【春節】自粛勧告でも「中国人観光客」が訪日の訳

日中関係が冷え込む中、春節に中国人観光客は日本を訪れるのか。上記写真はイメージです(写真:CHAI / PIXTA)
中国は2月中旬から大型連休を迎える
2026年の春節(中国の旧正月)は2月17日。それに伴って2月15日~23日は9連休となり、海外旅行の活発化が予測される。
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日中関係が冷え込む中で、中国人観光客の訪日動向は「二極化」した複雑な様相を呈している。政府による渡航自粛の影響で全体数が減少する一方で、個人のリピーター層は依然として日本を訪れ続けているのだ。
中国政府は政治的背景から、25年11月に続き、26年1月にも改めて日本への渡航自粛を呼びかけた。その影響は大きく、旅行会社を通じた団体ツアーは大幅に制限された。かつて海外旅行先ランキングで常に上位に位置していた日本が、「トップ10圏外」に落ち込んだという衝撃的なデータも示されている。
さらに、中国の大手航空会社3社は1月26日、日本路線の航空券について、10月24日までキャンセルや変更に無料で対応すると発表した。欠航や減便も相次ぎ、訪日自体が物理的に難しい状況が生まれている。日本政府観光局によると、25年12月の中国人観光客数は前年同月比で45.3%減少した。
団体客とは対照的に、個人旅行者は日本をなおも選び続けている。ある宿泊予約サイトのデータでは、中国からの春節期間の予約数が前年比で約57%増加したようだ。
もちろん、予約が最終的にキャンセルされる可能性は否定できない。それでも、多くの旅行者が当初から日本を春節休暇の目的地として選んでいた事実は、日中間の観光需要の底堅さを物語っている。
渡航自粛が呼びかけられる中でも、一部の中国人が日本を旅し続ける最大の理由は、中国人の旅行スタイルがすでに団体旅行から個人旅行へと明確に移行している点にある。かつての訪日観光は旅行会社主導の団体ツアーが中心であり、政府方針や外交関係の影響を受けやすかった。
しかし現在、日本を訪れる多くの中国人は、航空券や宿泊先を自ら手配する個人旅行者である。政府による「渡航自粛」の呼びかけも、彼らにとっては数ある判断材料の1つにすぎない。
そもそも中国政府の呼びかけは「渡航禁止」ではなく、「注意喚起」に近い性格を持つ。そのため、「政治は政治、旅行は旅行」と切り分けて考える個人客の動きを完全に止めることは難しい。

昨年の国慶節で訪日した30代中国人カップルは、山中湖を訪れた(写真:取材協力者提供)
いま、日本旅行の主役は、中国の富裕層や若年層を中心とする個人旅行者へと移りつつある。国の呼びかけが耳に入っても、それがただちに旅の断念につながるとは限らない。団体客が激減する一方で、実利や体験価値を重視する個人客が市場を下支えする構図は、ますます鮮明になっている。
中国・広州在住で外資系企業に勤める30代のH夫妻は、今年の春節に5歳の娘を連れて日本を訪れる予定だ。彼らは毎年のように春節を日本で過ごし、今回も東京駅近くのホテルを選んだという。
「春節に日本へ行くのは、ただ静かにリラックスするためだ。今回は初めて娘を連れて行き、日本の清潔さや落ち着いた空気を感じさせたい。雪が見られるなら、雪景色も体験させてあげたいね。政府は渡航を控えるよう言っているが……私たちは、日本は危険どころか、中国よりも安全だと感じている」
夫妻は感情を交えることなく、淡々とそう語った。
「反日デモは隔世の感がある」
かつて日中関係が冷え込んでいた頃、中国各地では反日デモが頻繁に起きていた。とりわけ12年、尖閣諸島の国有化を契機に各地で発生した大規模な反日デモの光景は、今なお多くの人の記憶に残っている。しかし現在、そのような熱気に満ちた光景はほとんど見られなくなった。
かつて街頭を埋め尽くした反日デモの熱狂は、すでに過去の記憶となった。これは単に対日感情が好転したというよりも、感情の表出が抑制され、ナショナリズムが日常生活の中心的な関心事ではなくなったことを示しているのかもしれない。
経済の減速や雇用不安といった現実的な課題に直面するなかで、多くの中国人にとって海外旅行は政治的意思表示ではなく、生活の質を高めるための実利的な選択へと変わりつつある。
ある上海の大学教授は、こう嘆いていた。
「私たちのような体制内の人間は、やはり今、日本への旅行には踏み切れない。政府の呼びかけを無視するわけにはいかないのだ。しかし、体制外の個人が日本へ旅行に行くケースは依然として相当数存在する」
「かつて頻発した反日デモは、いまや隔世の感がある。日中関係が依然として冷え込むなか、なぜ中国では反日デモが起きなくなったのか。理由の1つは、政府が社会の安定を最優先していることだ。過去の反日デモは、民衆の感情を一時的に発散させる『出口』にすぎなかった。だが経済不況が深刻化する現在、何よりも安定が求められている」
「もう1つ言えるのは、民衆の愛国心が消えたわけではない、ということだ。ただ、それを前面に出して生きる余裕がなくなった。経済の先行き、仕事、家族、自分の将来――日々の重さが、政治的な感情を押し隠してしまっている」

中国の街の様子。筆者は12月に帰郷していた(写真:筆者撮影)
昨年12月、筆者が中国に帰郷した際に現地で感じ取った対日感情は、かつてのものとは明らかに異なっていた。日本や「高市早苗」を批判し、揶揄する言葉はあっても、そこにかつてのような「恨み」は見えない。たとえ日本を批判しても、日本にはどこか好きなところもあると言う。
日本について語ることは、もはや特別な政治的行為ではなく、日常の雑談の1つに過ぎないようだった。反日デモを起こす気力そのものが、枯れてしまったかのように感じられた。
日本という旅行先の魅力も無視できない
さらに、中国人観光客には日本という旅行先そのものの魅力も無視できない。とりわけ富裕層は「モノ」よりも「体験」に価値を見いだす。
治安の良さ、交通の利便性、食文化、四季折々の景観といった要素は、政治状況とは切り離されて評価されている。特に円安基調が続く中、日本旅行は「コストパフォーマンスの高い海外体験」として位置づけられている。

25年10月の国慶節で訪日した30代中国人カップルは、川越で抹茶を体験した(写真:取材協力者提供)
そんな中での日本旅行は、思想でも主張でもない。ただの「生活の延長」に近い。清潔な街、定刻通りの電車、心身を温める温泉、安心して歩ける夜道……そこにあるのは、ニュースではなく体感だ。日本は「遠すぎず、疲れすぎない海外」として選ばれている。
日本の温泉文化は、中国人個人旅行者にとってかなり特別だ。人気の場所は、箱根、伊豆、草津、銀山温泉、九州(由布院、黒川温泉)などがある。長野(白馬)や新潟(湯沢)などのスキーリゾートも人気。
爆買いなどの大量消費から、「アニメ聖地巡礼」「地方の文化体験」など、よりパーソナライズされた目的へと変化している。

25年秋に30代中国人カップルが白川郷で食べた豪華料理(写真:取材協力者提供)
日本の治安の良さは中国でも広く共有されている
近ごろ中国メディアは、連日のように日本政府と高市早苗首相を批判し、「日本は軍国主義路線へと向かっている」と強い言葉で非難している。政府も国民に対し日本への渡航自粛を呼びかけ、代わりにロシア旅行を推奨している。
メディアの語りと民衆の感覚とのあいだには、すでに大きな隔たりがある。中国政府は渡航自粛の理由として「日本での中国人の安全確保」を挙げるが、その説明は多くの国民に冷静に受け止められているにすぎない。

30代中国人カップルは25年秋に白川郷を訪れた(写真:取材協力者提供)
日本の治安の良さは中国国内でも広く共有されており、「日本は危険だ」という当局の主張は、現実味を欠くものとして受け取られている。
中国のネット空間には、「今こそ中国人観光客が少なく、快適に旅行できる」という、皮肉を含みつつも合理的な声が広がっている。
SNSを駆使する若い層や富裕層のリピーターは、政府の自粛勧告にかかわらず、「行きたいから行く」というスタンスで日本を訪れている。
一部の中国人観光客は政治と日常を切り分けながら、日本を旅先として選び続けている。その姿は、ネット情報が爆発する時代に現代中国社会が示す1つの変化を象徴しているように思える。
2026年、中国人観光客について予測
政府の自粛呼びかけと外交関係が影響し、26年春節に中国人が日本を旅行する人は、例年より少なくなる可能性が高い。ただ、「まったく行かない」という状況ではない。
春節後も、中国からの訪日旅行は、全体としては低迷が続くと見込まれる。もっとも、その流れの裏側で、個人旅行は声高に語られることもなく、続いていくだろう。団体客の姿が目立たなくなっても、人と人との往来が完全に途絶えるわけではない。
訪日客数が本格的に回復するかどうかは、中国政府の対日姿勢に大きく左右される。政治の空気が冷えれば、旅行の数字もまた冷え込む。情勢次第では、回復までに想像以上の時間を要する可能性も否定できない。
たとえ今年、訪日する中国人観光客の数がごく一部にとどまったとしても、彼らが日本の本当の姿を自国に伝えてくれることを願っている。