帰宅したら死んでいた猫、今も消えぬ「喪失感」

日々の生活に楽しみと癒やしを与えてくれるペットの存在。一方で避けられないのが永遠の別れです(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
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老いた猫たちとの暮らし
猫が「ニャオーン」と鳴くというのは、猫をよく知らない人たちの間で広まっている誤解だ。
【写真】筆者が可愛がっていた猫との暮らし
実は、猫は「ウァーン」と声をかけてきて、「ウゥーン?」とあいさつし、時には「オンマ(母さん)!」「オンニ(お姉ちゃん)?」「ウェエ~(なんでよ〜)」と叫んだりもする。
18歳の誕生日を過ぎた私たちの1番目の猫、ハクは毎朝、「ウォォォォッ!」と沸き起こる怒りによって人を起こす。「おなかすいた。早くごはん出しやがれ!」という意味だということは誰が聞いてもはっきりわかる。
1日2回飲ませなければならない薬と栄養剤があるので、心不全猫用のウェットフードといろいろなおやつを混ぜてあげるのだけれど、毎回少しずつ材料に変化がないと興味を示してくれない。
器にもうるさくて、平べったいお皿のふちに余白をたっぷり残し、ちょこんと真ん中に見栄えよく盛ってさしあげないと、においだけかいでツンとそっぽを向いてしまう。
私たちは、格式高い高級レストランでコース料理を提供するシェフのように、毎日慎重にマグロや鶏むね肉のキャットフードを選び、スプーンで潰して食べやすく盛り付け、さらには貝柱のスープをかけて出すけれど、「これじゃない、これじゃないんだってば」という悪評に挫折することも少なくない。
そのたびに、ごはんの上にペースト状のおやつを少し絞ったり、カリカリしたスナックを細かく砕いて載せたりしながら別のきれいなお皿に移し替えるなどあらゆる努力をする。気がつくと、いつの間にか猫の食器の洗い物が人間の食器よりもたまっている。

(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
老猫と暮らしていくということは、このように私の時間と努力をけむくじゃらの小さな家族に喜んで差し出すことだ。
一緒に暮らして8年。キム・ハナと私も40代後半の中年になる間に、猫の家族たちも急速に年を取った。
ハクは18歳、ティガーは15歳、末っ子のヨンベは13歳。人間の年で言えば70代、80代のおばあさんだ。猫たちが年を取って病気になってしまったというと、周りの人は心の底からかわいそうにと言って心配してくれる。
特に、海外旅行の予定はないのかという質問に答える時がそうだ。ハクは、毎日50ミリの点滴を打ってあげないといけないのだが、それを友達に任せるのは難しく、ふたりが同時に1泊2日以上、家を空けることはできないのだと事情を話すと、本当に大変だねという反応が返ってくる。
この経験がなければ私も、猫も飼い主も気の毒だなぐらいにしか思わなかっただろう。病気の猫と一緒に暮らす中にも喜びがあり、笑いがあるということを知らずに。
末っ子のヨンベは喘息を持っている。片時もじっとしていない子供を抱っこし、咳止めの薬を吸い込ませるようにヨンベの鼻に吸入器を当てて静かに待つ時間は、私なりに平和と充足感を覚える。
突然、死んでしまったゴロ
こんなふうに猫の面倒を見ることに幸せを感じるのは、2番目の猫、ゴロが突然、この世からいなくなってしまったからかもしれない。ゴロの死は、キム・ハナと私が一緒に暮らす中で経験した最もつらい出来事だった。
出張から戻ってきて、会いたかった猫たちを1匹ずつ順番に抱きしめるんだと思いながら玄関のドアを開けたら、その中の1匹が死んでいるのを発見する確率はどれぐらいだろうか。

(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
すでに息が止まり、体が硬直したゴロを見つけた直後から何時間かの記憶は、涙にまぎれて途切れ途切れだ。
前日の夜、近所の友達が猫たちにごはんをあげに行った時は、いつもと変わらなかったという。硬くなったゴロの体をタオルで包んで抱き上げ、近所にある24時間診療の動物病院に駆け込んだ。
もともと大きくて重かったけれど、進行する死後硬直のせいで抱いている腕が張ってきてぶるぶる震えた。すでに命は消えていて、生き返らせることはできないのに私は、死因を知るために解剖をしてもらうことはできないかと泣きながら聞いた。
元気だった子が、家を空けている間に急にこんなことになってしまったんです。これは一体どういうことなんでしょうか。
動物病院の受付係の困った顔、死んだ動物に病院でしてあげられることはないから、愛玩動物の葬儀場に行ってみてはという事務的な対応……。今思えば当然だ。頭のおかしい女に見えたかもしれない。
私は一体なぜ、そんなことをしたのだろう。なぜ、非理性的なお願いをしたのだろう。どうやら、ゴロの突然の死に納得し、受け入れることができなかったようだ。

(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
4年が過ぎても胸が張り裂けそうになる
4年が過ぎた今もゴロの死を思うと悲しく、何もしてやれなかった罪悪感に胸が張り裂けそうになる。ポッドキャスト番組「女ふたり、トークしています。」2周年にあたり公開放送をした時、質疑応答の時間にひとりのリスナーがこう聞いた。
「私も猫を2匹飼っているのですが、今年の初めに突然、2番目の子が猫の星へと旅立ちました。おふたりもゴロを亡くされた経験がおありですが、会いたい時はどうされているのか……」
最後は、むせび泣く声に埋もれてよく聞こえなかった。私が先に答えるしかなかった。泣き虫のキム・ハナは、すでに涙を流していたからだ。
「今も会いたくてたまりませんよ。一緒に暮らしていた家族の死というのは、実存していた体が消えてなくなることですから。人も、けむくじゃらの猫や犬も同じこと。その喪失は何年経っても受け入れがたいものです。
その実体が、今ここに一緒にいてくれたらいいのにという一心です。ゴロが恋しくてたまらない時は、ゴロの分までほかの猫たちを抱きしめます。もちろん、ゴロを抱きしめた時とは違う感覚です。人がひとりひとり違うように、4匹の猫の体格や毛の色、くせ、心も全部異なりますから」
ゴロが逝ってからしばらくは、家のあちこちで幻覚を見た。大きくて存在感があったからか、いないはずの子がそこに座っているような、幻の存在を何度も感じた。キッチンのシンクの隅に、玄関の脇に、浴槽の中に、シャワーカーテンを開けると突然、そこにゴロがいるような気がしてつらかった。
時が経ち、幻覚が消えた代わりにヨンベにゴロの姿を見るようになった。寝そべってグルーミングする時、腹ばいになって休む時のゴロの姿がヨンベに重なる。ヨンベが年を取り、前よりも肉づきがよくなったせいもあるだろうけど、私の心の問題が大きいのではないかと思う。
家のあちこちで、ほかの猫たちから、散歩している犬から、流れる雲や草むらに咲いた花からもゴロの姿を見つけてしまうのは結局、恋しい気持ちのせいだろう。そんな時は悲しくもあるけれど、ゴロがずっと私たちの近くにいてくれるような気がして心が温かくなり、安心感を覚える。

(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
ハクはだんだん小さくなり、3キロ台後半だった体重が今では2キロちょっとになった。口内炎がひどく、よだれを垂らしっぱなしで歩き回るせいで、体からも家のあちこちからもきついにおいが漂っている。
でもハクは生きていて、強力な意思を持ってごはんを寄こせと叫ぶ。私はそのたびに、ひどく面倒だなと思いながらも生命の力強さを感じる。命あるものと関係を結び、愛するということは結局、その存在が弱くなり、病気になって消滅するまでの過程を見守ることではないだろうか。
いつかは別れの日が来ると知っていても
18年前に小さな子猫を初めて連れてきた時は想像もできなかった日常だ。
生の速度が異なる種同士が一緒に生きるということはつまり、最初から最後までがゆるやかな別れの過程なのだということを、繰り返される毎日の中で学びながら私たちは今も一緒にいて、今のところ幸いにも、ゴロみたいな急な別れを経験することなく過ごしている。

(画像:『増補新版 女ふたり、暮らしています。』)
傷や痛み、喪失や苦痛を前もって予測し、ことごとく回避することが最高に幸せな人生の追求ではないはずだ。むしろ、そうすることで人生そのものが消えてなくなってしまうかもしれない。
将来、病気の年老いた猫と一緒に過ごす大変さがあり、いつかは私のもとを去っていってしまう日が来ることを知っていると仮定して、もし、18年前のあの出会いの日に戻ることがあったなら、この猫と共にする人生をあきらめるだろうか。
いつかは別れるとわかっていながら出会い、進んで愛し、その1つひとつの存在の特徴を鮮やかに心に刻む時間を重ねる。時には苦しみにもなる、そんな記憶が積み重なった人生の模様そのものが私たちの一生を作り上げていくのではないだろうか。
「ゴロが逝ってからしばらくは、濃くて深い喪失感が日常生活に支障を来すほどでした。時間が経つにつれ、悲しみは少しずつ薄れてきましたが、消えることはないでしょう。
ただ、その喪失感を抱えて生きていくのだと思います。この悲しみこそ、私たちがある存在と特別な関係を結んでいたという事実の痕跡ではないでしょうか。ほかの人は生きることのできない……自分だけの人生の物語だから」
そう答え、公開放送のプログラムの1つだったリコーダーの演奏中に唾を拭っていたハンカチの別の面で、私の涙とキム・ハナの鼻水を拭き取った。
キム・ハナと私の胸の中には、同じ形の穴が開いている。
とてもかっこよくて、ハンサムで大きな猫、ゴロの形をした穴が。その穴は私たち共通の喪失でもあり、思い出でもある。私たちが愛した存在の痕跡だ。
(翻訳/清水 知佐子)
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