「日本一美しい…」人気高まる国鉄倉吉線の廃線跡

旧国鉄倉吉線の廃線跡は竹林の中にあり、「日本一美しい廃線跡」として人気だ。写真の女性のようにこの廃線跡で友人などと訪れ写真を 撮り合い、SNSに投稿する例が相次いでいる(写真:寺阪利紗子)
山陰地方の鳥取県中部に位置する倉吉市。その中でも近年、SNSなどで話題を集めているのが「日本一美しい廃線跡」と呼ばれている旧国鉄倉吉線廃線跡(以下:「廃線跡」)だ。そんな廃線跡が今、観光の目玉としてSNSで話題となっている。
【写真はこちら】▶竹林の中に敷かれた線路に「唯一無二の景色で感動」との声も▶廃線跡がきれいに残っている旧国鉄倉吉線▶「日本一美しい廃線跡」として注目度が急上昇した▶廃線跡ウォーキングも人気という
延伸計画もあった倉吉線
倉吉線は、1912年に現在の倉吉駅と倉吉市中心部の打吹駅を結ぶ「倉吉軽便線」として開業したことに始まる。幾度かの延伸を重ね、1958年に山守駅まで延伸開業した。一時期は、「南勝線」と称し、山守駅からさらに中国山地を越えて岡山県の姫新線・中国勝山駅までを結ぶ延伸計画も存在し、実際に起工式まで行われた。しかし、用地取得や工事など具体的な動きに入ることはなく、1980年の国鉄再建法の制定を受け工事が凍結。倉吉線についても、倉吉市中心部に駅があるという好立地を生かして利用者の回復を試みようとする動きも行われず、利用者の減少などを理由に1985年に倉吉―山守間の全線が廃止された。
廃止後の約20年間、沿線では廃線跡を観光資源として活用する動きはほとんど見られず、線路や駅の多くはそのままの状態であった。しかし、2005年に関金町が倉吉市に吸収合併されたことをきっかけに関金地域の再生が観光振興における重要課題の1つとして浮上した。この課題に対しては、市が主体となり地域住民の協力を得ながら、関金地域ならではの体験型観光商品の開発を進めることにした。その過程で、地域に埋もれていた観光資源として廃線跡が注目された。

廃線跡がきれいに残っている(写真:寺阪利紗子)
こうして2007年、倉吉市関金町松河原から今西までの区間に残っていた廃線跡を市が主体となり、市予算を活用して「廃線跡トレッキングコース」として造成した。造成後は倉吉観光MICE協会(旧・倉吉市観光協会)が主体となってトレッキングツアーの運営を行い、現在に至っている。
テレビの紹介で話題に
この廃線跡が全国的に知られるきっかけとなったのは、2019年にフジテレビの番組『世界の何だコレ!?ミステリー』で俳優の六角精児氏が訪れ、「日本一美しい廃線跡」と紹介したことだった。放送後の同年秋ごろから急速に訪問者が増加したという。
さらに2022年には、NHK BSプレミアム『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』において再び特集が組まれ、廃線跡の知名度は一層高まり、鉄道ファンのみならず一般の観光客にも広く注目される存在となった。
そのため、インスタ映えする写真を撮影しに来る人や、カップルで訪れる人も目立つという。中には、廃線跡でウェディングフォトを撮影するカップルもいるようだ。
インスタグラムで廃線跡のことを知り、訪れた関東在住の寺阪利紗子さんは「ゆっくり散策を楽しめ、竹林の中に残る廃線跡がきれいで良い写真が撮れた」と話す。
訪問者数については、倉吉市によるとおおむね年間1万人程度を推移しており、直近では2024年度が約9000人、2023年度が約8600人、2022年度が約1万2000人となっているとのことだ。
しかし、訪問者の増加に伴い、来訪者用の駐車場不足やトイレ環境がよくないことなど、訪問者の周遊滞在の促進に課題が浮上し、倉吉市は廃線跡の観光整備を本格化させはじめた。具体的には、観光案内所やトイレ、ルート案内や注意喚起を行う案内板の設置、駐車場整備などを進めるとともに、ゴールデンウィークなどの繁忙期には臨時シャトルバスの運行も行うことにした。
また、倉吉観光MICE協会では従来行っていた団体客をメインとした廃線跡トレッキングツアーだけでなく、個人でも参加できるイベントとして「旧国鉄倉吉線廃線跡ウォーキングオープンデー」を毎年複数回開催している。これにより、県内外の多くの方々に廃線跡を楽しんでもらえる事業を展開している。参加者からは「(線路の間から伸びる竹を見て)唯一無二の景色で感動した」「ノスタルジックな雰囲気が良かった」「レールの上を歩くという非日常が体験できた」といった感想が寄せられるという。

廃線跡ウォーキングの様子(写真:倉吉観光MICE協会)
今後の展望を倉吉市の担当者に聞いたところ「観光客の受け入れ環境の整備については、今後も引き続き改善を進める必要がある」と言い、2025年4月に「HOTEL 星取テラスせきがね」が開業したことをきっかけに、「訪れる人がより高い満足感を提供するとともに、地域への消費拡大につながる観光施策を検討したい」と話す。
また、倉吉観光MICE協会の担当者は、「季節に応じたライトアップや瞑想体験などリピーターを作るための新たな企画やイベント開催や、廃線跡グッズの開発‧拡充、日本ロストライン協議会の会員と連携した廃線跡をフックにした広域周遊施策強化をしていきたい。」としている。
廃線跡の鉄道復活の可能性
廃線跡の観光地化が功を奏し、さらなる観光客の受け入れが期待されている。近年はインバウンド客も増加傾向にあり、鳥取県内に2つある空港のいずれからもアクセス可能な倉吉市は、その期待が一層高まっている。
現在は廃線跡そのものを観光地として活用している段階だが、「廃線跡の一部復活」という新たな方法も模索してみてはどうだろうか。具体案としては、JR倉吉駅から市中心部の旧打吹駅周辺まで、約4km区間の再敷設である。現在のJR倉吉駅は中心市街地からやや離れた位置にあり、徒歩での移動には距離があると感じられる。すでに路線バスは運行しているが、バス路線は一般の地図にはほとんど記載されておらず、路線網も分かりにくいという欠点があるため、観光客には利用しづらい。鉄道による再接続は、利便性や回遊性の向上だけでなく、高齢者や学生、買い物客など地域住民の日常的な移動手段としても機能する可能性がある。
倉吉市中心部には市役所などの行政機関に加え、白壁土蔵群や打吹回廊など観光名所が集中しており、今春には県立美術館が開館し、来訪者の増加が見込まれたため、パークアンドライドを含めた観光駐車場の整備に注力してきた。こうしたエリアへの公共交通アクセスが向上すれば、地域経済への波及効果は大きく、宿泊、飲食、土産物販売など多方面での消費拡大が見込まれる。
さらに、特急「スーパーはくと」の延伸運行も行えば、山陰と関西を直結する交通ネットワークは一段と便利になる。市街地に鉄道が直結すれば、観光のみならずビジネスや交流人口の増加にもつながるだろう。
移動体験が観光資源に
全国には、廃線跡を一部復活させた実例が存在する。広島県の可部線では、2003年に可部駅から三段峡駅間が廃止されたが、地域の強い要望により2017年、可部駅からあき亀山駅間の1.6km区間が延伸復活を果たした。事業者、住民、行政が一体となれば、廃止区間でも復活は可能であることを示す好事例である。
また、福岡県の平成筑豊鉄道・門司港レトロ観光線は、休止貨物線を活用して特定目的鉄道として運行している。観光地である門司港レトロ地区と、関門海峡に近い和布刈地区の約2kmを結び、徒歩ではやや距離がある両地区間を観光列車が走ることで、移動が楽しくスムーズなものになった。鉄道を単なる移動手段ではなく、「移動そのものを観光資源」と位置付けている点は、大きな魅力である。
廃線跡の一部区間復活にあたり、廃線から40年が経過しているため、用地が残っていないのではないかとの懸念が生じるかもしれない。確かに橋梁など一部の設備はすでに撤去されているところもあるが、現役当時の用地は大半が残っていることから、復活は決して不可能ではないと考えられる。
国鉄倉吉線は、かつて地域住民の暮らしを支えた生活路線だった。その廃線跡が、今では観光地として再評価され、多くの人を惹きつける存在となっている。
だが、ここで満足するのではなく、さらに一歩進めて、国鉄倉吉線が再び人々を運ぶ鉄路として息を吹き返すことが本来あるべき鉄道の姿ではないだろうか。