巨大詐欺も米国の一部、それほど悪くないか

セラノス創業者のエリザベス・ホームズ被告
米血液検査スタートアップ企業セラノスの創業者エリザベス・ホームズ被告が財務状況や事業見通しを偽ったとして裁判にかけられた際、技術革新とされるものを誇大宣伝する慣行にはしかるべき背景があるとみる人たちがいた。その1人は事件を担当した米連邦裁判所の判事だった。
連邦地裁のエドワード・ダビラ判事は「シリコンバレーでは、プロモーターがその種の行為に関与するのはよくあることだ」と述べた。
ホームズ被告が有罪判決を受けた後でさえ、セラノスの初期投資家だったベンチャーキャピタリストのティム・ドレイパー氏は、この事件がビジネスに萎縮効果をもたらすことに警鐘を鳴らし、「この判断で私が懸念するのは、米国の起業家精神に危険が及ぶことだ」と記した。
そのような懸念は無用だ。倫理的・法的境界線を押し広げることは、米国の建国当時からあったし、今も健在だ。ホームズ被告のようなケースがある一方で、事実を誇張する傾向にあるものの称賛され、刑務所行きにならない起業家は何人もいる。
米国で多くの事業慣行が法的にグレーゾーンなのは偶然ではなく、ある程度までは良いことだと言える。
「他の多くの文化とは異なり、(米国は)かなり曖昧な文書をよしとしてきた」。金融詐欺に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のフランク・パートノイ教授(法学)はこう指摘する。米国の法制度は厳格な制定法ではなく主に判例に基づいており、疑わしい事業慣行にある程度の釈明の余地が生まれるのだという。
「詐欺がまったくない状態が最適なわけではない」とパートノイ氏は言う。つまり、起業家の中に悪人が数人いても全体がだめになるわけではなく、そのうち何人かは成長の種をまいたのだ。
盛衰
19世紀に農業中心の後進国だった米国を大国に押し上げた立役者たちは、現在では完全に違法だが当時はそうではなかった策を駆使していた。金融市場の一部のひそかな買い占めや、簿価を大きく上回る価格で株式を発行して投資家を欺く「水増し」などだ。
批判も少なからずあった。鉄道業界の大物で投機家でもあったジェイ・グールド氏は、牧師たちから「ウォール街のメフィストフェレス」と呼ばれていた。

ジェイ・グールド氏
グールド氏が建設・統合を支援した線路と輸送システムは変革をもたらした。地図を調べて線路を敷設し、鉄道サービスをひっきりなしに改良した。だがこの時の「エリー鉄道戦争」で鉄道の支配権を握るため、同氏はこの鉄道会社の偽の株式を発行した。
グールド氏の計略が全て生産的だったわけではない。1869年には仲間と金の買い占めをはかり、価格を急騰させた。計画はユリシーズ・S・グラント大統領に気付かれて阻止されたが、同年に恐慌を引き起こした。金価格が暴落し、株安を招いた。多くの投資家が破綻したが、グールド氏はこの「ブラックフライデー」の難を逃れてわずかながら利益も上げ、罪にも問われなかった。
市場はその後、いつものように回復した。前回のブームの灰の中からさらに大きなブームが始まった。このサイクルの繰り返しだが、狂騒の1920年代の強気相場に続く29年の大暴落を超える規模のものはいまだ起きていない。この大暴落は世界恐慌を招き、これをきっかけに制定された証券法は、ほぼそのままの形で現在も適用されている。
ただしその時々の解釈に委ねられている部分が大きい。
2014年に水素燃料トラックメーカーの二コラを創業したトレバー・ミルトン氏を例に挙げると、同氏は事業のほぼ全ての点についてうそをついていたが、同社の評価額は一時、米自動車大手フォード・モーターを上回った。22年に同氏の裁判が行われ、ハーバード大学で証券法を教えている弁護側証人のアレン・フェレル氏は、ミルトン氏がたびたび発言しても株価が反応しないケースがあったことを理由に、同氏はそうした発言について責任を問われるべきではないと主張した。
フェレル氏は「重要な情報なら、株価を動かすはずだ」と証言した。

ニコラのトレバー・ミルトン氏(2019年)
権力があれば
ミルトン氏のように悪人が有罪判決を受けた場合でも、周辺の有力者たちは、わずかに関わったというだけであれば、評判も富もほぼ無傷でいられる。暗号資産(仮想通貨)交換業者FTXの創業者サム・バンクマンフリード氏は昨年、詐欺罪で25年の禁錮刑を言い渡されたが、アメフトの名選手だったトム・ブレイディ氏と親交があり、ビル・クリントン元大統領と並んで講演している。
「米国社会の上層部にいる人がこうしたことに関与する傾向がある。通常は故意ではないが、看板に名前が載る」。ジェイ・グールド氏の伝記やその時代の悪徳資本家に関する著作があるエドワード・J・レネハン・ジュニア氏はこう話す。

連邦裁判所に出廷したサム・バンクマンフリード氏(2023年)
セラノスの取締役には著名な男性が名を連ねていた。元国務長官のジョージ・シュルツ氏とヘンリー・キッシンジャー氏、元国防長官のジム・マティス氏とウィリアム・J・ペリー氏などだ。キッシンジャー氏は年間15万ドル(現在のレートで約2240万円)の取締役報酬のほか、現在は存在しない同社の50万株とコンサルティング料50万ドルを受け取っていた。
悪徳資本家の時代をほうふつさせるかのように、しかるべき政治的コネを持っていると、常識的にはありえないような状況でも自由の身でいられることさえある。ミルトン氏は今年、ドナルド・トランプ米大統領によって恩赦された。これでミルトン氏はニコラで損失を被った投資家に賠償金を支払う必要がなくなる。同氏と妻は昨年10月、トランプ氏の選挙運動に180万ドルを寄付していた。
どの国にも金と権力の結びつきはあるが、そうした関係は米国ではたいてい、法的審査をくぐり抜ける。その金は通常、合法的ビジネスに道を開くために使われる意義のあるものだ。こうした企業が世界的大手になる確率は他国に比べて高い。
大失敗するとどうなるか。楽観的な社会から2度目や3度目のチャンスを与えられることが多い。
ミルトン氏は釈放後、ソーシャルメディア動画で「米国最大の復活劇が起きようとしている」と述べた。
ありえないようなことが実際に起きるのがこの国だ。それがまさに米国の資本主義の問題でありながら、米国を250年間無敵たらしめてきた理由でもある。
「われわれは常に自らを作り変えている」とパートノイ氏は話す。「問題は境界線をどこに引くかだ」