やり込みぐせ」が発揮されたという点は共通で、小学校高学年以降の勉強も、その延長線上にあったような気がします。

■中学受験の勉強は小5から
――中学受験の勉強は、いつから始めましたか?
3年生のときにアメリカから帰国して、5年生から中学受験塾の日能研に通いました。当初、僕はあまり興味がなく、ただ母に連れられて行ったのですが、入塾後は周りの勉強仲間に負けたくないという思いで勉強するようになりました。
開成と筑波大学附属駒場、聖光学院、灘を受けて、聖光学院と灘に合格しました。聖光学院では、話していて楽しい友だちともたくさん出会うことができましたし、とてもいい環境で過ごせたと思います。
――どのような中高時代を過ごされましたか?
成績は、高1までは上位10人には入っているという感じで、高2からはずっと1位でした。高1までは大学入試で使わない科目、僕の場合だと世界史や生物なども試験範囲にあったのですが、そういう科目にはあまり力を入れていなかったんです。
勉強は好きですが、大学入試を見据えたらできるだけ効率の良くやる方がいいかな、と。入試で使わない科目を切り捨てれば、その時間を他の科目に使えますからね。
■出願は東大理三だけ。初めて親とぶつかった
――東京大学理科三類を志望したのはなぜでしょうか?
医師の仕事にものすごく興味があったからというより、それが自分の可能性を一番広げてくれる選択肢だと思ったからです。
東大は2年生の夏までの成績と本人の希望によって3年生以降の専攻が決まる「進学振り分け」という制度があるので、入学時とは違う学部に進むことも可能です。理三以外に入ると、例えば医学部に行きたいと思っても実現させるにはかなりの高得点が必要になってきます。一方で、理三に入っておけば、医学部も医学部以外の学部も希望が叶いやすいので、理三に入れるなら入って損ないじゃんと思っていました。
そういった理由で東大理三を志望したこともあり、他の大学には出願しませんでした。母からは「浪人を避けるために、少なくとももう1校は受けてほしい」と言われましたが、それまでの成績や模試の結果から絶対的な自信がありましたし、「受かっても行かない以上、受験料の無駄になるから」と自分の意思を貫きました。僕と親が激しくぶつかったのは、後にも先にもその時だけです。
■次に目指す資格はプロボクサー
――結果、見事現役で合格し、進学選択では医学部医学科を選ばれました。さらに3年生のときには司法試験にも合格されています。なぜ医学部在学中に司法試験を受験したのでしょうか?
医師免許を持ちながら司法試験に合格すれば、医療訴訟に強い弁護士になれると思ったからです。医学の知識と何かを掛け算できたら面白そうだな、だったら司法試験を受けてみようか、と。もちろん勉強が大変なことは覚悟していましたが、僕は自分が好奇心を持って取り組んだことは、何でも楽しめるんです。実際、司法試験の勉強も楽しく取り組めました。
――最近では、ボクシングのプロライセンス取得も目指しているとお聞きしました。
勉強系の資格はたくさん取れたので、次は文武両道を目指そうかな、と思って挑戦中です。僕に対して「勉強ができる人」というイメージを持ってくださる方は多いと思いますし、僕自身もそう思ってきたのですが、実は勉強ができる人と言うより「自分ができないことを分析して、練習して、克服することが上手な人」なんじゃないか、という仮説があって。この仮説を証明するためにも、ぜひボクシングのライセンスは取得したいですね。

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(取材・文/木下昌子)
〇河野玄斗(こうの・げんと)/1996年生まれ、神奈川県出身。「河野塾」塾長。私立聖光学院高等学校から現役で東京大学理科三類に合格、3年在学中には司法試験、大学卒業後には公認会計士試験合格に合格し、医師・弁護士・公認会計士の「3大難関国家試制覇」を果たす。2018年、オンラインの教育事業などを行う株式会社Stardyを設立。現在は河野塾塾長として受験生の指導にあたるとともに、2019年に設立した自身のYouTubeチャンネル「Stardy -河野玄斗の神授業」(登録者数160万人、2025年7月現在)などを通じて、広く教育事業に携わる。保有資格は、宅建、英検1級、世界遺産検定1級など。