【太平洋戦争】『風立ちぬ』堀越二郎が手記に記した「零戦」開発への「苛烈な性能要求」の真実…原資料から明らかになった新事実
「戦後80年」の今年の夏は、例年にも増して「あの戦争」を振り返る書籍の刊行が目立った。「戦争の悲劇を決して忘れてはならない」というフレーズを毎日のように耳にしたが、「忘れてはならない」もなにも、まずきちんと「知る」ことから始めないと、知らなければ忘れることさえできない。――そんなわけで、今夏発行された太平洋戦争関連書籍のなかから、「知る」ために読むべき本を2冊、2度にわたって紹介しようと思う。2冊めは、6月に発売された『なぜ?から始まる零戦開発史』の続編にあたる『どうして?で読み解く零戦発達史』(古峰文三著/イカロス出版。8月25日発売)である。
兵器開発史について「工業的視点」から解説
今回は、太平洋戦争をよりよく「知る」ための道しるべとなるであろうと私が太鼓判を押す『どうして?で読み解く零戦発達史』(古峰文三著/イカロス出版。8月25日発売)を紹介しよう。この本は、軍事史、兵器、零戦研究の第一人者である古峰氏によって6月に発売された『なぜ?から始まる零戦開発史』の続編にあたる。
古峰氏は、軍事専門誌や歴史雑誌を主な発表媒体として、長年にわたり、兵器開発史について研究、執筆してきた。その取材手法はほかの戦記作家のアプローチとは異なり、すでに誰かによって書かれた書籍ではなく、あくまで「原資料」を探索し、それをもとに「工業的視点」から解説を行うというものだ。
出版業界のジンクスの一つに、「シリーズものの2冊目は売れない」というのがある。上下2巻の小説でも上巻のほうがはるかに多く売れることが常だが、少なくともこの本に関しては2冊とも読まないともったいない、と自信をもって断言できる。

昭和18年、ラバウル基地。第二〇四海軍航空隊の零戦三二型
太平洋戦争中、日本軍が使用した飛行機でいちばん有名な戦闘機は「零戦(ぜろせん、あるいはれいせん)」であることは論を待たない。単発(エンジンが一つ)、単葉(主翼が一枚)の小型機は、陸軍の隼(はやぶさ)だろうと、海軍のほかの戦闘機だろうと「零戦」として紹介されることがある。だが、その零戦の実相が正しく認識されているかと言えば、けっしてそんなことはない。
それは、この夏も放送されていた某局の戦後80年特集番組で、ある評論家が、戦後すぐからアップデートされていない古い認識をもとに零戦を語ったことでも頷ける。そして、話をややこしくしているのが、誤った情報なり認識の多くは設計主務者である堀越二郎氏の著書が元になっていることだ。
零戦ファンや「風立ちぬ」ファンも驚く内容
古峰氏は前著『なぜ?から始まる零戦開発史』で、問答無用の原資料をもとに次々と「新事実」を発掘し、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」で一躍有名になった、零戦の設計者・堀越二郎技師の著書に書かれた内容まで補足し、あるいは覆した。

昭和18年6月、ブイン基地。第五八二海軍航空隊の零戦二二甲型。進藤三郎少佐乗機
たとえば、堀越技師の著書ではのちに零戦となる「十二試艦戦」の性能要求の苛烈さが記されているが、「十二試艦戦計画要求書は本当に『苛酷』な内容だったのか」という項で、〈昭和十二年秋に試作発注する新しい艦上戦闘機の性能が時速五〇〇キロ以上とは、世界的に見れば、かなり控え目な要求ではないかとも思えてきます。〉と、海外の機種との比較を交えながら、〈おおまかに捉えれば、十二試艦戦の試作計画は新鋭機の開発に伴う様々な課題を抱えてはいたものの、実現困難な無理難題といったものではなかったのです。〉と結論づけている。

ラバウル郊外のココポに今も残る中島製零戦二一型(撮影/神立尚紀)

ラバウル郊外トベラ基地に残る零戦三二型もしくは二二型(A6M3)の操縦席(撮影/神立尚紀)
そして、競争試作を打診された中島飛行機が十二試艦戦から降りたのはほかの要因による「辞退」であって、堀越氏が手記に記したような過酷な要求に「脱落」したものではないこともよくわかる(ここもいまだに俗説が幅を利かせている部分だ)。

昭和19年11月、マニラ湾岸道路より発進する零戦五二型。先頭は角田和男少尉搭乗機
本書『どうして?で読み解く零戦発達史』では、前著の続き、すなわち零戦の性能向上計画からはじまって、零戦の各種性能向上型、派生型である二式水上戦闘機など、主に太平洋戦争が始まった後に実戦配備された型の開発理由やその結果が平易でかつシャープな言葉で開発されている。
さらに「零戦を継ぐ戦闘機候補だった『雷電』」「零戦の再来とならなかった『烈風』」「戦闘馬力とは何か?」などと興味深いトピックスが並び、さらに「堀越二郎の手から離れていく零戦」と、従来からの零戦ファンや「風立ちぬ」ファンがドキリとしそうな章タイトルもある。
零戦の物語を「事実」とともに解き明かす
古峰氏は「まえがき」で、〈零戦の物語には定番とも言える流れがあります。それは最初の本格的な量産機となった零戦二一型の性能と要目を理想視することから始まっています。
軽快な運動性能と時速五〇〇kmを超える最高速度、強力な機銃兵装、長大な航続距離といった、相反する要素を高い次元で巧みにバランスさせた二一型が最もすぐれた型式で(中略)零戦は堀越二郎という天才的な機体設計者によって生み出された極めてデリケートな戦闘機で(中略)こうした視点に立ってしまうと、零戦二一型以降の型式について「せっかくの零戦の長所を損なう改悪」だったとしなければ物語が成り立ちません。〉とした上で、
〈零戦は「どうして」後世の批判を生むような欠点を抱えてしまったのでしょう。〉と問いかける。そして、〈そうした疑問は結果からさかのぼる批判ではなく、それが「どうして」生じたのかを、その過程を辿って調べ直していかなければ解けないのです。〉と説く。

昭和19年、三沢基地で訓練中の第二五二海軍航空隊の零戦。右は二一型、左は五二型

昭和20年、谷田部海軍航空隊の零戦五二型か?
本書の内容は、研究者も見たことがないような一次資料をふんだんに使い、著者の探究を積み重ねることで謎を次々と、切れ味するどく解いていく。そういう意味では、推理小説やサスペンス小説を読むような錯覚に陥ることがある。
だが、本書の中身はあくまで資料に基づいた紛れもない「事実」の積み重ねだ。専門的な内容もなぜか読みやすく感じるのは、虚飾のない簡潔な文体によるものだろう。専門的でありながら読み物として楽しめるという本は、書こうとしてもなかなかマネできるものではない。

昭和20年、谷田部海軍航空隊の零戦五二丙型。小野清紀中尉搭乗機。主翼の20ミリ機銃の外側に13ミリ機銃が増設され、機首の機銃も7.7ミリ2挺から13ミリ1挺に変更。防弾装備も施した。
そして記述は、武装の強化やエンジンの改良、俗説では「防弾装備のない人命軽視の戦闘機」とされる零戦に装備された防弾装備や自動消火装置にもおよび、さらに零戦の調達価格まで調査されている。巻末には、古峰氏の盟友であるアニメ映画「この世界の片隅に」の片渕須直監督が作成した、「零戦機体製造番号表(A6M3~A6M7)」も掲載され、この1冊がまるごと資料庫のようになっている。
零戦の姿を最新のデータで学びなおす
私は、30年にわたって約300人の元零戦搭乗員をはじめ、500名以上の元海軍関係者にインタビューを重ね、「人」目線で本を書いてきた。取材したなかには零戦にも携わった技術者もいたのだが、こと零戦をはじめ飛行機の機体開発の秘話や兵器の仕組みについてはほとんど聴くことができずに終わった。
いや、これは私の興味と理解力の問題で、聴いたからといって理解はできなかったかもしれないが。――だから、研究、研鑽をたゆまず重ねて、歴史に埋もれかけていた零戦の姿を最新のデータとして提示してくれる古峰氏の本は心強い先生でもある。

零戦二一型をベースに水上戦闘機とした二式水上戦闘機。飛行場のない島嶼で活躍した

1974年、日米の元戦闘機搭乗員が交流したパーティーに招かれた堀越二郎氏(右から3人目)。堀越氏は1982年1月11日、死去。享年78
本書『どうして?で読み解く零戦発達史』と前作『なぜ?から始まる零戦開発史』を合わせて読めば、これまで零戦や大戦機について知識があると思っていた人も目から鱗が落ちるだろうし、これから学びたいという人にもこれ以上ない教科書になるだろう。
願わくば、メディアで古い「通説」を披露し続けている評論家にも、ぜひこの本を虚心に読んで知識のアップデートをしてもらいたいものだ。