「なぜ今、米の値段は上がり続けているのか」元農水省事務次官が語る減反政策の歴史と誤算

「なぜ今、米の値段は上がり続けているのか」。この問いの答えは、異常気象による減収、生産コストの上昇、さらに農林水産省とJAが水田面積を減らそうとする「実質的な減反政策」が複合的に作用したものといわれている。

 戦後日本の食料政策に深く根ざしている1942年制定の食糧管理法から、1970年代の減反政策導入、そして1995年の食管法廃止まで――。

「当時の農林省は、減反政策が続くとは考えていなかったとされている」と、元農林水産事務次官の末松広行氏は指摘する。

 現在の米価高騰を引き起こす米不足の要因ともいえる政府の米政策の歴史について語ってもらった。

※本記事は『日本の食料安全保障 ――食料安保政策の中心にいた元事務次官が伝えたいこと』(育鵬社刊)より一部抜粋してお届けします

◆戦後の食糧管理法と減反政策、米余り対策に苦慮する政府

※画像はイメージです(以下同)

 食糧管理法は、1942年に制定されたもので、戦時下での食料供給と価格の安定を目的とするものだった。乏しい食料をすべての国民にできるだけ平等に分配しようとしたのである。

 そのため、米の生産から流通、消費までを国が管理することになり、生産された米の全量を政府が買い上げる仕組みとした。

 農家が生産した米は政府が買い上げることになっていたので、買い上げた米が余れば、政府が財政負担をして保管し、財政負担をして処分せざるを得なかったのである。

 このシステムは、法律が廃止される1995年11月1日まで形を変えながらも続いた。

 ちなみに減反政策が始まった当時において乱暴に食糧管理制度を廃止したとしたら、米の価格はいったん暴落し、小規模な農家には大打撃となり、農村は極めて厳しい状況になったと考えられる(その後も乱高下した可能性が高い)。

 そのような問題を起こさずに、実態を改革していくにはどうしたらいいかという検討が続けられたのである。

 減反政策は、このような食糧管理制度の下で、政府の保管・処分の財政負担を軽くするという面もあり、誰も食べない(買ってくれない)米の生産を抑えるためのシステムであった。

◆減反政策は一時的なはずだったが…政府の誤算と農家の思惑

 なお、当時の農林省は、減反政策が続くとは考えていなかったとされている。当時増えつづけている人口を見れば、このままいけば全体として米の消費量は増え、減反政策を続ける必要がなくなる、と想定していたのだ。

 いまになって、最初から減反政策などせずに米は自由化してしまえばよかった、という意見も聞かれる。

 自由化していれば、需要と供給のバランスで、農家も売れないものは作らないので自然に生産は抑えられたはずだ、というわけだ。

 しかし、国民の主食たる米の生産と価格は安定させるべきだし、安定させていくためには政府が管理するべきだという考えから、食糧管理法を維持しつつ減反政策をとるという選択肢が選ばれたわけである。

 食糧管理法の下では政府は生産された米を買い取る義務がある。

 農家にしてみれば、生産した米は必ず買い取ってもらえるのだから、経済的な安定にはつながる。だから農家は、当時政府が決めていた米価についてはその引き上げを要求し、減反政策については反対して自由に米を作らせろと主張したのである。

 米が余るリスクは政府が負う仕組みだったからだとも言える。

◆食糧管理法廃止で一変した農家の本音

 それが1995年11月に食糧管理法が廃止となって政府の買い取り義務が終了すると、農家も減反に賛成する動きに変わってきている。

 価格も市場で決められる。減反せずに米を生産しつづけて生産量が増えれば、米の消費は減っていることもあって、価格は下落する。それを防ぐには生産量を減らして需給バランスをとる必要があるからだ。

 価格を維持したい農家にしてみれば、自分以外の農家が米作りをあきらめてくれたほうが都合がいい。

 生産量が減ることで、自分の作った米の価格が維持できるからだ。そういう農家は、むしろ国が積極的に減反政策を進めてくれることを望んだ。

 食糧管理法の下での減反反対は、生産すれば生産するだけ政府に一定の価格で買い取ってもらって生活を豊かにしたいという発想からのものであり、食糧管理法が廃止されたあとの減反賛成は、市場で決まる価格を維持して生活を豊かにしたいという発想からきていた。

 食糧管理法の運用に当たって、政府がこれらの状況をすべて見極めて適切な価格設定ができたり、生産を強権的に割り当てて生産量を完全にコントロールできればいいのだが、政治プロセスを含む行政的な手法で、農家の生活はできるだけ豊かにしたい、生産量は需給が釣り合うものにしたいというさじ加減は困難というか不可能に近いことだと思われる。

◆市場原理と食料安全保障の狭間における減反政策の歴史的意義

「経済学の父」と呼ばれた英国の経済学者アダム・スミスは、『国富論』のなかで「神の見えざる手」という言葉を使った。統制をしないで個人が私的な利益を追求しても、神の見えざる手が働いて、おのずと需給のバランスがとれていく、というのだ。

 その理論は、工業製品の場合は当てはまることが多いと思われる。

 しかし年に一回しか収穫できず、天候にも左右されやすい米の場合、神の見えざる手に委ねるだけでうまくいくのか、疑問である。

 長期的にはそうなるとしても、1年ごとの大きな価格の上下と生産量の増減が国民の主食たる米に起きることを許すということはできないと思われる。

 国民のカロリー摂取の主体だった米に対して、単純に神の手に委ねる、自由に任せる、という選択は難しかったと思う。

 政府の減反政策は、減反農家に補助金を支給することで行われた。その補助金は2018年度に廃止され、減反政策は終了した。

 農家は自分の判断でどの程度米を生産するか判断して作付けすることとなり、市場動向を見極めながら生産することが重要となっている。

〈文/末松広行〉

【末松広行(すえまつ・ひろゆき)】

東京農業大学総合研究所特命教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授。埼玉県出身。東京大学法学部卒。農林水産省入省後、地方行政(長崎県諫早市)、米問題、食品リサイクルなどを担当する。総理大臣官邸内閣参事官、農林水産省環境政策課長、食料安全保障課長、関東農政局長、農村振興局長などを歴任。2016年、経済産業省産業技術環境局長。2018年、農林水産事務次官。2020年8月に退官。著書に『食料自給率の「なぜ?」』(扶桑社新書)などがある