「最近の電車はどれも同じ」は本当か?――画一化を嘆くファンが気づかない、メーカー5社の「先端戦略」とは

通勤電車が似てきた理由

 ここ数年、都市部を走る通勤電車に乗っていると、車両の見た目や乗り心地がどれも似通ってきたと感じることがある。外観は直線基調で凹凸が少なく、車内には薄くて硬めの座席が規則正しく並ぶ。走り出しも止まり方も穏やかで、音も控えめだ。かつては会社や形式ごとに、丸みを帯びた車体やステンレスの波板、モーターのうなりや空気の抜ける音など、乗ればすぐ分かる違いがあった。そうした記憶と比べると、最近の車両が均質に映るのも無理はない。

【画像】「えぇぇぇ!」 これが36年前の「成田駅」周辺です!(9枚)

 背景としてよく語られるのが、メーカー側で共通化が進んだことだ。事業者ごとに一から仕様を起こすやり方が減り、あらかじめ用意された共通のプラットフォームを使う。結果として外観や内装の差が縮まり、「個性が消えた」と受け取られる。そうした評価には、それなりの根拠があるようにも思える。

 ただ、少し立ち止まってメーカーの顔ぶれを眺めると、話はもう少し複雑だ。東急車輛を前身としJR東日本の系列に入る総合車両製作所、車両と信号・運行の分野を合わせて海外に広げる日立、関西を主戦場にしながら輸出案件も多い川崎車両、近鉄系の近畿車輛、中部に根を張る日本車輌製造。それぞれ歩んできた市場も、取引相手も違う。

 各社が積み上げてきた「標準」は、画一化の産物というより、地域の運行密度や設備条件、保守の体制に合わせて磨かれてきた結果に近い。どこで使われ、どんな本数で走り、どれだけの人手で面倒を見るのか。その前提が異なれば、目指す形も自然と変わる。出来上がった車両は似ているようでいて、実際には異なる考え方が染み込んでいる。

 表面だけを見ると差が消えたように映るが、個性がなくなったわけではない。会社ごとの事情に合わせた工夫が、メーカーごとのプラットフォームにまとめられただけだ。いまの車両は、その違いが外観ではなく、内側のつくりや運用の考え方として現れている。そんなふうに捉えたほうが、実態に近い気がしている。

1990年代以降の構造変化

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日立 A-trainを採用する東京メトロ副都心線車両と相鉄線車両(画像:写真AC)

 1990年代に入ってから、日本の鉄道車両づくりを取り巻く前提は少しずつ変わっていった。どれかひとつの要因が業界を揺らしたというより、複数の変化が重なり合い、気づけば従来のやり方では回らなくなっていた、という感覚に近い。

 まず目の前に現れたのは、更新の波だった。高度成長期の1960~1970年代に大量投入された車両が、ほぼ同じ時期に寿命へ近づく。各社とも置き換えを先送りできず、首都圏を中心に新車の発注が続いた。工場は途切れなく動くが、必要な編成数は膨大で、これまでの延長線上の進め方では追いつかない。更新が日常業務ではなく、経営課題としての重みを帯び始めた時期でもある。

 同じ頃、人手の問題が現実味を帯びてきた。熟練工の経験に頼ってきた製造や保守の現場では、技能の継承が思うように進まない。若い世代が減り、作業を覚える人が足りなくなる。ベテランの勘に頼る工程ほど、担当者が変わった途端に品質や納期がぶれる。再現性や計画性が損なわれることへの不安が、メーカーにも事業者にも広がっていった。人がいれば何とかなる、という前提が通用しなくなったのである。

 加えて、国鉄分割民営化がもたらした調達の変化も無視できない。かつては共通仕様でまとめてつくり、同じ形式を数多く並べるやり方が基本だった。民営化後は各社が個別に車両を考え、必要な分だけ発注する形に移る。結果として一形式あたりの数量は減り、種類は増えた。細かな要望に応えるほど手間がかかり、コストは上がる。メーカー側にとっても、事業者側にとっても、負担は軽くない。

 こうした動きが同じ時間帯に重なったことが厄介だった。更新は待ってくれないのに、担い手は減り、しかも車両の中身は複雑になる。従来の考え方やつくり方をそのまま続けるのは、現実的ではなくなっていった。現場の工夫だけでは吸収しきれず、やり方を見直さざるを得ない。1990年代以降のメーカーが直面したのは、そうした状況だった。

地域ごとに分かれた最適解

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日本車輛のN-QUALISを採用するJR東海315系(画像:写真AC)

 車両メーカー各社が打ち出してきた共通のプラットフォームは、似たような時代背景のなかで生まれながら、出来上がった姿は思いのほか違う。同じ更新の波にさらされ、人手が減り、要求は細かくなる。条件はほぼ共通なのに、答えはひとつに収束しなかった。どこに手間をかけ、どこを割り切るか。その重心の置き方が会社ごとに異なり、工法やものづくりの考え方の差として残っている。そうした違いは、各社が長年向き合ってきた地域の運行環境と切り離しては語れない。

 関東圏の鉄道を思い浮かべると分かりやすい。相互直通が当たり前で、列車は自社線のなかだけを走って終わらない。一本の編成が複数の事業者の線路をまたぎ、朝から晩まで高密度で動き続ける。ホームドアの整備や自動運転の導入、運行管理の更新も同時進行だ。車両だけ新しくすれば済む話ではなく、既存の設備や運行の仕組みと足並みをそろえなければならない。

 こうした環境では、形式ごとの細かな違いや、導入後の現場対応で帳尻を合わせる余裕がほとんどない。最初から条件をきっちりそろえた車両でないと、ダイヤが組めなくなる。更新を円滑に進めるには、ばらつきを極力減らし、扱いやすい車両を一定のペースで入れていく必要がある。

 総合車両製作所の「sustina」は、その現実を踏まえて形づくられてきたシリーズだ。製造や検修の作業をできるだけ簡潔にし、工程の負担を減らす。レーザー溶接や艤装のまとめ方の工夫は、品質をそろえながら、限られた人数と時間で大量の更新をこなすための手立てとして積み重ねられてきたものだ。現場での扱いやすさを優先した結果ともいえる。

 一方、日立の「A-train」は、車両だけに目を向けない。車体、内装、制御をまとめて考え、鉄道全体の仕組みと歩調を合わせる発想が強い。更新のタイミングで信号や運行管理との調整まで済ませ、後から追加の対応が出ないようにする。車両をひとつの部品としてではなく、システムの一部として扱う考え方が前面に出ている。

 同じ地域、同じ更新需要に向き合いながら、片方は作業の簡素化に軸足を置き、もう片方は全体との整合を重く見る。どちらも関東圏の条件に対する答えであり、その差がメーカーごとの個性として残っている。外から眺めると似た電車でも、内側にはそれぞれの積み重ねが詰まっているわけだ。

中部と関西の違い

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川崎車両のefACEを採用するJR西日本225系(画像:写真AC)

 中部圏に目を向けると、鉄道の風景は首都圏や関西とは少し様子が違う。JR東海、名鉄、名古屋市営交通がそれぞれの持ち場を固め、地域のなかで完結した輸送を担ってきた。路線同士が広くつながる相互直通は多くない。編成の組み方や車内設備の条件も、長い時間をかけてほぼ固定されてきた経緯がある。結果として、いったん導入した車両は大きな仕様変更を受けることなく、同じ前提のまま使い続けられていく。

 現場では、後から手を入れて細かく合わせ込む余地がそもそも少ない。自社線内で完結し、初期状態を保ったまま長期間走らせる。そうした使い方が前提になると、更新の場面で問われるポイントもおのずと変わってくる。導入後の工夫よりも、つくる段階でどれだけ安定して品質をそろえられるか。話題は自然とそこに集まる。

 日本車輌製造のN-QUALIS、いわゆる日車式ブロック工法は、その文脈で理解しやすい。側構体をいくつかのブロックに分けて製作し、工程を細かく区切ったうえで最後に全体を組み上げる。巨大な設備にすべてを依存する形ではなく、工程の置き方や作業の順番にある程度のゆとりが残る。工場の規模や持っている設備が違っても、同じ仕様の車両を計画どおり形にできる。中部圏のように、同一条件で長く使うことを前提とした更新のやり方とは相性がよい、そんな印象を受ける。

 一方で関西圏に入ると空気が変わる。「私鉄王国」といわれるとおり、事業者ごとの個性がはっきりしている地域だ。ただ、車両メーカーの側から眺めると、阪急を除けば、実際に主力を担ってきたのは川崎車両と近畿車輛の二社にほぼ集約される。競合区間が多く、利用者が路線や会社を選べる環境に置かれてきたため、車両には画一性よりも各社の色が求められてきた。ブランドの打ち出し方や運行の考え方、サービスの水準まで、違いが目に見える形で反映される。

 川崎車両は「efACE」という自社ブランドを掲げつつ、ステンレスかアルミかといった素材の選択を含め、細かな要望に応じられる余地を広く取っている。近畿車輛は特定のブランドを前面に出さない代わりに、調整力で応えてきた会社だ。関東でも、東武鉄道や東京メトロ日比谷線、都営三田線など、継続的な取引が強いとはいい切れない相手に対しても一括受注をこなしてきた実績があり、案件ごとの条件に合わせて形を変える対応力がうかがえる。

 両社に共通するのは、あらかじめ決めた仕様を押し通す姿勢ではない。事業者ごとの要求を無理なく落とし込み、外観や居住性、走り味に違いが出ても製造そのものは滞らせない。その積み重ねが、関西私鉄からの長い信頼につながってきたのだろう。地域ごとに異なる運用の前提と、それに応じたつくり方の差。車両メーカーの役割は、思っている以上に土地の事情と結びついている。

メーカー選択からの読み解き

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鉄道車両共通プラットフォームの解説。

 近年の鉄道車両を見ていると、どの会社の車両も似た顔つきに映る。外観も内装も大きな差がなく、昔のように一目で事業者名が分かる個性は薄れてきた、そんな感想を持つ人も少なくないはずだ。規格がそろい、共通化が進んだ結果だと説明されることも多い。

 ただ、現場の話を追っていくと、事情はもう少し複雑である。個性が消えたというより、その置きどころが変わった、といったほうが実感に近い。事業者ごとの差は表に出にくくなったが、代わりにメーカーごとの「型」にまとめられている。いわばメーカーのプラットフォームのなかに、各社の要望が折り重なる形で収まっている。

 こうした考え方は、突然生まれたものではない。地域ごとに異なる運行本数、線路条件、更新の周期、保守体制――そうした前提の違いに向き合いながら、無理なく量産できる方法を探るなかで、少しずつ形づくられてきた経緯がある。結果として、車両は見た目の派手さよりも、使い続けやすさやつくりやすさを軸にまとめられていった。

 だから、全国の鉄道会社がどのメーカーのプラットフォームを選んでいるかをたどってみると、別の景色が見えてくる。同じ形式名の裏側に、どんな運行条件があり、どんな更新の考え方があるのか。選択の積み重ねが、地域ごとの事情をそのまま映している。車両だけでなく、その背景にある判断まで目を向けたとき、鉄道の見え方は少し深くなる。そんな感触が残る。