日本はなぜ「左側通行」なのか? “左”は世界でわずか3割――走行方向に刻まれた国家制度とインフラ選択の痕跡とは

左側通行の歴史的背景

 海外に出ると、逆方向から車が走ってくる光景に驚くことがある。日本では車は左側通行と定められているが、世界全体で見ると左側通行の国は約3割に過ぎず、多くの国では右側通行が一般的である。では、なぜ国によって車の走行方向が異なるのか。

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 自動車が普及する以前の日本では、人力車や牛馬がすれ違う際に左側を通る習慣があった。また、武士が刀を左腰に差していたため、すれ違う際に鞘がぶつからないよう左側通行が自然に定着したとも言われている。

 さらに、日本は英国から鉄道技術を導入した際に、英国と同じ左側通行を採用したという説がある。1872(明治5)年に開通した新橋・横浜間の日本初の機関車も、英国式の左側通行で運行された。

 大英帝国の拡大にともない、道路や鉄道のインフラ整備も植民地に持ち込まれ、左側通行が標準として採用された。インドやオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、東南アジアの一部では、英国の制度にならい左側通行が定着した。独立後も、社会に根付いた慣習としてその方式が維持されている。

ローマ・中世における慣習の定着

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英国の影響と左側通行イメージ。

 では、英国ではどのような経緯で左側通行が定着したのだろうか。剣を持つ右手を自由に保つ必要があったことが一因とされる。理由は微妙に異なるが、武器を扱うという点では日本と共通している。

 この習慣は古代ローマ帝国の一部地域にも存在したが、全領土で一律に適用されていたわけではなかった。馬車の利用が増えるにつれて、通行側の慣習は地域ごとに定着していった。中世になると、教皇が「巡礼者は左側通行すべき」と定め、これが欧州で広く受け入れられるようになった。

 しかし、現在の欧州で左側通行を採用している国は英国などごく一部に限られる。大陸側では右側通行が主流だ。伝統的に左側通行だった国々は、なぜ右側に切り替えたのか。

 フランスではもともと馬車は左側、歩行者は右側を通行していた。交通を合理化するとともに、馬車に乗る富裕層と平民の間の階級意識をなくす狙いもあり、右側通行に統一された。ナポレオン・ボナパルトはフランスを国民国家へと変革する過程で、征服したドイツ、イタリア、スペインなどでも右側通行を導入した。しかし、海を隔てた英国にはその影響は及ばなかった。

米国右側通行の起源

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日本の武士と左側通行イメージ。

 米国は元々英国の植民地だったが、独立戦争を経てフランスの影響を受けたとする説がある。とはいえ、入植時代から右側通行が一般的だった。馬車や牛馬は右側を通り、それを統制する人は道の中央に位置した。大半の人の利き手である右手で馬車を操り、不審者には右手で応戦できる体勢をとっていた。

 右利きの場合、左側に向きながら銃を扱うほうが自然であり、荒野で護身のために右側通行が定着したのは納得できる。必ずしも全国で統一されていたわけではないが、19世紀後半には法的に右側通行が定められた。

 この慣習を受け、大衆車T型フォードは左ハンドルを採用した。これにより米国での右側走行は揺るがないものとなった。

 自動車のハンドル位置は、その国の走行側と密接に関係している。左側通行の国では右ハンドル車が、右側通行の国では左ハンドル車が一般的だ。対向車線の視認性が高く、追い越し時の安全性が確保しやすいことが理由である。

 英国とフランスは英仏トンネルでつながっているが、車の走行方向は異なる。実際、トンネル内では立体交差によって左右が入れ替わる仕組みになっている。日本国内の米軍基地も米国と同じ右側通行だが、公道では左側通行になる。身近な場所でも走行方向の切り替え現象が起きているのだ。

 まれに、自動車の走行方向を変更した国もある。スウェーデンはもともと左側通行だったが、周辺諸国との違いによる混乱を避けるため、1967年に右側通行へ変更した。車両輸入や国境交通の安全性向上が理由である。サモアも2009年に左側通行に移行した。日本やオーストラリア、ニュージーランドなど左側通行国からの車両輸入との整合性が背景にあった。

国際化と交通合理化

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米国の右側通行とT型フォードイメージ。

 車の走行方向は、一度定まると変更に大規模なインフラ改修と周知が必要で、大きな労力をともなう。しかし、スウェーデンやサモアの事例が示すように、不可能ではない。

 国際化が進み、多くの人々が国境を越えて移動する現在、全ての国で同じ側を走行すれば、自動車製造や輸入手続きの合理化が可能になる。人々の運転感覚も統一され、交通安全の向上にもつながるだろう。

 しかし、走行側が統一されない背景には、各国の成り立ちや慣習といった現地事情が深く関わっている。簡単に合理化できない事情が存在するのだ。

 走行の左右の違いを理解することは、世界の歴史や地理、文化を知ることにもつながる。自動車の視点を通じて、世界を俯瞰する深い学びの道程でもある。