「ロゼッタストーンのよう」創業100年以上の老舗食堂3000軒を巡った著者が語る〝魅力〟とは

創業100年以上の全国の老舗を巡った相川氏がその意外な魅力を語った(写真は『日本老舗食堂大全』より)

創業から800年以上続く「最古の鮨店」

令和7年である今年は昭和100年にあたる。100年といえば、その間の社会や生活の変容は大きく、多くの事象が姿を変えないままではいられない時間だ。しかし中には創業100年以上の歴史を持つ食べ物屋がまだ日本には多く存在している。

創業から100年以上暖簾を守り続ける老舗食堂を紹介する『日本老舗食堂大全』(辰巳出版)を上梓したのが相川知輝氏。相川氏は、各地の郷土料理を採り上げたサイト『老舗食堂 食の歴史を巡る旅』の管理人でもあり、これまで3000軒を超える日本各地の老舗を訪問したエキスパートだ。

相川氏が、老舗食堂を紹介するサイトを運営することになったきっかけは「元々、地方の食べ物が大好きだった」ことだという。

「僕が郷土料理を見つけたくて老舗を回りたいと思ったときに、調べようにも、誰もまとめてくれていなかった。“これでは僕と同じ趣味の人がいたら困るぞ”と思い、老舗の辞書を作ろうと思ったのが、サイトを立ち上げたキッカケでした。それは“創業100年”以上のお店を網羅しようというもの。その中から、今回の『日本老舗食堂大全』では、僕が読者に訪れてほしい店を紹介しました」(相川氏、以下コメントはすべて)

同書には、喫茶や酒場や持ち帰りの店なども含めて88軒の老舗の名店の情報が収録されている。それぞれが興味深い歴史やこだわりを持っているのだが、とくに相川さんの印象に残っているお店をいくつか紹介していただいた。

「一番印象に残っているのは桜と鮎で有名な奈良の吉野にある『つるべすし 弥助』さんです。本で紹介した中では最古のお店になりますが、なんと文治年間(1185年~1189年)の創業で、800年以上続いている日本最古のお鮨店です。

まず800年以上も続いている店が、この世にあることが驚きでした。鮨は江戸時代から……という認識でしたが、鮨のルーツの1つである『半なれ鮨』を、名産の鮎で作っていたお店です。現在は、鮎の押し鮨を提供されています」

800年……。しかも、歌舞伎の名演目“義経千本桜”の中でも登場しているという。歌舞伎ファンならば、今で言う“聖地巡礼”もできる店なのかもしれない。

「5年前、最初に訪れた際に、先代から『跡取りが戻るか決まっていない』と伺っていたのですが、無事に代替わりされました。印象的だったのは、現在のご主人が『この土地で生まれた価値観をもっと伝えたほうがいいと思っている』とおっしゃって、先代や先々代よりも前の原点に返った形に……と努力なさっていたこと。これまでも後継者不足に悩まされながらも各ご主人が代々アップデートを繰り返しながら続けていたはずだと思うんです。それなのに今度は『できる限り、より原点に……』と、まだ努力を怠っていないんです」

時代に合わせて変わっていくべき点も

ただ跡を継ぐだけではなく、そこには時代に合わせたアップデートが必要なのだとも思うが、『つるべすし 弥助』では、以前の姿に回帰するという逆の試みもしているのだ。変化と維持──。老舗として存続するにはどうあるべきなのだろうか。

「老舗店では、大きく分けると、伝統を本当にずっと守っているところと、アップデートを繰り返しているところがありますが、やはり後者のほうが多いですね。素材や調味料も変わってくるので、時代時代に合わせて変わっていかざるを得ないということもあります。お客さんには見えなくても、基本的にはどのお店でも変化はさせていると思います」

老舗として長く継続するには、「守るところと変えるところ」のバランスの良さが必要なのだろう。

「変化という点で挙げるならば、馬肉の『桜なべ 中江』(創業1905年)さんを紹介したい。馬肉が美味しい店です。遊郭で知られる吉原大門の目の前にあるのですが、土地柄いろいろな理由から馬肉が食べられていました。この店は守るところは守り、変えるところは上手く変化させていると思います。この店は馬肉を扱うという点は変えていないんですが、時代を経て馬肉自体の価値が変わってしまいました」

昭和初期、牛肉や豚肉よりも高かったのが、当時ブロイラーがなかった鶏肉で、もっとも庶民に優しいお肉が馬肉だったという。

「現在馬肉というと、他の肉よりも高いものになっています。吉原もありようが変わっていく中で、その食材の価値も変わり、店としてはその状況の変化の中で上手く客層を変えられています。今では、東京には少ない郷土料理的な見せ方もして観光客を誘致し、ターゲットを上手く変えていっているんです。吉原近くに昔はいっぱいあった馬肉屋も、今では数軒しか残っておらず、そのうちの最古参のお店です」

100年という年月は、食材の価値すら大きく変容させるに十分な長さ。扱う店も同様に変化を求められるのだ。

地元民に愛される「地域密着」の老舗

多くの老舗店を訪れている相川さんによれば、“老舗あるある”も存在するらしい。その一つが元祖問題。料理には、それぞれ“元祖”と呼ばれる店があったりもするが、老舗を巡る中で、実はその“元祖”よりも前に存在したのでは……と思われる料理も結構あるという。

「とんかつ専門店の『王ろじ』(創業1921年)さんと『河金』(創業1918年)さんです。実は、この2店のどちらかが、『カツカレー』の元祖の可能性があります。一般には昭和20年代に『銀座スイス』で、元読売巨人軍の千葉茂さんが頼んで作ってもらったというエピソードが広く知られていて、元祖とされています。

でも『カツカレー』と呼んではいませんが、確かにもっと前の大正時代から同様のものを、王ろじさんでは『とん丼』、河金さんでは『河金丼』として出しています。全く別の店から出されていて、驚きましたね。こういうのは結構あるんです」

“老舗あるある”で言えば、長く地元市民に愛され、地域密着こそを大切にしている店もあるという。

「帯広の『ふじもり』(創業1899年)さんも、ぜひ挙げたい店です。先代のご主人の頃から、“おもてなし一番の店になろう”と考えた結果、客が席に着くと、お冷と一緒にメロンソーダが出てくる。私が訪問した日に来ていた70歳近いお客さんも、『高校生の頃から来てるけど、このメロンソーダが嬉しくて!』って言っていて、みんながお店に愛着を持っているんです。『老舗の正しい姿だよな』って思います。

この店からスピンアウトした『カレーショップ インデアン』という店は帯広と釧路で複数店舗展開をしており、みんな鍋を持ってきて買って帰るほど人気。コロナ禍の際に、そのカレーの冷凍パック版を開発しました。でも、地元密着で地元から出さないという方針があるため、冷凍パックなのに通販はしていません。だから遠方の家族のために、地元の方は店舗で買って地元を離れた家族や友人に送られています」

相川さんは老舗を探訪することを自らに課しているため、訪れた場所で食べたいものも、なかなか食べられないそうだ。「せっかく北海道に来たのだから海鮮モノを食べたいのに、老舗で探すと、どこに行ってもそば屋ばっかりになる」という。それで寒冷な北海道であるがゆえ、昔は米作ができなかったために、100年以上歴史がある老舗はそば屋ばかりなのだと気づいた。雨の少ない瀬戸内海気候の影響で、香川ではうどん文化が花開いたのと同様だ。

「老舗って、ロゼッタストーンみたいなものだと思っているんです。老舗という存在を通じて土地を見ると、その地理性や歴史が見えてくる。それが面白くなってしまい、元々は各地の郷土料理の発見が一番の目的だったのに、最近は『この土地はどういうところなんだろう?』というのを調べるために行っている気がします」

せっかく旅行に行くのであれば、老舗店でその地をしっかりと味わうのはいかがだろうか。老舗とともにその土地を知ることで、今までにない体験ができるはずだ。

なんと創業800年!『つるべすし 弥助』(奈良県吉野郡下市町下市533)。現在のお店は昭和初期に再建されたもの(『日本老舗食堂大全』より)

『つるべすし 弥助』名物の「鮎鮨」。旬の時季には若鮎を使った姿鮨も(『日本老舗食堂大全』より)

『桜なべ 中江』の「桜なべ」。江戸甘味噌をベースにした割り下のまろやかな味わいが馬肉の旨味を引き立てる(『日本老舗食堂大全』より)

創業大正10年の『王ろじ』(東京都新宿区新宿3-17-21)。戦災で神楽坂にあった店が消失し、戦後に現在の場所で再建された(『日本老舗食堂大全』より)

『王ろじ』の「とん丼」。カツカレーの元祖といわれることもある。とんかつには特製カレーとソースがかかっている(『日本老舗食堂大全』より)

『河金』(東京都台東区浅草5-16-11)。戦後に再会した『河金本店』は再開発で1987年に閉店したが、創業者の孫が現在の場所で味を守り続ける(『日本老舗食堂大全』より)

カツカレーの元祖ともいわれる『河金』の「河金丼」。「並」「ヒレかつ重」「ロースかつ重」があり、写真は「ロースかつ重」(『日本老舗食堂大全』より)

『ふじもり』(北海道帯広市西2条南11-8)の「ハンバーグミートソース」。お客さんが席に着くとサービスでメロンソーダが必ず供されることでも知られる(『日本老舗食堂大全』より)

『ふじもり』が運営する『カレーショップ インデアン』の「インデアンカレー」は冷凍品でも販売。鍋を持って買いに来る人もいるという地元の味だ(『日本老舗食堂大全』より)

全国88店の老舗食堂が掲載されている