【賞金総額100万ドル(約1.5億円)の国際写真コンテストHIPAに入賞した日本人】世界が射抜かれた“彗星流し”

スポーツ写真の枠を超え、ダイナミックな疾走感で世界を魅了する“彗星流し”。この独特の技法でHIPAに入賞した日本人の写真家がいる。受賞の裏側、技法誕生の秘話、「さらなる高み」への思いとは。

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 皆さんは、賞金総額100万ドル(約1.5億円)の国際写真コンテストをご存じだろうか。

 その名はHIPA。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国皇太子であるハムダーン・ビン・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下の援助により創設された、世界でも最も権威のある国際写真コンテストの1つだ。14回目の今年のテーマは“POWER”。そのスポーツ写真部門で第3位に入賞した写真家が氏原正智(49)さんだ。

「HIPA の存在をもともとは知りませんでした」と話す氏原さんは2021年、国際フォトコンテスト(IPA)のSports Photographer of the Yearで1位を受賞した後、「次に何を目指せばいいのか」と新たな目標を見失いかけていた。その頃から始めたのが、海外で活躍する写真家との交流だ。

「世界が視野に入っている人間は、挑む場所も桁も違う」と強く意識し、次にどのコンテストを狙うのかを聞いて回った。HIPA を教えてくれたのは、米国ナショナルジオグラフィック協会の写真コンテストで日本人初のグランプリを受賞した、水中写真家の高橋怜子さんだ。

「私のような独特な撮り方をする写真はむしろ、HIPAにおいては武器になるかもしれない」。スポーツ写真部門で上位を狙えるのではないかとの期待も相まって、氏原さんは応募を決めた。2025年のHIPAのテーマが“POWER”と知り、力強さを表現できるスポーツシーンの流し撮り(パンニングアート)には絶好の機会だと確信した。選んだ写真は、自転車トラック競技の種目“マディソン”だった。

■HIPAの長い沈黙

 マディソンは、2人でチームを組んでポイントを獲得していくレースだ。チームの選手同士が交代しながらレースを進めていくが、交代の方法は相手の手か体に触れること。その交代時に、走り終わった選手がパートナーの手を握って投げるように送り出す「ハンドスプリング」が、この競技の見どころだ。

 今回の受賞作品である「Two of Us」は交代方法であるタッチの瞬間を捉えたものだが、「その瞬間は、本当に一瞬そのもの。その一瞬を、彗星流しで完璧に撮れたのは、私の作品の中でもこの1枚だけです」

 HIPAの応募締め切りは5月31日、その後ノミネートの知らせがメールで届いたが正直、「ノミネートは入賞ではない」という思いがあった。むしろ「入賞する」という自信が自分を支えたがその後、HIPAの沈黙は長かった。ファイナリストに選出されたとの連絡は7月11日にあり、9月23日に受賞確定の連絡が届いた。しかし、受賞の順位は教えてもらえず、11月11日に参加したドバイの未来博物館で開催された表彰式で発表されたのは「第3位入賞」だった。

 表彰式には、紋付き羽織袴で出席した。ドレスコードがフォーマルだったこともあるが、HIPA に入賞する日本人は極めて少ないため、日本を代表してステージに立つ姿勢を示すには和服だと思った。「目立つというより、“背負う”という感覚でした」と笑う。

■美術の教科書に採用

 写真を始めたきっかけは、息子の自転車競技を追い続けた日々にある。

 小学生の頃から自転車にハマった息子は、高校・大学と自転車競技部のある学校に進学、インターカレッジや全日本自転車競技選手権大会にも出場した。高校時代の息子を撮影した一枚が美術の教科書に採用されたこともあった。「親子にとって大きな出来事だった」と氏原さんは振り返る。

 しかし、気持ちが揺れてもいた。自転車競技は怪我が多いスポーツで、救急車が待機していることも珍しくない。息子の雄姿を撮りたい自分と、親として見たくないという気持ち。レンズ越しにあるのは、わが子の必死の表情だけでなく、危険な瞬間でもある。それでもシャッターを切り続けたのは「選手を光の中に写し出したいという強い思いから」だと話す。

 その結果生まれた独特の技法“彗星流し”が、ついにHIPAの審査員を唸らせた。

 “彗星流し”とは、シャッター速度を1/3〜1/5という低速に設定し、動く被写体の後方にその残像が尾を引くような線が残る流し撮り技法の一つだ。フィルム時代にもあったが、成功率は低いため実用的とはいえなかった。「デジタルになり、失敗を気にせず撮り続けられるようになってようやく“技法”として確立できた気がします」と、氏原さんは話す。

 1日に1万枚以上も撮影することもあると話す氏原さんは、撮影しては消すを繰り返しながら技法を突き詰めたが、今でも「百発百中ではない」という。

 被写体の進行方向と反対側に“彗星のような細長い軌跡”を描き、独創的かつダイナミックなスピードを体感できる氏原さんの写真は、流し撮りの中でも“彗星流し”と呼ばれ、まるでアートのような印象を受ける。

「シャッターが閉じる直前に被写体の進行方向へカメラを振り切ることでセンサーに残像が焼き付き、結果、帯状の筋が生まれます。一瞬を捉えるのではなく、その瞬間に至るまでの軌跡を写し出すことを目指しています」

 コントラストを強めて被写体をより明確に見せる工夫はしているが、デジタル合成や AI 加工などは一切行っていない。“目に見えないスピードを表現する”技法は、宮崎駿作品の稲妻の残像や雲の流れといった視覚効果からもインスピレーションを得ているという。

■日本人の参加割合は0.65%

「どうして日本人の参加者が少ないのか」。HIPAの関係者は、そう話す。たしかに「FACTS AND FIGURES Participant Percentages per Nationality(国籍別の参加者割合)」を見ると、1位はインドの24%、2位は中国で14%、3位はイランの6%と続き、日本は26位の0.65%だ。

 氏原さんは、“知られていないのが理由”と考えている。

「HIPAに参加して初めて、日本人の写真家である峯水亮さんが、第11回HIPAのNature部門で第1位を受賞していたことを知りました」。そう話す氏原さんが、壇上でトロフィーを受け取ったときに強く感じたことは、3位という結果に甘えるつもりはないということだ。

「ここまで来た以上、もっと上の賞を取りたい。HIPAの表彰式という場所に戻る覚悟で再チャレンジします」。そう話す氏原さんの目の奥は、強く光っていた。

氏原正智(うじはら・まさとし)1976年、広島県出身。芝浦工業大学卒業後、ITエンジニアとして働く傍らサーキットや自転車競技を撮影。流し撮り写真教室「流景旅団」を主宰するなど、活動を続けている。

取材/長谷川拓美(木村伊兵衛写真賞事務局長)

取材協力/HIPA

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