77歳にして時給1100円の仕事を選んだ母。終活アパート経営で感じた「年収の3割」という家賃の壁

2025年年末のニュース特集には、「熊」「高市政権」と並び「物価高」という言葉が並んでいた。物価高は2025年を象徴する一つで、人々の生活に直結する問題だ。2026年どのように改善していけるかが最重要課題である。

そして不動産も値上がりしているひとつだ。

東京23区内の新築マンションの平均価格は1億5000万円という調査結果があちこちで報じられ、賃料も旭化成が調べた賃貸物件の家賃推移をみると、2015年を100として30平米以下の家賃が121%、50~70平米のファミリータイプに至っては147%と、2025年には過去最高額を更新したという。

しかし収入が増えずに賃料だけが増えても、借りることが難しいというだけだ。

そういう不安定な中で「貸す側」はどのように対策をすればいいのだろうか。

作家の町田哲也さんが、母親がひとり暮らししている築34年の実家の床が傾いていると気づいたのは、母親が76歳のときだった。家族のさまざまな事情を考えながら母の終活のために選んだのが、実家はそのままにしながら別の場所に土地を購入してアパートを建設するという選択肢だった。長く教員をし、学童の仕事をしていた母が77歳になるころ、アパートは完成。その直前に母は学童の仕事を辞めざるを得なくなっていた。

真夏に前倒しで賃貸契約募集開始, 一番早く申し込みが入った部屋は, 時給1100円の仕事を選んだ母, 母の終活のためのアパート建設なのだが…

築34年、70坪に作られた広い木造の家だ(写真はイメージです)Photo by iStock

仕事を大切にしていた母の終活とアパート経営についてドキュメントで伝える連載「終活アパート」10回は、その母の新しい生活と家賃の壁について伝える。

真夏に前倒しで賃貸契約募集開始

完成したアパートの募集がはじまったのは、7月に入ってからだった。賃貸住宅が動くのは、年度初めの4月や夏休み明けの9月といった引っ越しが重なる時期だ。建築当初は9月の募集開始を予定していたが、予想以上に早く建築審査が終わったため、案内を開始することにした。

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Photo by iStock

募集に際して、仲介会社の取りまとめをお願いすることになったのがE社の加藤さんだ。地元の不動産会社の店長を務めている、賃貸営業20年のベテランだ。アパートの引き渡しの際、30度を超える炎天下でも絶やさない笑顔に背中を押される形になった。

「この物件なら、インターネットで動く層の反応は早いと思います。とくに家賃の低い部屋は人気あるでしょうね」

まだ作成途中だというアパートの募集資料を見ながら、加藤さんが指差したのが40平米台で11万円台の部屋だ。取り扱うことの多い価格帯なのだろう。次に動くと予想するのが50平米台で12万円台の部屋だ。コロナ後は、少し高くても住みたい部屋を選択する層が増えているという。

「攻め方がむずかしそうなのは、このタイプですね」

加藤さんが腕を組んで考え込んだのは、最上階にある3部屋だった。60平米半ばから後半の部屋に、14万円台の家賃を設定していた。近隣地域で、これだけ広い賃貸アパートが出てくることはあまりないからだ。

「高すぎますかね?」

「この広さなら妥当な家賃ですし、面白い物件だと思います。ただ対象顧客層は狭くなるので、時間はかかるでしょうね」

加藤さんはハンカチで汗をぬぐった。30度を超える猛暑日が続くなか、アパートをさがして歩き回る人がどれだけいるのだろうか。最大の敵は、かつてない東京の暑さのようだった。

一番早く申し込みが入った部屋は

加藤さんの予想したとおり、一番早く申し込みが入ったのがアパート1階にある40平米台の部屋だった。応募開始の翌週には、入居者の審査がはじまっていた。反応のいいポイントは、高速インターネットだという。普通の無料インターネットは1ギガが多いが、2ギガあるので速度が違う。若い層の反応がいい。

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もはやネット環境は賃貸物件の必須項目のようだ Photo by iStock

次に申し込みが入ったのが、2階にある50平米台の部屋だ。この部屋を特定して探していた顧客ではないが、40平米台から60平米台まである部屋を見比べるなかで選ぶ方が少なくないという。すべてが違う間取りになっているアパートを扱うメリットともいえる。

10部屋を提示して、入居者の人員構成やニーズ、家具の大きさや種類などをヒアリングしながらどういった部屋がいいか話すことができる。ネットでの部屋探しが多いのは事実だが、効率がいいかというと、成約済みの部屋に案内が重複してしまうなど逆に手間がかかることが少なくない。

引っ越しを決めている顧客は来店してもらい、一緒に話したり訪問したりするなかで決めるほうが成約につながりやすい。アナログともいえる営業こそが、自分たちの強みだと加藤さんは胸を張った。

時給1100円の仕事を選んだ母

学童を辞めた母が新たな仕事として選んだのが、介護施設でのサポートだった。以前短期間だが働いたことのある施設で、スタッフについて入居者の面倒をみるのがおもな業務だ。

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Photo by iStock

週3回の8時間勤務だが、コンビニほど忙しくはない。患者を移動させるときや重いものを運ぶのは体力的にきついので若いスタッフに代わってもらうが、通常業務であれば問題ないという。77歳になっても働きたいという母の気持ちが、ぼくはすんなり理解できなかった。

「お金に困ってるわけじゃないんでしょ?」

「何もすることのない生活に慣れないのよ。のんびりするっていうのが、どうしても落ち着かないんだよねえ」

母は最近買ったという、クロスワードパズルの冊子を開いた。流行りの韓国ドラマを観たりパソコンでゲームをしてみたりもしたが、すぐに飽きてしまうという。学童を辞めてから二カ月、家で過ごす生活が、どうしてもぼうっとしているだけの自堕落な生活に思えてしまう。

「お父さんの介護をしていたころは、大変だったけど毎日が忙しくて、それなりに充実感を持って過ごしてたでしょ。今は何もすることがないから、余計なことばっかり考えちゃうのよ」

母の終活のためのアパート建設なのだが…

昔から母は人一倍働き、家庭を支えてきた。教師としてフルタイムで働き、家事や子育てをこなし、父の介護までしてきた人生のたどり着いた先が、傾いた家で一人暮らす生活だったと考えると、やりきれないという。母にとって、誰かの役に立つことこそが生きがいだった。

「学童の仕事って、子どもが相手でしょ。それが大変なんだよね。子どもは遠慮がないから、一緒に遊んで楽しい先生と過ごしたがるのよ。何でもいうことを聞いてくれる優しい先生とか、運動や歌が得意な先生ばかりなついて、私みたいなおばあちゃんと遊びたがる子どもなんていないでしょ。介護施設はお年寄りが相手だから、相手にされないっていうことがないのが働きやすいんだよね」

母なりに、自分に合った仕事をさがしたうえでの判断なのだろう。入居者は80代から90代の方が多い。母とあまり年齢が変わらないので、お年寄りからすれば頼りやすい。かつて一緒に働いた同僚も少なくないのが決め手になった。

ぼくは募集がはじまったアパートの報告をしながら、母が住む姿を想像してみた。50平米や60平米の部屋であれば、老人一人の生活に十分な広さだろう。定期的に様子を見に行くことができるし、都内に住む姉の家族も通いやすい。母には簡単なアパート管理を任せることもできる。

どうしても介護施設に通いたいということであれば、週に数回さいたま市に通うのも不可能でない距離だ。寂しさまぎれに時給1100円の仕事をすることと比べれば、80歳近い年齢にふさわしい生活に思えた。

母が久しぶりに介護の職場に行ったときに驚いたのが、数年前は頼りなかった若い子が責任者になっていたことだという。何でも続けることが大事だという母に、ぼくは「アパートの管理をしてもらうのはどうだろうか」という自分の考えをいい出せなかった。

◇後編「「問題は60平米の部屋ですね」77歳の母のための「終活アパート」入居者募集の苦悩題」ではいよいよ入居者の引っ越しが始まったころの「入りにくい部屋」についてお伝えする。