ロシアや中国による「プロパガンダ介入」に民主主義国家は脆弱過ぎる…「カーク銃殺事件」で拡散した誤情報と日本が外国勢力にかき乱さされる未来
チャーリー・カーク銃撃事件をめぐる混乱
ロシアや中国といった権威主義国家によって、SNS上での大規模なプロパガンダ行為が進められていることが、さまざまな調査によって明らかになっている。有名なところでは、2018年の米大統領選において、ロシアがトランプ氏支持の介入工作を行っている。2021年3月に米国家情報長官室(ODNI)が公表した報告書は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がこの作戦を承認し、ロシア政府のさまざまな組織が実行に関わったと結論付けている。そしてこの作戦の中では、SNSや国営メディア、オンラインの偽ニュースサイトなどを通じて、選挙や候補者に関する偽情報が拡散されたという。
他にも同様の捜査・調査によって、SNSプロパガンダの深刻な実態が確認されており、その対策も進められようとしている。しかし攻撃側は、プロパガンダの遂行を控えるつもりはないようだ。最近起きた、米保守活動家の銃撃事件をめぐって、あらゆる機会をプロパガンダに利用しようという意図が浮き彫りになっている。
2025年9月10日、米ユタ州オレムにあるユタバレー大学で、著名な保守系政治活動家で「トランプ大統領再選に貢献」した人物としても知られるチャーリー・カークが、講演中に狙撃され死亡する事件が発生した。カークは屋外のテントで聴衆の質問に答えていた最中、遠方の建物屋上から発砲された銃弾を首に受け倒れ、その後病院に搬送されたが帰らぬ人となった。
容疑者として浮上したのは、22歳のタイラー・ロビンソンという人物だった。ロビンソン容疑者は事件後逃走したが、9月11日に家族の説得を受け自主、9月12日に当局に拘束された。その後の捜査で、ロビンソン容疑者の携帯電話に残された交際相手とのメッセージから犯行計画が判明した。報道によれば、彼は事件の1週間以上前から暗殺を計画し、「彼(カーク)の憎しみにうんざりした。憎しみには交渉で解決できないものもある」と犯行動機を示唆する文言を送信していたという。

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事件当日は情報が錯綜し、容疑者逮捕まで約2日間かかったこともあって、その間SNS上には真偽不明の情報や臆測が溢れる事態となった。当局による正式発表前からトランプ大統領が独自に「カーク氏死亡」の報をSNSに投稿するなど(実際に当局が死亡確認を公表したのはその後)情報の混乱が生じ、こうした状況に乗じる形で、さまざまな噂や陰謀論が広がっていったのである。
拡散されたプロパガンダ
公式発表前の情報空白を突く形で拡散された噂の中には、真偽不明のものが数多く含まれており、その中でロシアを含む外国発と見られる発信源が、米国内の対立を煽るような内容を積極的に広めた形跡があると指摘されている。
たとえば、ロシアや中国等の国々から開設されたアカウントによって、事件発生からわずか数時間で「米国は内戦に陥りつつある」という主張がSNS上で拡散されている。ロシアの極右思想家アレクサンドル・ドゥーギンは事件直後に「チャーリー・カークの死と来たる内戦」と題した投稿を行い、カーク殺害が米国内の深刻な対立の前兆であるかのように示唆した。さらに親ロシア派と思われる不審なアカウント群によって、「民主党(左派)こそこの惨劇の黒幕だ」「今後さらなる政治的暴力が起こる」といった陰謀論が拡散され、保守層の恐怖や怒りを煽る結果となった。

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事件をロシアのウクライナ侵攻と結びつける主張も流布されている。米国のシンクタンクであるジャーマン・マーシャル基金(GMF)の調査によれば、ロシアのニュースメディアRTが、カーク銃撃事件は暗殺であり、その背後には「ゼレンスキー大統領の諜報員」がいると示唆する内容の記事を拡散している。これはカークが生前、米政府のウクライナ支援に批判的だった(=親ロシア的だった)ことに着目し、「ウクライナに批判的な人物だから闇勢力に消されたのだ」と示唆する内容だった。
また「トランスジェンダー陰謀論」とも呼べるような噂も拡散されている。事件直後、SNSでは犯人の属性に関する事実無根の情報が飛び交ったのだが、それを通じて「犯人はトランスジェンダーだ」というデマが広く信じられ、一部で性的マイノリティに対する誹謗中傷に発展した。実際には犯人自身はトランスジェンダーではなく、交際相手がトランス女性だったに過ぎなかったのだが、そのような詳細が判明する前から「急進左派のトランス活動家が保守派のカーク氏を襲撃した」といったストーリーが作られ、拡散されたのである。分析によれば、事件直後にX(旧Twitter)上で「trans(トランス)」という単語を含む投稿は4万6000件以上にも上り、その大半が犯人はトランスジェンダーだと決めつける誤情報だったという。これらは保守層が強く抱く反トランス感情を刺激し、事件を性的マイノリティ叩きに利用する動きに繋がった。
さらに専門家たちは、ロシア系グループが偽の報道動画や捏造記事まで作成し、もっともらしい「ニュース」を装って虚偽情報を流布したと指摘している。たとえばフランスの国際放送局France24の報道に見せかけた偽動画では、「フランス政府高官が米国のLGBTQ+の人々に『迫害を避けるためフランスへの移住を呼びかけた』」とする、荒唐無稽な内容が流された。また英国BBCのニュースを装った投稿では、「保守系指導者に対する襲撃が欧州にも波及する」との警告がなされたという、こちらも事実無根の情報が広められた。さらには、チリ出身の俳優ペドロ・パスカルが架空のトランプ大統領声明に応答してコメントしたという偽の情報まで作成され、画像付きで拡散されている。
これらは一見すると大手メディアの報道や著名人の発言のように感じられるため、信じ込んでしまう人も多く、SNS上で大きな反響を呼んだ。こうした巧妙な偽情報作成には、デジタル技術による画像編集や、AIによる音声・動画生成も活用されていたと見られる。AIで生成したデマ音声や偽映像が「証拠」として出回り、人々を納得させ、拡散を加速させた可能性が高い。
分断工作への警鐘
米国内の突発的事件まで利用するという、こうしたなりふり構わぬ分断工作に対して、多くの人々が警鐘を鳴らしている。
ユタ州のスペンサー・コックス知事(共和党)は事件数日後の記者会見において、「現在、我々は膨大な量の偽情報を追跡している」とし、「ロシアや中国のボットが偽情報を拡散し、暴力を扇動している」と警告して、これらを無視するよう呼びかけた。また偽情報や社会の分断に対抗するための研究活動を行っている非営利組織ISDの上級リサーチマネージャーであるジョセフ・ボドナーは、報道において、「私たちは今回の事件に乗じた複数のロシア発キャンペーンを確認している。多くの場合、彼らは新たな主張を作り出すというより、米国内から出た陰謀論を再利用して拡声している」と指摘している。さらに米ワシントンD.C.に拠点を置く超党派のシンクタンクであるアトランティック・カウンシルのトーマス・ウォーリックも、陰謀論を煽る投稿は「外国の敵対勢力が使う、お決まりのオンライン偽情報プレイブックの一部だ」と述べ、ロシアなどが以前から米社会の左右両陣営を怒らせる目的で同様の手口を用いてきたと分析している。彼によればこうした敵対勢力は一方の陣営だけでなく両極に介入する機会を狙っているのが特徴であり、今回も保守派には「左派の急進分子が保守のヒーローを殺した」と吹聴する一方で、左派やマイノリティ側には「保守派が支配する米国では命の危険がある」と恐怖を煽る情報を流して双方の怒りを煽ったと指摘している。

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しかしこうした警鐘が米社会には響くかどうかは、微妙な情勢のようだ。分析によれば、銃撃事件直後に「内戦」という言葉を含む投稿は約2万6000件に達し、その多くが「急進左派の暴力に対し内戦で応酬すべきだ」といった報復的な暴力肯定論だったという。また政治家の側からも、分断を抑えるよりむしろ煽るような言動が行われている。たとえばフロリダ州の司法長官で、トランプ大統領の盟友として知られるパム・ボンディは、事件から間もなく「この銃撃事件は『左翼過激派』の仕業だ」と公の場で断言し、犯行動機について何の確証もない段階で早くも政治的な非難を展開した。またヴァンス米副大統領もポッドキャストで「カーク殺害はリベラル派による暴力の蔓延が原因だ」と左派を糾弾する発言を行うなど、事件をめぐる政治的レトリックを過熱させている。こうした風潮が続けば、ロシアの思い通り分断の悪化が進んでしまう可能性が高い。
日本にとってカーク銃撃事件とその後のプロパガンダは、遠い米国での出来事とはいえ、決して無関係とは言えない。このケースは、民主主義国家がいかにSNS上の情報戦に対して脆弱化を示しているからだ。日本でも将来、国内で大きな事件や社会不安が生じた際、ロシアを含む外国の政治勢力がSNS等を通じて偽情報を流し、日本国民の世論を撹乱・分断しようとする可能性は十分考えられる。実際に最近の例として、2025年7月の日本の参議院選挙において、SNS上で外国からの介入が疑われる不審な情報発信が問題になった。この事例は、日本も決して情報戦と無縁ではないことを示している。
今回のロシアによるプロパガンダは、国内に既に存在する対立や不満、偏見を増幅することで効果を発揮した。だとすれば、SNS上での偽情報拡散の防止といった対処療法的な施策を行う一方で、こうした対立や偏見を取り除く地道な努力をすることが、根本的な対策となるだろう。それは簡単な道のりではないが、多くの人々が行動を起こすことを期待したい。