リメイク版「ドラゴンクエスト」賛否両論の理由

古典的RPG『ドラゴンクエストI&II』がフルリメイクで登場。日本のビデオゲームを語るうえで外せない重要な作品だ(画像:任天堂公式サイトより)

2025年10月30日、HD-2Dリメイク版『ドラゴンクエストI&II』が発売された。

【写真で見る】『ドラゴンクエストI』は勇者ひとりで冒険する。このシンプルな構造が逆に複雑すぎる状況を生み出す

本作は、ファミリーコンピュータで発売された『ドラゴンクエストI』および『ドラゴンクエストII』を、ドット絵を立体的に見せるHD-2D技術でリメイクしたタイトルとなる。

これらの作品は、日本でRPGをはやらせた存在といっても過言ではない。歴史的にも非常に重要だし、40代・50代のユーザーにはかなり思い出深いタイトルといえよう。

そんな本作、評価が割れている。レビュー集積サイト「Metacritic」では平均84点と高評価な一方で、Steamの日本語ユーザーレビューは賛否両論(否定が多いという評価)になっている。

実際にユーザーの感想を見てもかなり意見が割れており、特に『ドラゴンクエストI』のバトルに関しての問題提起が多い。なぜ、歴史的名作のリメイクに対して意見が割れるのか? 今回は『ドラゴンクエストI』のバトルにのみフォーカスを当て、解説していこう。

ボスが強いどころではなく、ザコ敵すら油断ならない

『ドラゴンクエストI』は勇者ひとりで冒険する。このシンプルな構造が複雑すぎる状況を生み出す(画像:任天堂公式サイトより)

原作となる『ドラゴンクエストI』は1986年にファミリーコンピュータで発売されたタイトルで、勇者がひとりだけで冒険するRPGである。これはいまとなってはかなり異質である。

「たたかう」や「じゅもん」などのコマンドを選んで戦うバトルシステムのRPGにおいては、パーティーメンバーは3人くらいが一般的である。このくらいの人数のほうがきちんと戦略を生み出せるのだ。

たとえばひとりは攻撃して、もうひとりは回復に周り、残りひとりは補助など、人数が増えるほど選択肢が増える。多すぎるとそれはそれで複雑なので、だいたい3人前後が望ましい。

しかし、前述のように『ドラゴンクエストI』はひとり旅である。かつてはRPGに慣れていない日本人向けにしたからこそソロになったわけだが、現代になるとあまりにも少なすぎるのだ。

ボスはどれも強敵。原作では何度も倒して経験値を稼いでいたドラゴンも、かなりタフになっている(画像:任天堂公式サイトより)

これをHD-2Dリメイク版ではどう対応したのかといえば、“高難易度化”を施している。

それぞれのボスは、初挑戦ではまず倒せないほど強い。圧倒的な火力を持っているのはもちろん、大所帯で襲ってくるので対策しなければ勝ち目がないのだ。

ザコ敵も容赦ない。こちらを眠らせる「ラリホー」を使って一方的にリンチしてくるし、即死呪文である「ザキ」も使ってくる。おまけに2回行動もあたりまえ。隙を見せればすぐにやられてしまうだろう。

高難易度化を選んだのにはいくつかの理由が考えられる。ひとつはやはり、ゲームのボリュームを増すためだろう。

『ドラゴンクエストI』はレトロゲームなので、そのままだとあまりにもすぐクリアできてしまう。おまけにリメイクとなると、原作を覚えている人はよりスムーズにプレイできてしまうはずだ。

もうひとつの理由は、勇者の死闘を表現するためである。シンプルで簡単すぎると冒険が単調になってしまうため、意図的にボスを強くすれば記憶に残るものになる。これはHD-2Dリメイク版『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』でも同様の手法がとられている。

そして、結果としてこれが賛否両論になっているわけだ。

レベル上げ必須のドラクエらしい高難易度化

勇者も特技を使えるようになったり、紋章の力で強い攻撃を繰り出せるようにはなっている。だが、敵のほうが圧倒的に強化されている(画像:任天堂公式サイトより)

今回の高難易度化を褒めている人は、「戦略性が増した」といった表現をしているケースが多い。確かにボスを単純に倒せてもおもしろくないので、歯ごたえがあるものにするのも一理ある。

否定的な意見としては「面倒すぎる」といったものが多い。確かに、ひとりしかいないのに即死呪文を食らうのはおもしろくないし、場合によっては「攻撃→敵が回復→攻撃→敵が回復」といったループにハマることもあり、不愉快な側面もある。

これは受け取り方の問題なのでどちらが正しいというわけではないのだが、そもそもなぜこうも意見が割れる状況に陥るのかといえば、それはやはりパーティーメンバーがひとりだからだろう。ひとりではどうしても限界があるのだ。

ひとりでは行動がひとつしかできないため、戦略の幅はほどんどない。勇者が覚える呪文・特技もそこまで種類がない。ではどうボスに対抗するのかといえば、それはボスの攻撃パターンを知り、レベル上げをして装備を整えるというものである。

たとえば本作の勇者は、レベル32になると「フバーハ」という呪文を覚える。これはブレス攻撃のダメージを軽減するもので、そのころにちょうど強いブレス攻撃をしてくるボスと出会うのだ。これは調整が見事とも言えるし、見方を変えれば「レベル32まで上げないとまず勝てないゲーム」ともいえる。

筆者としては、HD-2Dリメイク版『ドラゴンクエストI』の高難易度バトルはかなり「ドラクエらしい」と捉えている。レベル上げや装備集めなど地道な行動をすれば強いボスにも勝てるというのは、古典的なRPGの魅力だからだ。

古すぎるゲームはリメイクも容易ではない

初代「ドラクエ」は39年ほど前の作品だ。もはや文脈の違う古典といってもよいかもしれない(画像:任天堂公式サイトより)

では、この高難易度化は悪い選択だったのか? 正直、これ以外はあまり手段がなかったように思う。

結局のところ、パーティーメンバーがひとりである以上はできることが少なすぎるのである。これはリメイクするにあたっての大きな足かせになっていたはずだ。

もちろん、対応策が思いつかないわけではない。たとえば思い切ってアクションRPGにするだとか、そこまでせずともバトル中に敵の攻撃を防ぐアクション要素を入れてもよかったかもしれない。あるいは、パーティーメンバーを増やしてしまう選択もある。

だが、そこまで手を入れるとリメイクの範疇を越えてしまう。なにより「ドラゴンクエスト」シリーズは保守的なRPGであることがアイデンティティでもあるわけで、そこまで大胆な手法は極めて難しいのではないか。

あまりにも古いゲームを現代に蘇らせ、しかも元の作品の要素を生かそうとすると限界が見えてしまう。結局のところ、それが今回の賛否両論の原因ではないのだろうか。