イスラム国がシリアで復活、米軍の空白突く

【ハジン(シリア)】シリア東部の小都市ハジンで、米国の支援を受ける民兵組織「シリア民主軍(SDF)」の兵士2人がピックアップトラックで商店街を通過しようとした際、オートバイに乗った過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員に銃撃され、死亡した。

現場近くで店を営む男性は、この道路でISの攻撃があったのは初めてだと話した。男性は銃撃の翌日、明らかに動揺した様子で、「皆、怖がっている。やつらがこの街に戻ってきた」と話した。

殺害されたのは、クルド人勢力主体のSDFに所属するクルド兵だった。SDFは米国と共に、ISがシリアとイラクに築いた「帝国」を打倒した。この帝国は、最盛期には数百万人を支配し、恐喝と税収で年間数億ドルを稼いでいた。

それから6年がたち、過激派に対するこの稀(まれ)で決定的な勝利が損なわれている。米軍司令官とクルド人軍司令官によると、今や分散型の移動ゲリラ組織となったISは、米軍の駐留縮小とシリアのアサド政権崩壊に乗じて新たな戦闘員を募り、影響力を拡大中だ。

ISは昨年、シリアの首都ダマスカスを反体制派が制圧し、政権軍とイラン系勢力が逃亡した後、武器庫を襲撃して新たに武装した。支配地域を確保するには至っていないが、無法状態感を高めることで新政府に圧力をかけている。

SDFのデータによると、ISの戦闘員が2025年1~8月にシリア北東部で実行した攻撃は117回で、24年通年の73回を大幅に上回っている。シリア政府によると、ISは同国東部の活動拠点から約435キロメートル離れたダマスカスでの攻撃も計画していた。

北東部での攻撃の多くは、米メリーランド州ほどの面積を持つ砂漠地帯デリゾール県で発生した。同県は推定3000人のIS戦闘員の大半が拠点としている。県内の町々を1週間にわたって取材した結果、ISが再び影響力を示すために戦術を変えている様子が浮かび上がった。同地域のクルド人支配者の代表らを殺害し、住民への金銭の支払い要求を再開するなどして、恐怖をまき散らしている。

SDF地域最高司令官のゴラン・テル・タミル氏は「米軍の撤退がダーイシュ(ISのアラビア語名の略称)を勢いづかせている」と述べた。「(ISからの)攻撃が増え、住民からの苦情も増えているため、われわれは難しい立場にある」

SDF兵が銃撃された翌日、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の取材班は、テル・タミル氏の指揮の下、20台以上の車両でハジンをパトロールするSDF部隊に同行した。車列は、ハジンに向かう穴だらけの地方道を走り、銃撃現場で停止した。道路には砕けたガラスが散らばったままだった。

戦闘員らは撃って逃げるとテル・タミル氏は述べたが、かつてISの主要拠点だったハジンのようにスンニ派が多数を占める町々では、ISを支持する人もいる。SDFの車列が通り過ぎると、男性や少年らが店先からにらみつけた。女性らは黒いニカブ(顔と体を覆う、頭からくるぶしまでの超保守的な衣服)を着ていた。

ISは、2003年の米軍によるイラク侵攻後の混乱から生まれた。中東の民主化要求運動「アラブの春」によってシリアで解き放たれた不安定さを利用し、広大な地域を占拠した。14年に「カリフ制(預言者ムハンマドの代理人によるイスラム法に基づく統治)」を宣言し、最盛期には800万~1200万人を支配下に置いた。

ISの活動には数百人の外国人戦闘員が参加し、ISは公開処刑と女性の奴隷化で知られるようになった。ISを支持する町もあれば、それに対抗する武装勢力を支持する町もあった。

ハジン郊外を移動するSDFのパトロール部隊

2017年、米軍主導の有志連合とSDFは、ISの主要拠点であるラッカからISを駆逐し、残党をデリゾール県へ撤退させた。ハジンなどの町での大規模な戦闘の末、数千人のIS戦闘員とその家族が投降した。今も数千人が同地域の収容所に拘束されている。それ以外の人々は、同情的で保守的なスンニ派アラブ系住民の中に溶け込み、組織再建を図っている。

ISが勢力を固める一方、米国は駐留規模を縮小している。米国は4月以降、シリア駐留部隊2000人のうち約500人を撤退させ、複数の基地を閉鎖したりSDFに引き渡したりした。SDFはシリア北東部の一帯を支配している。米国防総省によると、駐留部隊は今後数カ月で1000人を下回る可能性がある。米兵は主にシリア東部、特にデリゾールから撤退している。

米国防総省のショーン・パーネル報道官は、シリア駐留部隊の縮小は、米国がISの弱体化に成功したことを物語っていると述べた。

米軍のシリアとイラクでの対IS作戦を点検する監察官は8月、米国とそのパートナーたちはISによる支配地域奪還の阻止で大きな成功を収めたが、ISはシリアの不安定かつ分裂した状況を利用して組織再建を図ろうとしていると述べた。米国土安全保障省によると、ISは米国での攻撃を実行あるいは扇動したいと考えている。

ISは5月、SDFのパトロール部隊を20回標的にし、兵士15人が負傷、ピックアップトラックに乗っていた2人を含む10人が死亡した。SDF司令官らは、ISを最後の支配地域から駆逐した2019年以降で、SDF側に最も多くの死者が出た月となったと述べた。

8月には少なくとも7人のSDF兵が殺害され、うち5人は1日で死亡した。9月第1週にはISの攻撃はデリゾールだけで8回を数えた。今月20日には、ISの細胞(セル、小集団)が仕掛けた地雷により兵士2人が死亡したとSDFは発表した。

ISの戦術は変化しているとSDF司令官らは言う。現在は小規模な「潜伏細胞」として活動している。一つの町に複数の細胞があり、それぞれが他の存在を知らないこともある。細胞は、待ち伏せ攻撃を実行し、道路に即席爆弾を仕掛けるよう命令を受ける。これはコストのかからない仕組みで、根絶が困難だ。

SDF連合内の主要な民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」の広報担当者、シーメンド・アリ氏は「ISは一つの作戦を4~5人の小グループに委ねている」とし、「このやり方でISは多くの資金を節約している。メンバー全員が(自動小銃)AK47と爆弾を一つずつ持っている」と述べた。

シリア北東部ラッカのナイム広場で、物乞いとゴミ拾いの手を休める子どもたち

ISの戦闘員はもはや制服を着用せず、トレードマークの黒い旗も掲げない。ほとんどがシリア国民で、地元住民に容易に溶け込める。

主な標的はSDFの幹部らだ。ISは今年、SDF幹部数人を暗殺した。

ハジンのSDF軍事評議会司令官、ハバト・シャイディ氏は今年3月、車両4台でSDF検問所の視察に向かう途中、ISの攻撃を受けた。戦闘員らは「神は偉大なり」と叫びながらロケット弾3発を発射した。

この攻撃で同氏の部下2人が重傷を負った。10分間の銃撃戦の末、6人程いた戦闘員は、負傷者と共にユーフラテス川を渡ってシリア政府支配地域に逃亡した。同地域のパトロールは手薄だと、SDF司令官らは言う。

その日、軽傷を負ったシャイディ氏の携帯電話に電話がかかってきた。声の主は「不信心者よ。お前は生き延びた。次回は殺してやる」と言って電話を切った。

スンニ派アラブ系の同氏はその声に聞き覚えがあった。自分と同じアル・シャイタート部族のメンバーだった。

シャイディ氏にとって、この攻撃は暗い記憶を呼び起こした。アル・シャイタート部族は2014年、ISの支配に反乱を起こしたが、銃撃と斬首で鎮圧され、同氏の親族を含む数百人が死亡した。

翌年、同氏と部族の一部メンバーはSDFに加わった。ISに復讐(ふくしゅう)し、部族の土地支配権を取り戻す決意だった。他のメンバーは反対の道を選び、ISに加入するか徴兵された。

SDFのパトロール部隊(ハジン郊外)

ISの戦闘員は現在、約48キロ北のディバンの街路をオートバイで堂々と走り回っている。そう話すのは、8カ月前に同町から逃亡した石油投資家のムハンマド・アル・ボウ・ヘルダン氏だ。

ある日、戦闘員のグループが同氏に電話をかけ、1000ドル(約15万円)のザカート(収入の一部を貧しい人に与える「喜捨」)を支払うよう求めてきた。ディバンではよくあることだと同氏は言う。ISの支持者が多く、脅迫を通じて影響力を行使している町の一つだからだ。同氏の自宅に覆面の男がやって来て現金を受け取った。

「彼らは私と全ての行動を監視していた」とアル・ボウ・ヘルダン氏は言う。「私の仕事と家族に関する情報を全て子細に把握していた。支払いを逃れることはできなかった」

その2カ月後、別の細胞のIS戦闘員から電話があり、同じく1000ドルの支払いを求められた。既に支払ったと告げると、戦闘員から「うそをつくな」と言われ、支払わなければ同氏の小規模な製油所と自宅を標的にすると脅された。同氏は丁重に拒否し、電話番号をブロックしたという。

その後、3人の従業員がいる製油所の門付近に、オートバイに乗った男2人がいるのを目撃した。「それを見た瞬間、私を探していることが分かった」とアル・ボウ・ヘルダン氏。「車をUターンさせて急いで立ち去った。彼らは撃ち始めた」

従業員の1人が撃たれて死亡した。同氏は製油所を閉鎖してハジンに逃れた。電話番号を変え、ソーシャルメディアのアカウントも閉鎖した。今は銃を携帯している。武装した2人のいとこが昼夜を問わず護衛してくれる。

SDFの広報担当者、ファルハド・シャミ氏は、同様の恐喝事件の報告を多数受けていると述べた。

SDFはシリア北東部の大部分を支配しているが、部隊配置は手薄だ。支配地域のパトロールに加え、約5万人の元IS戦闘員とその妻子を収容する収容所および刑務所の警備も担当している。SDFは外国に自国民の引き取りを求めているが、ほとんどの国が応じていない。

シリア北東部の収容所で本国送還を待つ、ISと関連があるイラク人家族

アサド政権の崩壊以降、クルド人主体のSDFは、長年の敵であるトルコが支援する民兵組織とも断続的に交戦している。8月には、シリア新政府とつながりがある武装組織と衝突し、先日も北西部の都市アレッポで再び衝突した。

シリア政府とSDFは3月に協定に署名し、SDFをシリア軍・政府に統合することになったが、双方の不信により協定は形骸化しており、ISに足場を固める余地が生まれている。

「この地域は広すぎて、政府には支配できない」とテル・タミル氏は言う。「ダーイシュはそれを利用している」

シリア情報省は、政府の戦力が限られ、国内全土を支配できていないことによる「治安の空白」が存在するため、武装グループの移動・活動の自由度が高まっていることを認めた。それでも、治安部隊はダマスカスでIS細胞の破壊に成功し、攻撃計画を阻止したと同省は述べた。

アサド政権下では、北東部のアラブ系部族とクルド人勢力が、権力中枢を掌握する少数派イスラム教アラウィ派への抵抗で団結していた。現在、一部のスンニ派アラブ系コミュニティーは、クルド人主導の地方政府よりも、スンニ派アラブ系を中心とする新たな指導者たちによる国家統治を望んでいる。

シリアのアハマド・シャラア暫定大統領はかつてISと連携していたが、その後、国際テロ組織アルカイダに忠誠を変えた。最終的には、自らの部隊を率いてシリアの全権掌握に向けて戦う中で、過激主義を放棄した。ただ、新政府への不信感は消えていない。一部のSDF司令官は、政府内の元ジハード(聖戦)主義者が強硬なイデオロギーを持ち続け、IS工作員の自由な移動を容認しているのではないかと疑っている。

「これらの主張は政治的動機によるもので、事実に基づいていない」とシリア情報省は述べた。

ISに占拠され、後にSDFが奪還したガス工場の跡地(デリゾール)

人権団体「シリア人権ネットワーク」は8月の報告書で、SDFは「(ISの)細胞追跡という名目で行った大規模な急襲」の際に数百人の民間人を恣意(しい)的に拘束し、一部住民の反感を買っていると指摘した。

米軍は民族・宗教的緊張の沸騰を防ぐのに貢献してきた。米軍は2年前、SDFが著名なスンニ派軍司令官を逮捕した際に衝突が起きると、停戦を仲介した。前述の監察官は8月、米軍駐留部隊の縮小により緊張が高まると予想されると報告していた。

米軍はISを追跡するための技術と情報でSDFを支援し続け、SDFの作戦に航空支援を提供している。7月には、IS幹部とその息子たちを殺害したと発表した。8月にも別の幹部を殺害したことを明らかにしている。

それでも、デリゾールのSDF司令官らは米軍の不在を実感している。テル・タミル氏によれば、現在は対面でやりとりする代わりに、数百キロ離れた上級司令官に支援要請を送り、同司令官がそれを米軍に伝えている。

車列がハジンを出発してSDFの基地に戻る途中、有刺鉄線を張った厚い障壁の向こうの砂漠に、放置された旧米軍野営地が見えた。

米軍はかつて、日々パトロールし、SDFと共同でそれを行うことも多く、ISの抑止や住民を安心させるのに役立ったと、テル・タミル氏は懐かしそうに述べた。「ここの人たちは米軍を見ると安心する」