アメリカでは「学校に行かない」ことは“逃げ”ではなく選択肢 社会性や体育の授業はどうカバー?【体験記】

学びの多様な選択肢があるアメリカ。ユタ州で暮らす中学2年生のKくん(14歳)は、13歳で汎発性脱毛症を発症したことをきっかけにホームスクールで1年間学びました。母親のみよ子さんに、ホームスクールで感じたKくんの成長やアメリカの柔軟な教育環境について、現地在住のライター・トロリオ牧さんが聞きました。※前編<アメリカでADHDの息子が脱毛症に 学校に通わない「ホームスクール」に切り替えた、母の思い【体験記】>から続く
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■「病気」と向き合いながら、親子で学んだこと
Kくんは自分の髪が抜けていく姿を、あまり家族に見せようとはしませんでした。シャワーのたびに抜け落ちる髪、枕に残る毛束。それでも泣き言ひとつ言わなかった彼の姿に、「この子なりに受け止めようとしているんだ」と感じたみよ子さん。
「息子本人が、『かつらを作るくらいなら、髪の毛がなくてもいい』と言ったんです。彼の大きな心の成長を感じました」
そんなKくんにかける言葉は、「髪がなくても、あなたはあなただよ」といった、前向きなメッセージを常に心がけたみよ子さん。
外見への不安が強まる中、Kくんの親友は何も触れず、変わらずに接してくれたそうです。1年間のホームスクールを経て、学校へ戻ったあとも、だれ一人としてからかったり、嫌なことを言ったりする子はいなかったとか。

■アメリカの教育環境がくれた「心のゆとり」
アメリカでは、ホームスクールが「特別なもの」とは見なされません。制度が整い、必要な支援もそろっています。
たとえば、ホームスクール中の子ども同士が集まるフィールドトリップやスキーなどの体育活動、図書館での共通テストなど、学びの場は決まったかたちではなく、子どもたちに合わせて自由にひらかれています。社会との接点を保ちながら、自分のペースで学べるという「教育の柔軟さ」が、子どもたちの安心と自信を育てているようにも見えます。
「学校でしか体育の授業は受けられない」といった固定観念とは異なる柔軟なシステムです。ホームスクールで学ぶ子どもたちの場合、地域のスポーツクラブへの参加が、体育の単位として認められるケースがよくあるのです。
仮にスポーツクラブに所属していなくても、家庭で縄跳びやエクササイズボールを使って運動した時間を、レポートとして提出することも可能です。

「『不登校』という言葉が存在しない文化圏だからこそ、子どもの状況に応じて柔軟に選べることが、大きな救いになりました」と、みよ子さんは言います。
■「学校へ行かない=甘え」ではない
みよ子さんは日本での看護師経験を生かし、現地の日本語補習校で保健師・安全対策委員長を務めています。またアメリカのチャータースクールのカフェテリアで、キッチンアシスタントとしても働いているので、アメリカの学校と、日本色が強い日本語補習校それぞれの教育文化の違いを感じることも多いとか。
「日本にいたら、『学校へ行きなさい』って、息子へ強く言っていたかもしれません。でもアメリカでは学校に行かないことは、ひとつの選択肢です。ホームスクールは、集団が苦手な子や、人と比べられることで自信を失う子にとって、大切なオルタナティブです。息子を追い詰めないで済んだことが、本当に良かったです」

現在14歳のKくん。学校で好きなクラスはプログラミングとコーディングだとか。脱毛症は完治していませんが、髪型を工夫しながら、頭部の地肌が見える部分に黒いパウダー状の増毛剤をかけて、学校へ通っています。
ホームスクールという選択肢があったからこそ、Kくんは「逃げ場」ではなく「育つ場所」を得られました。どんな状況でも「自分らしくいられること」。そのためには、子どもの数だけ学び方があっていいのだと気づかされます。
前編<アメリカでADHDの息子が脱毛症に 学校に通わない「ホームスクール」に切り替えた、母の思い【体験記】>から続く