高市発言後、中国で日本人歌手のライブ中止 まるで「うるさいテレビの電源を切るような感覚」芸能活動のための「踏み絵」も?

 高市早苗総理の「存立危機事態」発言を機に、中国で日本人の有名歌手のライブが続々と中止になっている。背後には中国共産党や習近平国家主席への過剰な忖度や、ゼロコロナ政策の影響などがあるという。AERA 2025年12月22日号より。

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 11月7日、高市早苗総理による「存立危機事態」発言を契機に、日中関係は一気に冷却化した。

 中国側は訪日旅行や日本留学の自粛を呼びかけ、日中間を結ぶ航空便やフェリー便を削減。さらに国際社会に向けて沖縄の地位未確定論やサンフランシスコ平和条約の無効論を主張したり、中国軍機が沖縄近海で自衛隊機にレーダー照射を行ったりと、さまざまな制裁・挑発行動に出ている。

 中国で日本人の有名歌手のライブが続々と中止になっているのも、そうした動きの一環である。

 なかでも衝撃的なのが、11月28日に上海で開催された「バンダイナムコフェスティバル2025」初日に起きた大槻マキの退場劇だ。

 大槻がステージ上で、アニメ「ONE PIECE」のエンディング曲を歌唱中、突然音楽が停止してステージ照明が暗転。スタッフ2名がステージ上の大槻に駆け寄り、驚く彼女を退場させた。

 ライブはここで強制終了となり、フェスの残り2日間の公演も全中止。ももいろクローバーZなど、他の日本人歌手の登壇もお流れになった。

「ONE PIECE」は中国でも根強い人気がある。現地のライブはスマホでステージを撮影する観客が多いこともあって、大槻のパフォーマンスの中断シーンの写真や動画は、中国のファンの間でも広くシェアされたとみられている。

 また、同日には29日に予定されていた浜崎あゆみの上海ライブも、主催側の中国企業により突如として中止が発表された。浜崎は中国ツアー中で、香港・杭州・北京などで公演をおこなった後に、すでに上海入りしていた状態だった。

■「党」への過剰な忖度が結果的に行き過ぎた行動に

 中国における浜崎の楽曲は、2000年代に大流行した。「濱崎歩(ビンチィブー)」(浜崎の中国語呼称)の名前は、現在30~40代の中国人の間では相当な知名度がある。ゆえに、各公演のチケットはほぼソールドアウト。中止になった上海公演でも1万4千枚以上が販売されていたとされる。ファンの間で中止の衝撃が大きかったことは想像に難くない。

 これに対して、浜崎は28日に自身のインスタグラムで上海ステージの解体を残念がる内容を投稿する。さらに30日には、リハーサルを意味する「#ランスルー」のハッシュタグ付きで、観客のいない会場でパフォーマンスをおこなう写真を投稿。ファンやスタッフへの感謝の言葉を述べた。この投稿は日中双方のファンの間で「感動的な無観客公演」として好意的に受け止められた。

 ただ、中国側メディアはこれに対しても「虚偽情報」だと主張。上海市内にある浜崎がコンセプトのカフェの店内から、公安当局が彼女の写真を撤去させた様子も画像付きでネットに出回った。周囲への配慮で株を上げた浜崎に対して、中国当局側は恥を上塗りするような形になっている。

「一連のライブ中止は、党上層部から具体的な命令が出ていたり、明確な禁止をうたう法律があったりするためではない。おそらく上海市の公安局(警察署)あたりが、昨今の対日批判に同調して現場で動いた結果だろうとみています」

 上海在住の30代男性は話す。

 事実、12月1日に定例記者会見で浜崎のライブ中止問題について質問を受けた中国外交部の林剣報道官も、中止を正当化する声明は出さず「主催者に聞いてほしい」と突き放す姿勢を取っている。やはり本件は現場レベルの判断でなされたことなのだろう。

 近年の中国の諸政策で顕著に見られる特徴に「1+n」という言葉がある。すなわち、唯一の存在である「党(=習近平)の意向」を役人たちが過剰に忖度し、保身や出世を目的として忠誠合戦を一斉に実行。結果的に非常に行き過ぎた行動がとられてしまうことだ。

 これは極端な感染防止政策が庶民の反発を招いたゼロコロナ政策(2020~2022年)をはじめ、近年の中国ではしばしば見られる。今回の高市発言を受けた中国側の対日制裁ラッシュも、やはり「1+n」的な匂いが濃厚に漂う。大槻や浜崎のライブ中止事件もその行き過ぎ行為の一端というわけだ。

■コロナ政策で中止相次ぎ強権がそのまま残った

 ところで、そもそもの問題として、中国ではどうしてライブイベントが前日や当日に簡単に中止されてしまうのか? それは同国に特有の政治と文化の事情がある。

 現地で音楽関連業界に関わる日本人の高浜まりこ氏(仮名、40代)は、取材に対して「近年の中国において『ライブ中止』は日常茶飯事の事態」と話す。

「すでにイベント主催者や観客も慣れっこになっており、現地のライブ事情を知る人間ほど、浜崎さんや大槻さんの事件に驚きを覚えていません。今回の件が中国のファンからも衝撃を伴って受け止められたのは、普段はあまりライブに行かない層の人たちの目にも、中国のライブ事情の実態が触れてしまったためです」

 彼女によると、ライブイベントの突然の中止が頻繁になったのは2020年以降だという。

 当時、強引なゼロコロナ政策のもと、音楽イベントを含む各種の催し物が、地方当局の一存で突然中止させられる事態が相次いだ。結果、コロナ後もその強権がそのまま残ったようなのだ。公権力を監督する仕組みがない中国の怖さである。

「イベントの中止を誰が言い出すかは、ケース・バイ・ケースで読めません。市の公安局や文化旅遊局(文化部門)の場合もあれば、謎の地元の有力者が『音がうるさい。やめさせろ』と言い出す場合もある」

 逆に主催側が「チケットが売れていない」「公安や消防との折衝が面倒になった」といった理由で、開催が決まっているイベントを勝手にやめることもあるという。

 ライブ中にいきなり演奏が止められて中止になる事態すら、まったくありえないわけではない。横槍が入る気配は感じつつも主催者がイベントを強行、そこに突然ツルの一声が降ってくる──。そんな場合に起きがちな事態だ。

「中止を命じて現場に来る人間(警官など)に、音楽や歌手を尊重する心情を期待するのは無理。なので、彼らはうるさいテレビの電源を切るような感覚で、いきなり音量ツマミに手を伸ばしてグイッと回す。曲が終わるのを待って消すより、途中でブツンと消すほうが『ツルの一声』の存在を示しやすいという動機もあるかもしれません」

 中国において、当局のお墨付きのある芸術(プロパガンダ芸術など)以外の一般的な芸術活動は、政治的な地位が低い。ゆえにこうした無法もまかり通る。

■芸能活動のための「踏み絵」日本の芸能人も必要な時代

 では、現在の日中関係のもとで日本人歌手が中国で活動するにあたり、ライブを中止されないための防御策はあるのか。「答え」はいちおうある。中国の党や国家の主張に対する支持を公言するのだ。

 その一例が歌手のメイリア(MARiA)である。彼女は高市発言が出た後の11月18日、中国のSNS「微博」の公式アカウントに「永遠にひとつの中国を支持する」(=台湾は中国領である)と、中国政府のスローガンを中国語で投稿した。結果、同月22日の北京ライブは中止されず、無事に乗り切っている。

 ちなみにメイリアは、2014年に音楽ユニット・ガルニデリア(GARNiDELiA)のヴォーカルとして日本でメジャーデビュー。2023年に中国国内の芸能人オーディション番組で上位に入賞するなどして、中国でも人気を獲得してきた人物だ。

 ただ、彼女は2025年夏にギャラのトラブルで日本側の事務所と決裂し、ガルニデリアも無期限活動休止を発表。しがらみのない中国のほうが活動しやすい立場かとみられた。

 例の「ひとつの中国」投稿は、中国側のSNSスタッフが気を利かせて勝手におこなった可能性も高い。だが、現在の状況のなか、結果的には彼女が中国で活動できる道を保ったと見ていい。例の投稿は、中国メディアでは好意的な文脈で紹介されている。

 歌手以外でも、中国国内に拠点を置きつつ日本でも活動する俳優の浩歌(矢野浩二)も、同様に中国政府の政治スローガンを微博に投稿する戦略をとっている。

 ところで近年は、日本国内では比較的マイナーな歌手が中国人の好みにマッチするなどして、現地で日本よりも規模の大きなライブツアーをおこなう事例も増えてきている。今回の高市発言の影響で、彼らのライブも中止になり、中国のファンを悲しませたことにSNSで不満を漏らす歌手も目立つ。

 現在の中国の極端な動きは、数年規模で長期化していく可能性も高い。今後、中国で厚遇を受けている日本人歌手が従来と変わらない活動の継続を望む場合、「メイリア式」のリスクコントロールを選択する動きが広がっていく可能性もある。

 従来、台湾や香港の歌手や芸能人の間では、中国政府の政治スローガンに対する賛意を公言することで中国国内での芸能活動をスムーズにさせる事例が多数見られてきた。今回のメイリアと浩歌の行動は、その「踏み絵」行為が日本人の芸能人にも必要となる時代の到来を示しているのかもしれない。

 むろん、歌手や芸能人が活動するにあたって、当局に思想的な忠誠を示す行為が好ましいこととは、まったく思えないのだが。

(紀実作家・安田峰俊)

※AERA 2025年12月22日号

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