学校は混乱必至、AI重視で高校の「数学」が変わる

入試に必要なければ、生徒は選ばないし学ばない, 系統性がある科目を再編して起こることとは, 必要なのは自分の頭で筋道を立てて考える力, 身近な事例と絡めた授業の魅力と難しさ

「やっと授業スタイルが決まったところでまた改訂……」と現場からは悲鳴も(写真:buritora / PIXTA)

今、中教審では日本の教育課程の基準である「学習指導要領」の改訂に向けた議論が進められている。前編では、この改訂に向けた議論の中で出された高校の数学で学ぶ内容の再編案について詳しくひも解いた。

【表】数学の科目構成 見直しのイメージ

はたして教育関係者は、社会インフラになりつつあるAIやデータサイエンス、数理科学の理論的・技術的基礎になる内容を高校数学で学べるようにする案について、どう見ているのか。

入試に必要なければ、生徒は選ばないし学ばない

「日本はAIの導入が遅れていますから、このコンセプトはいいと思います。ただ、いろいろな視点で見ることが大事だと思います」

こう話すのは、元公立高校の数学教員で、今は教科書の執筆や数学教員の養成を担っている名城大学教職センター教授の竹内英人氏だ。

入試に必要なければ、生徒は選ばないし学ばない, 系統性がある科目を再編して起こることとは, 必要なのは自分の頭で筋道を立てて考える力, 身近な事例と絡めた授業の魅力と難しさ

竹内英人(たけうち ひでと)名城大学教職センター教授/元愛知県公立高校教諭。現在は名城大学教職センター教授として、未来の中高の数学の教員を養成している。啓林館の中学、高等学校の数学教科書を著し、Focus Gold 代表執筆者。その他の著書も多数執筆している(写真:本人提供)

「新しい学習指導要領が導入されるたびに現場は対応に追われ、やっと授業スタイルが決まったところでまた改訂されます。共通テストをはじめとした入試の受験科目も変わることになります。

改訂のたびにあれもこれもと盛り込まれますから、現場の教員は教えきれず、生徒もいっぱいいっぱいになってしまいます。そのため、文科省が目指すような“じっくり思考力を高める学び”とは正反対の状況になっているのです」(竹内氏、以下同じ)

文科省が示した方針の中でも、特に混乱につながる可能性が高いのが、選択科目の数学A・B・Cの区分けの廃止だという。

◎数学の科目構成 見直しのイメージ

入試に必要なければ、生徒は選ばないし学ばない, 系統性がある科目を再編して起こることとは, 必要なのは自分の頭で筋道を立てて考える力, 身近な事例と絡めた授業の魅力と難しさ

(出所)文科省「高等学校の科目構成 並びに 算数・数学科の目標等 及び 高次の資質・能力について」 ※外部配信先では画像がうまく表示されない場合があります。その際は東洋経済オンラインでご覧ください

AIやデータサイエンス、数理科学に関わる行列やベクトル、統計、確率などの重要な単元が数学A・B・Cに散在してしまっているため、多くの生徒が学んでいない状況にあり見直しが検討されているのだ。

さらに学校の方針や生徒の関心に合わせて学ぶ内容を選択できるようにする方向で議論が進められている。

「数学A・B・Cの枠組みを外して選択履修になったからといって、教える量が減るわけではなく、実際は増えると思います。大学入試を考えなくてよいのであれば、生徒の進路実現に必要なものを選択すればいいのですが、やはり『目の前の共通テストや二次試験に出るか出ないか』が大事になってきます」

実際に、現在も学習指導要領が目指す理想と、入試という現実に向かう現場の実情では乖離が生じているという。

「今の学習指導要領では、数学Bの統計的な推測が必須単元となっておらず選択の内容になっています。統計はデータサイエンスに必要なため、国策としても全員に学んでもらいたい内容なのですが、共通テストでは選択しなくてもよく、二次試験で統計を出す大学はほとんどありません。

そうなると、ただでさえ数学の勉強が大変な理系の生徒は統計を選びませんから、教えない学校も出てきます」

系統性がある科目を再編して起こることとは

次の学習指導要領の方針では、必履修の数Iにも行列やベクトル、統計などを入れるという案が出されている。

AI等の基盤となる内容を含め、高校卒業時に身に付けるべき数学的素養の基礎を学ぶ内容の新設が検討されているのだ。

「数Iで教えるにしても、数学A・B・Cをまとめた新科目の単元を学校や教員が組み合わせて教えるにしても、現場の負担は大きいはず。どう組み合わせるか考えるだけでも大変ですから。これまでも『その場に応じて』という現場調達主義はうまくいきませんでした」

現行の高校数学は数学I・II・III、数学A・B・Cにそれぞれ系統性があり、生徒の発達・学習段階に応じて順番に教えやすくなっている。「その枠組みがなくなれば現場はかなり混乱するだろう」と竹内氏は危惧する。

教科書を作る側にとっても、数学A・B・Cが1つの科目になれば影響は大きいようだ。たとえ新しい内容を書き加えることはなくても、教科書の構成を変えざるを得ないからだ。

「これまでの教科書は数学I・II・III、数学A・B・Cの6冊に分かれていて作りやすかったのですが、枠組みがなくなれば難しくなりますね。数学A・B・Cの内容を1つにまとめるのであれば、内容をうまく組み合わせて作らないと、その教科書は採用されなくなります。教科書会社にとって、まさに雲を掴むような問題だと言えるでしょう」

必要なのは自分の頭で筋道を立てて考える力

学習指導要領は10年単位で使われるものであり、改訂に向けては何年も前から内容について検討する。

しかし、今のように変化が激しい時代には、新しい学習指導要領を使い始める頃には社会が大きく変化し、さまざまなギャップが生じている可能性もあり難しさがある。

「代数・幾何があった時代にはきちっと行列を学ぶことができていました。しかし、次第にその内容が薄くなり、AIを学ぶうえでは不十分なので、昔のレベルに戻す、というのが今回の方針です」

これからの社会では、誰もがAIと無縁ではいられなくなるはず。しかし、AIに必要な行列などは、今までは主に理系の生徒が学んでいた内容のため、文系の生徒には敬遠されかねない。

「よく『AIに使われる人間になるのか、それとも使いこなす人間になるのか』と言われますが、単に行列やベクトルの知識を学んだだけでは、AIを使いこなせるようにはなりません。

数学は論理を学ぶ学問であり、『なぜこうなるのか』を、筋道立てて考えることが目標となります。それは生成AIでも同じ。例えばChatGPTを使う時に必要なのは、行列やベクトルといった知識ではなく問いの立て方、つまりプロンプトの入れ方なのです」

例えば、同じ問題について生成AIに尋ねるにしても、単に「答えを教えて」と尋ねるか、自分で解いたうえでわからない部分を詳しく尋ねるか。それによって生成AIの返答は大きく異なる。論理的にプロンプトを入力できることが重要であり、自分の頭で論理的に考える力を数学で学ぶべきだという。

身近な事例と絡めた授業の魅力と難しさ

「ほとんどの教員は『いい授業=わかりやすい授業』と思っています。しかし、知識ベースの授業はAIやデータベースに取って代わられ、教員には今後、『数学への動機づけをする授業』が求められていくでしょう。

その意味では、今回の再編案はいいと思いますが、『数学への動機づけをする授業』が実際にできるかどうかはまた別の問題です」

生徒が数学に興味を持てるよう、次の学習指導要領の方針を示す文科省の資料には、「ローン金利」や「ゲームのガチャの確率」など、日常の身近な例と数学を結びつけるような学びの事例も挙げられている。

「そうした授業は単にわかりやすいとか、受験に役立つといったレベルを超え、日常生活と数学の結びつきや指導法を深く理解していないとできませんから、教員側に相当な力量が求められるでしょう。

社会や企業では数学のどんな知識が使われているのか、仕事をするうえではどんな能力が求められるのか知ることも必要ですが、それを教員が教えるのは難しいもの。文科省と企業が協力して『この業界の最先端ではこんな数学の知識を使っている』『ここを学んでおくといい』と示すのもいいかもしれませんね」

数学も、自分の頭で考えることも、本来はとても楽しいことだと竹内氏は語る。今の子どもたちは、どんな道に進むにしてもAIと共生する社会で生きることになるだろう。大人たちがこれまで経験してこなかった未来に生きる子どもたちのための学習指導要領の動向から目が離せない。