救えたはずの400匹以上の猫の命が「フェイクニュース」で犠牲に……被害者の猫ボランティア代表が実名告白「怪しい画像に社会が騙された理由」

75%以上の人間が騙される

日々、ネット上で垂れ流されているフェイクニュース。

どのようなメディアからも間違った情報が流布されうるうえ、特にSNSの場合は、誰もが容易に情報発信できることから、正しくない情報が溢れかえっているのが現状だ。目にした情報は鵜呑みにせず、安易に情報を投稿・拡散しないことが大切であるが、「言うは易く行うは難し」である――。

グーグル合同会社のサポートを受けて行われた調査(※1)では、フェイクニュースを知った後にそれを嘘だと見抜けていない人は老若男女問わず、どの年代も75%以上に上ることが分かった。

75%以上の人間が騙される, 被害総額は数千万円, 怪しすぎるアカウント, 手術にあるべきものがない, 潔白でも裁判では勝てない

photo by iStock

それゆえにSNSを悪用し、恨みを募らせた相手をハメるため、あるいは歪んだ自己顕示欲を満たすためにフェイクニュースを仕掛ける輩は後を絶たない――。

※           ※           ※

「昨年4月のフェイクニュースから始まった嫌がらせ行為で、400匹以上の救えたはずの猫の命を救えなかった。それが辛い」

こう話すのは、日本の保護猫活動を切り拓いた草分け的存在である『NPO法人ねこけん』代表の溝上奈緒子氏である。

「昨年4月からX上で、獣医師の免許のない私が猫の手術を行ったと、事実無根の告発を行う人が出たのです。このアカウントは、私に身に覚えがない話を何度も投稿しては私を攻撃し、一部の投稿は一定時間で消しながら、私たちが運営する病院で致死性の高い猫パルボウイルスが蔓延して猫が集団感染したなど、虚偽の話を流布して私を陥れていきました」(溝上氏)

結果、その情報に騙される人たちが続出。寄付金は令和4年度と比べて3分の1以下に落ち込み、活動を縮小せざるを得なくなったと話す。

被害総額は数千万円

「嫌がらせはそれだけではありませんでした。首謀者と目される女性や、嘘を真に受けてしまった人たちが、私たちの取引先企業や、開催予定の猫の譲渡会会場に『無免許で猫の手術をするような団体を受け入れるのか』などと電話をかけはじめ、多くの譲渡会が中止に追い込まれていきました。被害総額は数千万円に及んでいて、これまで出来ていた地方での猫の救出が今もできなくなっています」

活動の存続危機まで追い込まれた彼女は、これらをXに書き込んだとされる2人の女性を特定し、名誉棄損や偽計業務妨害などで刑事告訴。8月14日、石神井警察署はそれを正式に受理している。

「人物の特定や証拠集めに1年以上かかりました。その間も首謀者に譲渡会を潰され、被害は拡大しています。それについては録音データなどの証拠を警察に提出しましたが、嘘が事実として拡散していったときのインターネットの恐ろしさを、身をもって知りました。私は犯人を到底、許せません」

いかにして社会はネット上の偽情報に騙されていくのか――。ここからは、彼女が追い込まれていた実例をもって検証していく。

怪しすぎるアカウント

フェイクニュースの中心となったのは「ねこねこ団」「元ねこけんボランティア」などと名乗るX上のアカウントだという。

弁護士の解析結果によると、この2つのIPアドレスを管理する国は共にオランダで、プロキシサーバー経由、あるいはVPN等を用いられており、さらに投稿は個人情報の登録の必要がない公衆無線Wi-Fiらしき回線から行われている可能性が高いそうだ。

事実であれば、相手の素性を辿ることができないように設定されたアカウントから、足がつかない方法で投稿が繰り返されたともいえるが、その『ねこねこ団』が固定して投稿しているのが下の写真である。

75%以上の人間が騙される, 被害総額は数千万円, 怪しすぎるアカウント, 手術にあるべきものがない, 潔白でも裁判では勝てない

Xより転載

投稿された画像には、仰向けに寝転がった猫がいる。机のわきには3本の注射器。溝上氏とおぼしき人物が座っており、猫に何かの器具をあてている。投稿された文章は、

<溝上代表の最初の手術は2018年オスの手術から始まった「獣医なんかより私の方が上手いから!!」圧力をかけ黙るしかない獣医の前で堂々と始まった猫の去勢手術ほら簡単よ!!と獣医でもないのに誇らしげ>(原文ママ)

と書かれていた。

つまり投稿者は、この写真を溝上氏が無免許で手術を行っている証拠と主張しているわけである。実際、この写真のフェイクを見抜けず拡散しているユーザーが見受けられたが、この写真には明確にフェイクだとわかる箇所が最低でも「3つ」ある。

お分かりいただけるだろうか。

手術にあるべきものがない

まずは、画面右から伸びている灰色の棒をよく見て欲しい。これは掃除機のノズルである。

次に溝上氏が持っているものは、ただのバリカン。この2点だけでも十分、溝上氏が実際に行っているのは去勢手術ではなく、猫の毛をバリカンで刈る作業だと推測できる。

さらにこの画像には、手術中には絶対にあるものがない。手術用ドレープだ。参考までに下記に手術写真を掲載するが、この青い布のようなものがドレープである。

人も動物も、外科手術では必ず患部以外の場所をドレープと呼ばれる不織布などで覆い、細菌やウイルスからの感染リスクを最小限におさえるのは常識である。この画像にはそれがない。

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手術中はドレープをかける photo by iStock

しかし医療従事者ならともかく、すべての一般人がドレープの有無に着目して、手術の画像か否かを判断できるか……といえば難しいだろう。画像への違和感はあるものの、強い口調で書かれた文章に感覚や感情が引っ張られてしまっても無理はない。

そしてこの投稿を「嘘ではないかもしれない」と思わせたのが、一緒にはりつけられた週刊誌のリンクだった。タイトルは、<「資格がないのに注射や手術を…」 捨て猫愛護団体の代表が刑事告訴されていた 診断なしに未承認の薬を処方>とある。

つまり、手術には程遠い画像と事実が乏しい文章の投稿も、実際にニュースとして報じた記事がリンクされたことで、フェイクニュースはより真実味を増したというわけだ。

潔白でも裁判では勝てない

溝上氏が反論する。

「この記事で、私は無免許で猫の手術を行った、獣医師の診断なしに未承認の薬を処方を行ったと報じられました。しかし私は何度でも言いますが手術をしていません。獣医師の指示のもとメスを使い、膿を出しただけ。指示された記録も残っています。

未承認の薬の処方については、記事中に登場している獣医師の詭弁です。元はうちの社員だったのですが彼女は猫を助けるためのうちの大切な資金や道具を盗んでいたのが判明しています。私はこの記事を掲載した週刊誌を告訴しようと思い、弁護士とも相談しましたが、『訴えるには最低でも300万はかかるし、潔白であっても勝つのは厳しい』と言われ、今は断念しています」

「ハメられただけ」なのに、なぜ出版社との裁判には「勝てない」と弁護士に言われたのか――。後編では裁判で勝てない記事のからくりや、匿名の相手の素性を、溝上氏がどのように特定していったのかなどを、引き続きリポートしていく。

後編『刑事告訴した女性が実名で語る「SNSの誹謗中傷」。特定された2人の「犯人」、それぞれの言い分とは』につづきます

※1 Innovation Nippon 2020 フェイクニュースwithコロナ時代の情報環境と社会的対処 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 山口 真一らによる調査