「インバウンドの迷惑行為」77%の正体――駅・電車で彼らの悪意なき行動が嫌われる理由とは? マナー違反で片づけてはいけない

調査結果が映す鉄道利用の現場

 日本民営鉄道協会が2025年10月から11月に実施した「駅と電車内のマナーに関するアンケート」には、5202件の回答が集まった。駅や電車内でのマナー向上を目的とした調査で、日常の鉄道利用において何が不快と受け止められているかが数値で明らかになった。総合順位のトップは「周囲に配慮せず咳やくしゃみをする」で34.7%。感染症への警戒が社会に根づいている現状を踏まえれば、妥当な結果といえる。

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 注目すべきは別の項目だ。本年度の調査では、「インバウンドの迷惑行為」についても改めて調査が行われ、そこから従来とは質の異なる課題が浮かび上がっている。「迷惑と感じたことがある」と答えた人は

「77.1%」

に達した。一部の極端な事例ではなく、多くの利用者が日常的に経験している摩擦と見るべきだろう。迷惑行為の具体的な内容では、

・1位 騒々しい会話・はしゃぎまわり:69.1%

・2位 荷物の持ち方・置き方(鞄・傘等):41.9%

・3位 座席の座り方(詰めない・足を伸ばす等):26.2%

・4位 強い香り(香水・洗剤・柔軟剤・化粧品等):24.8%

・5位 扉付近での滞留:24.1%

・6位 乗降時のマナー(駆け込み乗車、乗車列への割り込み等):16.4%

・7位 優先席のマナー:10.7%

・8位 その他:10.6%

・9位 ゴミ・ペットボトル等の放置:8.6%

・10位 周囲に配慮せず咳やくしゃみをする:7.6%

という結果が出た。

問題は「設備」ではなく「振る舞い」

調査結果が映す鉄道利用の現場, 問題は「設備」ではなく「振る舞い」, 移動空間への期待の食い違い, 慣れ親しんだ行動の持ち込み, ルールを知っても動かない判断, 空間が行動を誘導する発想

インバウンドが見る日本イメージ(画像:Pexels)

 これらの項目を見渡すと、設備の不足や制度上の欠陥が原因ではないことがわかる。大半は車内での

「振る舞い」

に関わる内容だ。ただし「マナー意識が低い」で片づけてしまえば、状況の本質を見誤ることになる。

 日本の鉄道は、秒単位の定時運行と高密度なダイヤを前提に、長い時間をかけて磨かれてきた。乗り降りの動作から車内での立ち位置まで、

「暗黙の了解」

として共有される行動様式がある。それらの積み重ねによって、大量輸送が破綻せずに機能してきた。つまり日本の鉄道は、利用者の行動がある程度予測可能であることを前提に動いているのだ。

 インバウンドの行動は、この前提から外れやすい。大声での会話や通路をふさぐ荷物の置き方には悪意がなくても、流れを乱す要因となる。車内全体の動きが鈍り、次の停車駅での乗降にも支障が出る。利用者が感じる不快感は、音や匂いそのものだけに起因するわけではない。移動時間や混雑の見通しが崩れることへの違和感が、深い部分で作用している。

 本来なら、表示や案内、誘導の工夫で軽減できそうな課題だ。それでも同様の摩擦が繰り返し指摘されるのはなぜか――注意喚起やルール提示だけでは行動が変わりにくい、人の心理的な特性が絡んでいるのだろう。

移動空間への期待の食い違い

調査結果が映す鉄道利用の現場, 問題は「設備」ではなく「振る舞い」, 移動空間への期待の食い違い, 慣れ親しんだ行動の持ち込み, ルールを知っても動かない判断, 空間が行動を誘導する発想

インバウンドが見る日本イメージ(画像:Pexels)

 インバウンドの行動によって生じる摩擦は、

「マナーの良し悪し」

だけでは説明できない。背景にあるのは、移動という時間や空間に何を期待するか――という前提の違いだ。もう一度、項目を見てみよう。

・1位 騒々しい会話・はしゃぎまわり:69.1%

・2位 荷物の持ち方・置き方(鞄・傘等):41.9%

・3位 座席の座り方(詰めない・足を伸ばす等):26.2%

・4位 強い香り(香水・洗剤・柔軟剤・化粧品等):24.8%

・5位 扉付近での滞留:24.1%

・6位 乗降時のマナー(駆け込み乗車、乗車列への割り込み等):16.4%

・7位 優先席のマナー:10.7%

・8位 その他:10.6%

・9位 ゴミ・ペットボトル等の放置:8.6%

・10位 周囲に配慮せず咳やくしゃみをする:7.6%

調査で上位に挙がった騒々しい会話や荷物の置き方も、彼らにとっては特異な振る舞いではない。母国で身につけてきた公共交通の使い方に沿って行動しているだけのことが多い。多くの国では、鉄道は

・移動しながら会話を続けたり

・同行者との時間を楽しんだり

する場として捉えられている。車内での音量や荷物の扱いも、その延長線上にある。日本の都市鉄道は事情が違う。通勤や通学の合間に気持ちを切り替える場所であり、次の行動に備えるための静かな時間として使われることが多いからだ。周囲と距離を取り、流れを乱さずに過ごすことが暗黙の了解として共有されてきた。

 この期待のずれが摩擦を生む。案内表示を増やし、設備を整えても、前提が食い違ったままでは違和感は消えない。インバウンドは観光の限られた時間を有効に使おうとし、その場その場で

「最も合理的だと感じる行動」

を取る。そして、日本の鉄道が長年積み上げてきた効率重視の運用と、噛み合わない局面が生まれる。

 どちらが正しいかという話ではない。異なる前提で動く人々が同じ空間を共有していること自体に緊張が潜んでいるのだ。この構図を理解しないまま個々の行動だけを問題視しても、同じ指摘が繰り返されるだけだろう。問題の根は、行動そのものよりも深いところにある。その点を行動経済学(人間の非合理的な行動原理を解明する学問)の観点から整理し、日本の鉄道が抱える見えにくい歪みを掘り下げていく。

慣れ親しんだ行動の持ち込み

調査結果が映す鉄道利用の現場, 問題は「設備」ではなく「振る舞い」, 移動空間への期待の食い違い, 慣れ親しんだ行動の持ち込み, ルールを知っても動かない判断, 空間が行動を誘導する発想

インバウンドが見る日本イメージ(画像:Pexels)

 インバウンドの多くは、自国で身につけた公共交通の使い方を、そのまま日本の鉄道空間に持ち込む。悪意や無理解があるわけではない。情報が足りないからでもない。人は判断に迷ったとき、これまで問題にならなかった行動を優先的に選ぶ。この傾向が、移動中の振る舞いにも表れている。

 公共の場でどう振る舞うかは、事前に体系立てて学ぶ対象ではない。大声で会話を続けることも、荷物を足元に置かずに座ることも、本人にとっては安全で効率的なやり方だ。これまで咎められた経験がなければ、あえて変える理由は見つからない。日本の鉄道が細かな配慮と暗黙の了解の積み重ねで成り立っていることは、外から見ただけでは伝わりにくい。

 旅先では判断に使える余力も限られる。移動や手続きが続くなかで、異国特有の細かな作法をひとつひとつ学び、行動を切り替えることに労力を割く動機は強くならない。本人は気づかないまま、周囲とのずれを広げていく。摩擦が繰り返されるのは、誰かが意図的に秩序を乱しているからではない。意思決定のあり方が、そのまま表に出ているだけだろう。

ルールを知っても動かない判断

調査結果が映す鉄道利用の現場, 問題は「設備」ではなく「振る舞い」, 移動空間への期待の食い違い, 慣れ親しんだ行動の持ち込み, ルールを知っても動かない判断, 空間が行動を誘導する発想

インバウンドが見る日本イメージ(画像:Pexels)

 注意書きやルールを目にしても、そこで行動が切り替わるとは限らない。多くの場合、別の判断が前に出る。荷物を棚に上げれば盗まれるかもしれない。静かに過ごせば、せっかくの旅行気分が薄れる。扉付近を離れれば、降りる瞬間に間に合わない。ひとつひとつが、本人にとっては現実的で差し迫った不利益として意識される。

 周囲への配慮は重要だと理解していても、それが具体的な安心感に結びつくわけではない。目に見える危険や不便を避けたいという感覚のほうが、判断を強く左右する。特別な性格の問題というより、多くの人に共通する反応だろう。移動中の限られた時間と情報のなかでは、まず自分の身を守る選択が優先されやすい。

 多言語の表示や車内アナウンスを増やしても、この判断の流れは簡単には変わらない。理解できたかどうかと、実際にどう振る舞うかのあいだには隔たりがある。利用者が選び続けるのは、正しさよりも負担の少なさだ。

 この前提を見落としたままでは、どれだけ呼びかけを重ねても状況は大きく動かない。起きているのは、本能に近い判断が積み重なった結果だ。

空間が行動を誘導する発想

調査結果が映す鉄道利用の現場, 問題は「設備」ではなく「振る舞い」, 移動空間への期待の食い違い, 慣れ親しんだ行動の持ち込み, ルールを知っても動かない判断, 空間が行動を誘導する発想

電車内マナー調査と解決策。

 今後の糸口は、特定の振る舞い以外が自然と取りにくくなる枠組みを用意できるかにかかっている。自由を奪わずに方向づけるために必要なのは、注意書きや呼びかけを増やすことではない。

 空間そのものが持つ性質によって、取られる行動の幅を静かに絞っていく発想だ。

・扉付近に立ち続けると居心地が悪くなるしつらえ

・大きな荷物の置き場が直感的に限られる配置

・静かに過ごす人が多く見える光景

言葉に頼らない働きかけが重要になる。

 鉄道は、移動の合間に一時的に立ち上がる社会空間でもある。インバウンドにとっては、説明を読み込む前に身体が動き出す初見の体験の場だ。視線が自然に流れる方向や、人の立ち位置がばらける構え、周囲の振る舞いをすぐになぞれる環境が整えば、文化的な理解を求めるよりも速く行動は揃っていく。

 これまでは日本人利用者の我慢や気配りという

「無形の蓄え」

によって秩序が保たれてきた。インバウンドの数が高まった今、この前提は揺らぎ始めている。事業者には、善意や理解に期待する立場から一歩退き、行動が自ずと整う場を用意する側へと役割を移す覚悟が求められる。わかってもらうことに頼るやり方が行き詰まりつつあることは、すでに数字が示している。移動空間をどう捉え直すかが、これからの持続性を左右する現実的な道筋となるだろう。