南果歩「もう還暦」ではなく「まだ還暦」 子育てを終え、今は孫からもエネルギーを貰って。苦しい経験があったから、今日に感謝できる
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【写真】淡いピンクのワンピースに身を包んだ南果歩さん
49歳の美久子はバツイチのキャリアウーマン。ノーと言えない性格ゆえに職場では仕事を押しつけられ、一人娘は「お母さんみたいになりたくない」と言い放って海外へ。母の介護も重なり人生を楽しむことなど忘れていた。そんなある日、アメリカ人バックパッカーのヴィンセントが娘から紹介されたと美久子を訪ねてきて3か月間同居させて欲しいと申し出る。最初は拒絶するも厳密なルールのもとルームシェアを始め、言葉や文化の壁を乗り越えて少しずつ心を通わせていく二人。やがて美久子はルールに縛られない生き方に目覚めていくのだった。
ヒロインの美久子は日本人女性の象徴的な存在
監督のグレッグ・テールさんとは以前、二人芝居の舞台で演出家と演者としてご一緒したことがありました。時を経て、初監督作品となる本作を制作するにあたり、主演のオファーをいただいたんです。
脚本を読ませていただいて、アメリカ人男性から見た日本女性ってこういう感じなんだと思って面白かったです。奥ゆかしいのが日本女性の素敵なところである反面、自己主張できない弱さがあって、結果として不満を募らせている。シリアスになってしまいがちな部分なのですが、美久子の存在がコミカルに描かれていて強く心を惹かれました。
美久子は彼女なりに必死に生きていますが、どこか不器用で自分を上手く表現できません。周囲に振り回されても人前では我慢して、家に帰るなりビールをグビグビ飲みながら不貞腐れている。これって“あるある”と共感する人も多いのではないでしょうか。美久子はミドルエイジの象徴的な存在だという気がします。
観てくださる方の年齢や置かれた環境によってさまざまな捉え方ができる作品だと思いますが、私としては、本作はラブコメディーでありつつ、一人の女性が自律していく成長物語だと捉えています。

まずは自分というものが確立していなければ
ヴィンセント役を演じたのもグレッグさんなので、役者同士として共演するのも楽しみでした。ヴィンセントによって美久子の心が変容していく過程が丁寧に描かれています。
頑なだった美久子の価値観が、ヴィンセントからのどんな影響でしなやかさを帯びていくのか、美久子がどんな出来事を通して自分に正直でありたいと思い、自分を解放しようと決めるのかなど、見どころはたくさんあります。でもまずは、自分というものが確立していなければ、どんなに素敵な出会いがあっても、結局、誰かに合わせて生きていくことになってしまいがちです。
美久子だって自分のことが大切で、だからこそ問題が生じると鬱々とした状況から抜け出したいと思い悩むのです。でも彼女には、自分を大切して生きるという発想がありませんでした。相手の気持ちを慮ることが習慣化していて、例えば、飲食店で何を頼むのかという時にも「同じものでいいです」と言ってしまいます。それ自体は些細なことかもしれませんが、そうしてすべてを受け入れていたら、自分らしく生きることが出来なくなっていきます。娘を育てる、母親の介護をする、会社で働く…環境ごとに求められる役割を精一杯果たすうちに、自分の意見を見失ってしまう。だから私は「自分を大事にするって悪いことなの?」というテーマを抱いて撮影に臨みました。
自分の人生なのだから自分が主役なのは当たり前で、自分が輝いていなければ周囲の人を照らすこともできないし、自分が追い詰められていたら周囲の人を助ける余力にも欠けてしまう。つまり自分を大切にして生きることは自分本位に生きることとは違うのです。このことに気づいていただけたら嬉しいです。

美久子は私とはタイプの違う女性だけれど
実のところ、私自身は美久子とは違うタイプで、レストランでも本当に自分の食べたいものには率直です。「私はコレ」と伝えます。恐れずに明るく自己主張するタイプですね(笑)。でも私としては、役と自分との関係に距離があったほうが、やりがいを感じます。
自分の感覚では理解できない人を演じるのが楽しいというか、本来の私はさておき、別の思考回路が構築されていくことが楽しいんです。
俳優業をやっていて面白いなと思うのは、一人として同じ人物を演じることがないこと。デビューしてから40年になりますが、マンネリを覚えたこともなければ慣れることもありません。
どうしたら自分が役者としての鮮度を保てるだろうか? と常に考えているせいか、いつも緊張してしまいます。クランクインの前日は眠れませんし、なんでこんなに大変な仕事を受けてしまったのだろう、と不安に押しつぶされそうになることも。でも張りつめた気持ちになるのは真剣勝負だからですよね。役と出会える、そして真剣に挑めることがあるのは幸せなこと。感謝しています。
苦しい時期もあったけれど、すべてが正しい選択だった
私は19歳の時に芸能活動を始め、20代は仕事一辺倒で過ぎて行きました。妊娠を機に31歳で結婚して、息子を出産してからは子育て中心になりましたが、5年後に離婚してシングルマザーに。その後、息子が10歳になった41歳の時に再婚し、52歳で乳がんがみつかりました。手術を受け、術後はホルモン療法による薬の服用、そして放射線治療、抗がん剤の投与が始まり本当に辛かったです。
ところがやっと日常生活を取り戻せたという頃に元夫の問題を報道で知り、気づいたら重度のうつ病になっていました。暗闇の中に放り込まれたような日々の中で私が選んだのは、サンフランシスコで過ごすこと。当時息子が現地の大学に通っていたこともあり、うつ病の薬を捨てて、サンフランシスコで暮らす友人の家でお世話になりました。
規則正しい生活を心掛けて、午前中から語学学校へ通ったりヨガをしたり、食事を作ったり。そういう何気ない暮らしがよかったのでしょう。時間はかかりましたが、徐々に回復し、さまざまなことを冷静に考えることができるようにもなりました。その結果、自分の心に嘘をついてまでやり直すことはできないと決断を下して、54歳で結婚生活に終止符を打ったのです。
なかなかに盛沢山な人生ですよね(笑)。でも過ぎてしまえば「いろんな経験をした」ということでしかなく、今に至るまでの自分の選択に後悔はありません。苦しい経験があったから今の喜びがある。大病から生還したことに対する感謝が大きいので、今日も生きているだけで幸運だと思えますし、仕事にも救われました。
そしてもう一つ、どうやら私は忘れる能力が高いようで、ネガティブな感情を抱えていないでどんどん流していく。過去にとらわれすぎず、大事なのは今だと、現在進行形で生きています。
人生の中で大切なのは優先順位を決めること
今まで、その時その時に合わせた優先順位を定めて生きてきました。自分のやりたいことはいつも明確にありましたが、特に子育てに関しては「今は子育て第一で」と固く決めていたんです。あとになって「あの時、ちゃんと子どもと向き合っていたら」なんて後悔はしたくなかったから。
出産してからはとにかく必死でしたが、気づけば息子は成長していて、私の場合、これで子育ては終了したのだなという瞬間がハッキリとわかりました。息子の大学進学にともないサンフランシスコで暮らす寮の引っ越しを手伝った日のことです。引越しの後夕食を一緒に食べ、店の外に出た時に息子は「じゃあまた」と言ってさっさと寮へ戻ってしまいました。
その時、彼は自分の人生を歩み始め、私は今をもってお母さん業は終了したのだと悟ったのです。寂しいのか安堵したのか、自分でもよくわからない複雑な気持ちになって、泣きながらサンフランシスコの坂道を歩いてひとりホテルへ帰ったことを覚えています。
その息子も結婚し、今はアメリカで暮らしています。子どもも生まれ父になりました。もちろん孫は可愛いです。ものすごい勢いでご飯を食べて、床に落ちたものでも拾って口に入れる姿が豪快でカッコいいと思ったりもして。子どもはエネルギーの塊ですね。一緒にいると私までエネルギッシュになるのを感じます。人間って60歳も年の離れた人からも影響を受けるのか、と新たな発見でした。
今、私は日本で一人で暮らしなので、再び24時間を自分だけのために使えるようになりました。孤独な時間はありがたいですが、人は外側から刺激を受けることで変化できます。だからこそこれからも、いろいろな人との出会いを大切にしたいですね。

誰だって自分で自分を幸せにできる
人の価値観は千差万別で、だから人生の歩き方も違ってくるわけですけれど、正解も不正解もない。人がどう思おうと自分が納得できれば素敵な人生だし、失敗しても学びを糧に生きれば人生は何度でもやり直せると思います。人生を好転させるためのコツは固定観念を手放すこと。「こうあるべきだ」とか「こうでなければ」という頑なさを手放せば見える世界が変わってくる。そのことを教えてくれたのは本作であり、美久子から私はたくさんのことを学びました。
自分一人の狭い世界の中にいたら新しい一歩を踏み出すことはできません。むしろ自分と価値観が違う人の言葉に耳を傾け、面白がってみることが自分の変化のきっかけになるのではないでしょうか。年齢を意識することが必要なときもありますが、私自身は「もう還暦」ではなく「まだ還暦」だと思っていますし、この先は年齢なんて関係なく、やりたいと思ったことをやっていきたい。
若い頃は「こうしなければ」という考えに縛られたりしたこともありましたが、今はもう行きたくないところへは行かないし、会いたくない人と無理して会うことはないと思えるようになりました。私が決めているのは、人生は何が起こるかわからないのだから、年齢のせいにして諦めないこと、自分の直感に従って突き進み、答え合わせはその後でいいと思うこと。
そんな思いをさらに後押ししてくれたのが『ルール・オブ・リビング』でした。私が本作を通して伝えたいのは、誰だって自分で自分を幸せにすることができるということです。素晴らしい作品に仕上がりました。是非、たくさんの方に観ていただきたいと思います。