ウクライナから帰還したロシア人捕虜、投降の重い代償

ウクライナの捕虜収容所にいるロシア人捕虜たち
愛国心が強いと自負する中年のロシア兵が今年、ウクライナの戦争捕虜収容所から解放された際、彼は家族に電話をかけた。生きて自由の身となり、ロシアに戻ったと伝えた。電話で家族とかわるがわる話しながら、数週間後の息子の誕生日に間に合うように帰れるかもしれないと告げた。
しかし、彼が家族のもとに戻ることはなかった。代わりに、何週間もロシア治安当局の尋問を受け、その後、前線に再び送られた。間もなくして、彼はロシアが支配するウクライナの都市ドネツク近郊の前線で再び行方不明になった。今回、彼の親族は彼が死んでいるのではないかと心配している。親族の一人はこの状況を、地獄の円環(circle of hell)に捕らわれたようだと例えた。
ロシア当局は各都市や町で、ウラジーミル・プーチン大統領の戦争に加わる志願兵たちの愛国心を称賛してきた。前線から戻る兵役経験者たちは、テレビで有名人扱いされたり、ますます軍国主義化が進むロシアの地方自治体や州政府で特権的地位を約束されたりすることもある。
だが、ロシアによるウクライナ侵攻で捕虜となったロシア兵たちの末路は見過ごされてきた。兵士たちは前線に送られる前から指揮官に、ウクライナ軍の捕虜になる前に手りゅう弾で自爆するように言われる。ハスキーの名で知られるロシア人ラッパーのドミトリ-・クズネツォフは、新しいアルバムに収められた曲でこの感情を伝えた。「捕虜にはならないぜ、左手には手りゅう弾、右手にも手りゅう弾」
捕虜となった兵士と家族に話を聞くと、帰還の喜びは一時的なものだ。投降を選んだ者は、疑いの目を向けられ、不名誉な思いをしながら帰還することになる。多くの人が給与と特別報酬を目当てに戦争に行くことに同意するが、捕虜になってしまうと、その支払いは打ち切られる場合がある。現在、何千人もの人々が金銭的に不安定な状態に置かれている。
ロシアの人権団体OVDインフォの活動に携わる弁護士、バレリー・ベトシキナ氏は「この国は戦争中だ。国は自発的な投降を奨励していない」と話す。
兵士がロシアへ送還される際は、ロシア・ウクライナと国境を接し、多くの捕虜交換が行われるベラルーシからバスで移送される。彼らはその後1カ月もの間、定期的な電話以外は家族から隔離され、ロシア連邦保安庁(FSB)、軍事検察庁、ロシア連邦捜査委員会の尋問を受ける。

捕虜交換後にバスに乗り込む捕虜たちを映した動画の静止画像(5月)
当局者が反逆や敵に協力した兆候を嗅ぎつけようとしたり、刑事犯罪の証拠を探したりすることもある。多くの人が戦争に動員されて混乱が起きていた2022年、ロシアは自発的投降を犯罪行為に指定した。何十万人もの招集兵による投降を防ぐのを期待してのことだった。
今年、投降に関する初の刑事裁判の一つが行われ、捕虜交換の一環でウクライナから帰還したロシア兵、ロマン・イバニシン被告は禁錮15年の判決を受け、最も過酷な刑務所に送られた。同被告は自発的投降、自発的投降の未遂、部隊からの脱走といった罪で有罪となった。
1カ月に及ぶ尋問の後、元捕虜の大半は所属していた部隊に戻される。再びライフル銃を与えられることなく、掃除や延々と続く訓練を強いられる者もいれば、即座に前線に戻される者もいる。元捕虜や彼らの家族によれば、前線に戻された者たちは指揮官から罰を受けたり、再び危険な任務を担当させられたりするという。
帰国後の扱いが極めて劣悪になりかねないため、元捕虜の親の中には息子たちを捕虜交換の対象から外すよう働きかける人もいる。ウクライナの捕虜収容所での扱いは、ロシアの収容所よりもはるかに人道的だ。ロシアの収容所に入ったウクライナ人は、組織的な拷問を受けることもある。
ロシア政府はコメントの求めに応じなかった。
イゴール・ドルゴポロフさん(31)は、ウクライナ東部チャシフヤールに配置された後で捕虜となった。8月にその情報を得た親族は、彼が捕虜交換の対象となり、その後すぐさま前線に戻されることを恐れていると話す。
ドルゴポロフさんの親族の一人は、捕虜収容所から戻った兵士は二度と信用されず、所属部隊の指揮官から辱めや叱責(しっせき)を受けると語った。この親族によれば、元捕虜にとってはウクライナに残って暮らす方が、さらにはウクライナで市民権を取得する方が帰国するよりましだという。
ロシアはジュネーブ条約締約国だ。同条約によれば、元捕虜は現役の兵士として軍務に就くことができず、その役割は補助的なものに限られる。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認したロシア国防省の文書には、戦争継続中のため、ジュネーブ条約の規定の一部はロシア人捕虜には適用されないとの主張が記されている。
捕虜に対するロシアの考え方は、第2次世界大戦を思い起こさせる。当時、捕虜は疑いの目で見られ、多くの命令によって、ナチス軍の進撃に際して投降することが違法とされた。「ソ連には捕虜などいない。いるのは裏切り者だけだ」というソ連の独裁者ヨシフ・スターリンの言葉は、大衆文化の中で継承されてきた。
この言葉は今でもその通りのようだ。
今年、元捕虜のパベル・ググエフさん(45)が外国政府に協力したとして起訴された。彼はウクライナ人記者たちによる一連の取材に応じ、自身の拘束状況や戦争反対の考え、帰国後に受けた扱いについて話したことで、8年以下の禁錮刑が言い渡される可能性がある。

ウクライナ人記者(右)から取材を受けるパベル・ググエフさん(左)を映した動画の静止画像
捕虜交換でロシアに送還されてから約1カ月後のある動画の中で、ググエフさんは、FSBに尋問された後、モスクワの南に位置する都市ポドリスクにある軍の病院に送られたと語った。そこで他の兵士たちから「捕まるくらいならなぜ自爆しなかったのか」と問われたという。
ググエフさんによれば、FSBは帰還した元捕虜を「背信者」と呼び、前線に送り返された者には銃器を扱わない雑用が与えられたという。彼らはもはや信用できないからだ。
ググエフさんは、囚人を意味する「zek」というスラングを使って、「彼らはzekを家に帰さない。労働者のように使っている」と語った。