中国内モンゴルに「地下都市」のような旧日本軍要塞 侵略の歴史伝える

世界反ファシズム戦争ハイラル記念園。(資料写真、フルンボイル=新華社配信)
【新華社フフホト10月7日】中国内モンゴル自治区フルンボイル市に残る旧日本軍の軍事施設「海拉爾(ハイラル)要塞(ようさい)」の遺跡が、旧日本軍の罪状を示す動かぬ証拠として再び注目を集めている。
日本の関東軍は1934~37年、ソ連への進攻に備えた内陸の防御拠点として、ハイラル市街地の周囲に要塞を築いた。そのうち北山陣地は最も保存状態が良好で、環状の防御施設と指揮センターが現在も残っている。
要塞の地下部分は深さ17~21メートルに達し、全体が鉄筋コンクリート構造。発電室、通信室、倉庫、弾薬庫、衛生所などを備え、さながら「地下都市」のような様相を呈している。地上にも、鉄筋コンクリート製のトーチカ(防塁)やシェルター、観測所、指揮所など30を超える設備が設けられている。

旧日本軍が建設したハイラル要塞の地下指揮センター。(資料写真、フルンボイル=新華社配信)
日本の侵略者はこれらの工事のため、数万人の中国人労働者を強制的に徴用し、奴隷のような環境で働かせた。作業は1日12時間を超え、飢えや寒さ、過酷な労働条件の中で多くが命を落とした。工事完了後、旧日本軍は秘密保持のため生存者を虐殺し、遺体はハイラル川東岸の「万人坑」に遺棄された。
要塞跡地は現在、「世界反ファシズム戦争ハイラル記念園」(敷地面積110万平方メートル)として整備され、国家級の抗日戦争記念施設・遺跡、全国愛国主義教育基地に指定されている。年間来園者数は延べ20万人を超える。園内の「ハイラル要塞遺跡博物館」(延床面積4500平方メートル)には、旧日本軍の罪を裏付ける7千点以上の歴史写真や資料が展示されている。(記者/哈麗娜)

世界反ファシズム戦争ハイラル記念園を見学する来園者。(9月18日撮影、フルンボイル=新華社記者/馬金瑞)

世界反ファシズム戦争ハイラル記念園で、訪れた小学生に展示物について説明する解説員。(9月18日撮影、フルンボイル=新華社記者/馬金瑞)