ジャカルタ「日本製電車」地元ファン熱狂の引退劇

引退イベントの目玉は「元東急8500系」, 「加速が力強い」運転士が語る8500系, 日本語の「ありがとー」に見送られ…, 鉄道ファンの数は「豊かになった証拠」, 日本の中古車両が変えた「ファン文化」, 日本の中古車両は「郷愁」の対象に

関係者やファンらに見送られながら帰らぬ旅へと出発する元東急8500系8618編成。ジャカルタに残る最後の1編成だった=2025年11月16日(写真:Mochammad Tianza Fachrezzy - Indonesian Railway Preservation Society)

インドネシアの首都・ジャカルタの通勤輸送を支えるKRLコミューターライン。これまで日本の中古車両が大多数を占めていたジャカルタ首都圏の鉄道風景は今、過渡期にある。

【現地の写真はこちら】▶「鉄ちゃん」の熱さも日本のよう?日本の中古電車が活躍するインドネシア▶元東急8500系など中古電車の引退記念イベントでは詰めかけた大勢の鉄道ファンが日本語で「ありがとー」「おつかれさまー!」と声をあげた

2025年12月16日、待望のインドネシア国営車両製造会社(INKA)製新型車両、CLI-225型がデビューした。26年半ばまでに全16本が投入される。中国中車製の新型車両CLI-125型も25年9月までに全11本が投入された。

相次ぐ新型車両の導入を受け、コミューターラインを運行するKereta Commuter Indonesia(KCI)は、老朽化が進んだ日本の中古車両を順次退役させている。

引退イベントの目玉は「元東急8500系」

25年10月末までに元東急電鉄8500系、元東京メトロ7000系、元JR東日本203系の全車両が引退し、さらに元東京メトロ6000系と05系のうち、制御システムを更新せず従来のチョッパ制御のまま残っていた車両も引退した。その数は約150両にのぼる。

【写真】日本の中古電車が活躍するインドネシア、「鉄ちゃん」の熱さも日本のよう?元東急8500系など中古電車の引退記念イベントでは詰めかけた大勢の鉄道ファンが日本語で「ありがとー」「おつかれさまー」と声をあげて走り去る車両を見送り、サプライズで「大物」も登場。熱気に包まれた現場の様子

前者3形式のうち、最後まで残っていた1編成ずつがジャカルタコタ駅にて並べて展示され、11月11日に「ARIGATO KRL」と題した引退記念イベントが開かれた。会場には、至るところに日本をモチーフとした装飾が施された。

展示された3形式のうち、一番の目玉は元東急8500系の8618編成だ。当地で活躍していた同形式最後の1編成で、24年4月からはKCI創立当初(当時はKCJ)のカラーリング、通称「JALITA」に復刻され、主にタンジュンプリオク線で活躍していた。しかし、経年による不具合も多く、25年8月末で営業運転を終えていた。

今回は引退記念イベントのために久々に本線を走行し、ジャカルタコタ駅まで回送されてきた。

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引退記念イベントで展示の目玉となっていた元東急8500系の8618編成「JALITA」(筆者撮影)

「加速が力強い」運転士が語る8500系

「東急の車両は操作性がよく、加速が力強い」と、車両基地のあるデポックからジャカルタコタまで8618編成の回送を担当したKCIの運転士、フェリー氏は言う。同氏は過去に日本車輌製造で3年間、技能実習生の経験があり、一度は車両製造会社のINKAに入社したものの、電車運転の夢を諦められず転職したという異色の経歴の持ち主だ。

フェリー氏は、元東急の車両がまだまだ主力として活躍していた15年からKCIで運転士を務めており、8500系への思い入れも深い。「しかし、衝動が大きいので気を遣う。やはり205系のほうが運転はしやすい」と同氏は言う。その言葉通り、13年以降に元JR東日本の205系が導入されると、元東急の車両は徐々に活躍の場を狭めていった。

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ジャカルタコタまで8618編成「JALITA」の運転を担当したフェリー運転士。手にしているのがマスコンキー(筆者撮影)

【写真】大勢のファンや関係者らに見送られて走り去る8500系「JALITA」

運転台の電源スイッチであるマスコンキーがフェリー氏からジャカルタコタ駅の検車係に渡されるのを目の当たりにすると、ついに引退のときが来たことが感じられた。普段は車両留置のある終電間際でないと、当駅でこのような光景は見ることができない。

「JALITA」はミニミュージアムとして車内が開放され、開会式典後も同編成に限って11月16日まで展示された。会期中の来場者は延べ2万人を超え、日本のほか台湾や中国、香港から訪れた鉄道ファンもいた。当初は土曜・日曜をはさまず11日から14日までの予定だったが、あまりの人気の高さに、会期が急遽延長された。

11日の引退記念イベント開会式典には、日本大使館やJICAの関係者らが出席し、これまで車両譲渡に関わってきた東急グループ関係者らの姿もあった。

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記念式典でスピーチする在インドネシア日本国大使館の上垣礼子経済部参事官。ステージ上には引退車両の写真や「ありがとう!」の文字をはじめ、日本をモチーフとした装飾が施されている(写真:在インドネシア日本国大使館)

【写真】引退記念イベント「ARIGATO KRL」のビジュアルイメージ。車両のイラストや富士山、鳥居など日本をモチーフとしたデザインだ

在インドネシア日本国大使館の上垣礼子経済部参事官は式典で、「日本の車両が当地でもさまざまな思い出とともに、生活の一部となってきたということのみならず、これらの車両の長年の運行を支えるために両国の数多くの方々のご尽力があり、たくさんの交流と友好が生まれてきたことも改めて実感した。これまでの関係者に心より敬意を表したい。人々の生活や経済活動に深く根ざした鉄道分野での協力は、確実に両国の強固な友好関係の土台となっており、今後とも発展していくことを願っている」とコメントした。

25年4月に開かれた、電車運行100周年を記念した同様のイベントでは、残念ながら日本側からの出席者がなく、過去40年来のハード、ソフト両面からの日本の支援、協力について語られることがなかった。その点を考えると、今回は名誉挽回といえよう。

日本語の「ありがとー」に見送られ…

最終日となった16日の夜、ラストのシーンでは、インドネシア鉄道(KAI)総裁や運輸大臣を歴任し、日本からの中古車両輸入と技術移転を積極的に進めたイグナシウス・ヨナン氏らがサプライズで来場し、会場は熱気に包まれた。

「JALITA」は長い電笛を鳴らし、詰めかけた数百人近いファンらの、日本語での「ありがとー」「おつかれさまでしたー」という声に見送られながら、電車区へ向けて最後の旅路へとついた。司会者の女性までマイクを持ったまま「ありがとう」と声援を送っていたのも印象的だった。

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元東急8500系8618編成のラストランを見送るイグナシウス・ヨナン元KAI総裁(左から3人目)ら(写真:Kaito Ishikawa)

【写真】8500系の車内にて、はっぴ姿のスタッフらと元KAI総裁のヨナン氏

一方、引退記念イベントの開会式典があった11日の夜には、東急8000系、8500系譲渡に携わった日本・インドネシア両国の関係者によるささやかな同窓会が開催され、車両譲渡の初期から関わってきた東急グループの関係者やKAI、KCIの関係者ら十数人が出席した。

8500系の運行終了に伴い、東急とKCIの間の交流は25年7月を最後に絶えていた。およそ20年前、KAIやKCIで東急の中古車両受け入れに活躍していたメンバーは、今やMRT(地下鉄)や高速鉄道、新首都のヌサンタラ開発にまで活躍の場を移している一方、すでに鬼籍に入った人もいる。

「最初の車両譲渡から20年、そして、この機会に会っておかないと二度と会うことができないかもしれないからと思い立った」と、東急建設の現地パートナーとして、日本とインドネシアの架け橋として奔走していたシルフィア・ウィジャヤ氏はこの同窓会企画の経緯を説明する。

しかし、日程がちょうど引退記念イベントの開会日と重なったのは、本当に偶然だったという。何か運命的なものを感じずにはいられない。

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8500系8618編成には、日本国内でのラストランのヘッドマークをモチーフにしたステッカーが掲出された(筆者撮影)

鉄道ファンの数は「豊かになった証拠」

「たまたま午前中の予定も空いていて、開会式典に出席できた」という東急国際事業部フェローの太田雅文氏は、引退記念イベントの会場に詰めかけた鉄道ファンのあまりの多さに驚きを隠せない様子だった。

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8500系8618編成の車内見学は毎日、行列ができるほどの大盛況だった(筆者撮影)

【写真】車内では中づりや広告の枠を使って8500系の歴史を紹介。東急田園都市線を走っていたころの8500系の写真も

太田氏は8000系・8500系のインドネシア譲渡に最初期から関わってきた。当時はまだ電車の屋根上にまで乗客が鈴なりになっていた時代だ。大勢の鉄道ファンの姿に、「これも国が豊かになった証拠ではないか」と同氏は続ける。それほどまでに、この20年間でインドネシアは目覚ましい発展を遂げた。

今や、ジャカルタ中心部のドゥクアタス駅では人々がコミューターラインからMRTにどっと乗り換えるようになり、その動線上には決して単価の安くないコーヒーショップが立ち並んでいる。日本から渡った中古車両たちは、経済発展と共に急増する通勤需要を支えただけではなく、新たな都市文化をも育んできた。

鉄道ファンの増加もその一例だろう。イベントを訪れたファンの大多数は、10代から20代前半の若年層である。鉄道が趣味の対象として認知され、まして数千、数万という規模の趣味者が存在する国はそれほど多くない。

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8500系8618編成の展示最終日にサプライズで来場したイグナシウス・ヨナン元KAI総裁(車内中央)と、詰めかけた鉄道ファンら(写真:Kaito Ishikawa)

引退記念イベント「ARIGATO KRL」の企画、運営を担ったのはIRPS(Indonesian Railway Preservation Society)という団体だ。IRPSは02年に設立されたインドネシアで最も古い鉄道趣味者のコミュニティで、Preservation=保存の名称通り、鉄道会社と連携して主に古い駅舎や機関車などの保存活動をしており、現在、全国に約650人の会員を擁する。数ある鉄道コミュニティの中でも比較的年齢層が高いのが特徴で、KAIのOBらも加入している。

従来、インドネシアでの鉄道趣味の対象は機関車などが中心だった。06年には別の団体によって月刊の鉄道雑誌「Majalah Kereta Api」が創刊された(15年に廃刊)が、やはり主に取り上げられるのは機関車や長距離列車がメインで、日本の中古車両をはじめとする電車にスポットライトが当たることはまれであった。

日本の中古車両が変えた「ファン文化」

しかし、小学生や中学生のころに導入初期の日本の中古車両に親しみ、そしてインターネット経由で日本の鉄道事情にオンタイムに触れて育った世代が成長し、IRPSに加入する若いファンも増えてきた。今回のプロジェクトを動かしたのは、このような20代後半から30代前半のメンバーたちである。

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会場の寄せ書きはファンからのメッセージで埋め尽くされた(筆者撮影)

【写真】寄せ書きにはどんなメッセージが?インドネシア語だけでなく日本語や韓国語などの書き込みも

こうした背景を考えると、まるで日本国内のイベントさながらの演出、そして引退車両を労い、送り出す鉄道ファンがインドネシアに存在するようになったことは感慨深いものがある。

しかし、人々の生活をも変えてきた日本の中古車両だが、今後は減っていく一方だ。よほどのことがない限り、再び中古車両を導入することはありえないだろう。そのような状況を、イベントに集まった鉄道ファンらはどう見ているのか。

実際にファンらに聞いてみると、引退車両への熱狂とは裏腹に、「これも時代の流れ」「新車を導入できるのならば新車に越したことはない」「中国製の新車が予想以上にいい」など、実に冷静な反応が返ってきた。事実、SNS上での人気車両投票も、中国製新車、日本の中古車両、INKA製の国産新車という順で、日本の中古車両は二番手となることが多くなった。

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2025年11月11日の式典当日に展示された元東京メトロ7000系7123編成。さよならヘッドマークも用意された(筆者撮影)

【写真】インドネシアに渡った日本の中古電車、東急8500系・東京メトロ7000系・JR203系がついに引退。記念イベントでは詰めかけた大勢の鉄道ファンが日本語で「ありがとー」「おつかれさまー」と声をあげて走り去る車両を見送り、サプライズで鉄道会社の元総裁も来場し熱気に包まれた

鉄道ファンで賑わう様子を一目見ようと、イベントに居合わせた現地邦字紙「じゃかるた新聞」元編集長の長谷川周人氏は、ファンの声に押されて中国製の新車に実際に乗ったという。同氏は、あくまでも素人目線だが……と前置きした上で、「予想以上にしっかりとした造りで、静粛性や乗り心地という点でも、当地における中国製品に抱くイメージが変わった」と語り、イベント会場で会った高校生のファンが話す「かっこいい・未来的」という印象がよくわかったという。

日本の中古車両は「郷愁」の対象に

日本の中古車両は確かに人気がある。グッズを発売すれば、まず売れるのは中古車両のデザインからだ。しかし、今やそれは「郷愁」という観点が色濃くなっており、「古くてもまだ新しい日本の電車」というイメージは失われつつある。鉄道ファンも急激に増える一方で、さらなる世代交代も進んでいる。

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11月11日の式典では元東急8500系8618編成(左)と元JR東日本203系マト66編成(右)、さらに元東京メトロ7000系7123編成が並べて展示された(筆者撮影)

ある意味日本びいきともいえた鉄道ファンの視点でもこのような状況であれば、一般利用者の目線では中古車両より新車に軍配が上がるのは自然だろう。インドネシアがますます発展していく中で、単に「日本製だからいい」という、そんな神話が崩れたのもこの20年間の変化であることを実感する。1人の日本人として、一抹の寂しさを感じずにはいられない。