日本が「古い米帝国」に振り回されないためには? 米国の抱える「ルサンチマン(鬱積)」をエマニュエル・トッドが解説

「米国の金融危機」など数々の歴史的出来事を予見してきたフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏。日米の動きをどう見ているのだろうか。AERA 2025年12月29日-2026年1月5日合併号より。

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──トッドさんはご著書『西洋の敗北と日本の選択』のなかで、「『基軸通貨ドル』の存在こそが、米国の国内産業の復活を妨げている」とも指摘されています。

エマニュエル・トッド(以下、トッド):ドルという「世界基軸通貨」を持っている国が抱える問題は、複雑です。いわば自分たちが好きなだけ食べるために好きなだけドルを生み出すことができるという状況は、ある意味で「米国には特別な収入がある」ということですよね。このことは米国におけるエリートの養成に大きな影響を与えています。

 米国の抱える根本的な問題として、「ロシアの人口は米国の2分の1以下だが、モノを生産するエンジニアについてはロシアの方が米国より多く輩出している」という点があります。これはやはり、ドルが基軸通貨であることに依拠しているんです。米国ではファイナンス分野や弁護士など、「ドルを生みだす泉に近い」職業を目指す人がエンジニアを目指す人よりも多いわけです。これは見直そうにも難しい問題で、そのことが、輸入への依存度の高さとつながってしまっている。ただ、仮に基軸通貨というものがなくなったら米国の人々の生活水準は一気に低下してしまいますし、ドルへの依存は、ある種のドラッグ依存のような状況だと言えると思います。

──先ほど「搾取」というキーワードも出ましたが、ご著書では「アメリカ帝国は『怠惰の帝国』と化した。米国は、帝国の立場に固執し、『世界からの搾取システム』を死守しようとしている。この姿勢が『終わりのない戦争』へと帰結する」と書いておられます。そんな米国の姿勢は、日本にどういった影響がありますか。

トッド:日本は、「古い米帝国」システムの配下にあると、私は位置づけています。1945年の敗戦の結果、ドイツと共にそのシステムの中に入ることになったわけですが、敵対する中国やロシアなどの共産主義がある中で、日本やドイツに対する待遇はどちらかと言うとよく、昔はある意味で「良きシステム」だったわけです。しかしいま、米国が敗北のプロセスをたどっているなかで何が起きているかというと、「古い米帝国」の諸国に対するコントロール方法が、ひじょうにネガティブな方向へと変わってきているんです。

 一つ目は、米帝国のシステムの中にある国々からの搾取です。たとえば関税を上げるなどして、日本や台湾、韓国、ドイツやオランダなど先端産業が存在する重要な拠点から搾取をしていこうとしています。米国は「その他の世界」に対するコントロールの力を失いつつあるから、そういった行動に出るわけです。

 二つ目のネガティブな影響は、米国が自国の解体をなんとか遅らせようとして、経済的に台頭しつつある中国やインド、また中東などの国々に戦争や対立を起こさせようとしていることです。高市早苗首相の台湾有事に関する発言も米国が対立を生み出そうとしているなかで起きたと解釈することもできると思います。

■米国のルサンチマン

 私はNATOに加盟しているフランスの国民として話をしていますが、ウクライナ戦争においても米国は結局、ヨーロッパを戦争に巻き込むことに成功したとも言えます。わが国のマクロン大統領もその流れにまんまと乗ってしまっている。フランスの私から見ると、日本はそんな米国のプレッシャーになんとか耐えてほしいと思うわけです。

 三つ目は、影響というよりも理解すべき米国の態度についてです。米国は自分の古い帝国内にいる国々から搾取したり、戦争を引き起こしたりしていますが、これらの国を「使いたい」だけではないのです。そういった国々にルサンチマン(鬱積)を抱いているのです。

 経済的にも、ヨーロッパも日本も米国に追いつき、いまや韓国も追いつこうとしている。そういった国々に対して米国はルサンチマンを抱き、敵対心をも生み出している。私は日常的に同じような社会的地位にいる米国人と話すことも多いですが、やはりそうした敵対心をどうしても感じます。ひじょうに悲しいことではありますが、米国はもはや自分の「帝国内」の国々を嫌い、悪意を抱いているとすら言えるかもしれない。理解しておくべき点です。

──いま「日本は米国のプレッシャーに耐えてほしい」という言葉がありました。では、日本やドイツが米国の戦争に巻き込まれるなど、これ以上米国に振り回されないためには、どうすればよいでしょうか。

トッド:米国による支配の力は大きいものがあります。でも、日本やドイツは国内に「抵抗の力」を見いだすべきです。その力が、日本やドイツを「米国からの独立」という道に導いてくれるのではないかと思います。戦争に対して平和的な道を選ぶ、「平和的な抵抗」という道があり得るのではないかと思うんですね。たとえばヨーロッパの国であれば、ロシアに対して好戦主義的な態度をとるのではなく、平和的な態度をとる、といったことです。

 しかし、歴史の流れというのはひじょうに速いです。今後ウクライナ軍が敗北し、米国の危機もどんどん深刻になっていくという中で、もしかしたらヨーロッパと日本は、直接的に米国と対立し合うこともなく、米国が勝手に敗北することによってその帝国からいつしか抜け出していたということになるかもしれません。

──いま高市首相の台湾有事発言で日中の対立は深刻です。どうしたらいいでしょうか。

トッド:私は自国フランス以外の国内政治に干渉するようなことは原則としてしないと決めています。日本の専門家でもありません。ただ、中国との関係性はどうあるべきか、ということについて、改めて考えてみるべき時なのかもしれません。米国がアジアの中で大きな勢力たりえなくなってきている背景の中で、どういった新しい関係が築けるか。このテーマは今後、さらに考えを深めるべきことだと思っています。日本と中国の歴史において、実は両国に共通する問題は米国でもあるのです。お互いの国が米国のせいで戦争に巻き込まれることのないよう、共に考えていくべきではないでしょうか。

 このようなお話をしたのは、いまの世界の危機的な流れの中で、緊急性を感じるからです。繰り返しますが、歴史の流れは速い。そんななかで、私が個人的に大好きな日本という国に対して、いま私が考えていることを急いで、すべて、お伝えしなければならないと感じているのです。いったん世界の状況が落ち着いてきたら、また中立的なおとなしい学者に戻りますよ。そうなることを願っています。

(構成/編集部・小長光哲郎、通訳/大野舞)

※AERA 2025年12月29日-2026年1月5日合併号より抜粋

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