終末期患者の点滴は苦しいだけ…1000人を看取った在宅医の提言「自分らしい最期を迎えるために」

家族は本人のためと考えるが、終末期の患者はかえって点滴が苦痛だという(写真はイメージです)

病院の延命治療が抱えるジレンマ

「終末期医療を自費化せよ」――そんな政策が物議を醸したことがある。誰もが避けて通れない最期の医療をどうするかという問いに、多くの人が強い抵抗と不安を感じたのだ。

人工呼吸器や点滴で命をつなぐのか、それとも緩和ケアに切り替えるのか。選択は患者本人の意思と、家族の思いの間で揺れ動く。

だが、現実には日本人の8割以上が病院で亡くなり、自宅で最期を迎える人はわずか1割程度。自宅で「その人らしい時間」を大切にできる在宅医療が広がってきているにもかかわらず、多くの人は病院死を選んでいる。なぜなのか。

病院で行われる延命治療は人工呼吸器の装着、心臓マッサージ、点滴や経管栄養、人工透析、抗がん剤投与など、「命をつなぐ」こと自体に焦点を当てた医療行為だ。だが、「しろひげ在宅診療所」院長の山中光茂医師はそこに疑義を呈する。

「終末期の患者さんに病院では、『食べられないなら点滴を』と考えがちです。でも点滴をすると水分で体がむくみ、腹水や痰が増え、かえって呼吸が苦しくなる。静かに幕を下ろそうとする体に、最後の苦しみを上乗せしてしまうのです」(以下、「」内は山中医師)

在宅医療で終末期を迎える場合、緩和ケアに重きを置く。しかし、自宅での緩和ケアを「治療が尽きた後の最後の選択肢」と考える患者や家族は少なくない。だが実際はそうではない。

「オピオイド(医療用麻薬)やステロイドを適切に使えば、痛みや倦怠感を和らげるだけでなく、活動性が戻ることもあります。旅行に出かけたり、家族と食事を楽しむことも可能になる。緩和は命を縮めるどころか、その人らしい時間を取り戻す医療なんです」

山中医師のクリニックでは、常勤医だけで24時間365日の対応を続けている。夜間や休日も代行に任せず自ら駆けつけることで、患者や家族の安心感は大きい。

「困ったら病院へという在宅では意味がないんです。最後まで責任を持って看取る――それが在宅医療の原点だと思っています。患者さんもご家族も、“必ず最期までそばにいる”と約束できるからこそ安心して在宅を選べる。在宅医療は“途中で投げ出さない覚悟”が前提であり、その覚悟があって初めて信頼が生まれるんです。そして何より、病院ではなく自宅で、その人らしい姿のまま終末期を迎えることができる。それこそが在宅医療の最大の価値だと思います」

がんに対する治療も同様だ。

「たとえ腫瘍を小さくできても、術後の回復や健康な生活が見込めない手術や抗がん剤治療があります。そんな治療より、痛みや苦しみをしっかり取り除き、最後まで自分らしく過ごすための緩和ケアを選ぶという道もあるんです」

さらに山中医師は問いかける。

「高齢になり、手術に耐えられる体力や回復力が乏しい方に、本当に無理に手術を勧めることが最良の選択なのか。大切なのは『がんを小さくすること』ではなく、『残された時間をどう生きるか』なんです」

抗がん剤や手術により延命できることもありますが、副作用や合併症で生活の質を損なうことも少なくない。一方、緩和ケアを導入すれば、痛みは和らぎ、穏やかに日常を過ごせる時間が増える。がんと闘うことだけが生きることではありません。最後まで穏やかに、自分らしく生きる選択もまた尊いのです」

山中医師は最期まで自分らしく生きるために在宅医療を勧める

「亡くなる時期」がわかるからこそできる準備

病院では家族に「延命治療をしますか? しませんか?」と二択が突きつけられる。だが山中医師は、この問い自体に疑問を投げかける。

「ご家族のなかには、『延命しません』と答えることに強い抵抗を持つ方もいます。大切な人を見捨てるように聞こえるからでしょう。だから私は『延命しますか、しませんか』という二択ではなく、『どう生き切るか』を一緒に考えるようにしています」

在宅の現場で1000人を超える看取りを経験してきた山中医師は、ほんのわずかな変化から「残された時間」を見通せるようになったという。

「元気に会話をしていても、声の張りや表情のわずかな陰りから、死期が迫っているのがわかることがあります。“最期のとき”がまるで急な階段を下りるように、一気に訪れることも少なくない。だからこそ、その兆しを家族と共有して『どう過ごすか』を一緒に考えるようにしています」

在宅では、患者が食べられなくなっても無理に点滴をせず、体の自然な流れに寄り添う。必要な場合は皮下点滴で最小限の水分を補うこともあるが、目的は延命ではなく「苦しみを和らげる」ためだ。

「点滴を減らすと家族は不安に思います。でも水分を減らしたほうが、呼吸は楽になり、表情も和らぐ。体が自然に乾いていくのは、苦しみを減らす自然なプロセスなんです。だからこそ、私は必ずご家族に丁寧に説明し、納得してもらったうえで点滴を減らすようにしています」

山中医師のチームは、医師・看護師・薬剤師・相談員を含め200人規模の多職種スタッフを抱え、毎朝のカンファレンスで情報を共有している。

「医師だけでは最期まで支えきれません。介護職や薬局、看護師が連携することで、家で過ごしたいという願いを現実にできるんです」

山中チームが毎朝行うカンファレンス

終末期医療は「不要」ではない。むしろ必要不可欠だ。ただしそれは、命を削るほどの延命や、苦痛を上乗せする医療ではない。

「終末期医療とは無理に生かすことでも、何もしないことでもありません。苦しみを取り、本人の望みを叶え、家族の不安を和らげる。そして自分らしく最期を迎える。それが終末期医療だと思います」

この先、団塊ジュニア世代が続々と高齢期を迎え、日本は超高齢社会に突入する。「終末期医療を自費に」と叫んだ政治家にこそ、考えてほしい。本当に必要なのは負担を押し付けることではなく、誰もが安心して自分らしい最期を迎えられる仕組みを整えることなのだ。