じつは「がんに偶然は、あり得ない」…アインシュタインが放った「神はサイコロを振らない」という文言を裏付けた、腫瘍サンプルの大規模解析。その驚くべき結果
先端医療装置に支えられた外科手術、大幅に進歩した化学療法など、華々しい最新の治療法が開発されている「がん」の治療。しかし、残念なことに現在も、多くの先進国で死因トップに君臨し続けるのはがんです。
がんは遺伝などの先天的な要因より、日々の「習慣」に大きく左右されることが明らかになってきており、がん対策の決め手は「予防」であると言われています。しかし、必要だとわかっていても習慣のコントロールはなかなか難しいものです。
患者が後悔するのをもう見たくない――この切実な思いから、新しい概念「がん活」を勧めるのが、内科医師で、大阪公立大学教授の川口知哉さん。
川口さんがこの度出版した著書『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』では、退屈で面白くないがん予防の習慣を、賢者たちの「名言」を支えにして前向きに、軽やかに行う、というユニークなもの。では、「名言でがん予防」とは、いったいどういう方法なのでしょうか。
今回は、科学とがんの本質について理解を深めることについての解説をお届けします。
一見偶然に見えるような事象も、じつは深い法則性にもとづいているというのが自然科学です。がんという疾患にも当然、因果律が隠されています。がんの因果律をわきまえ、予防に活かす考えを名言から考えてみます。
*本記事は、『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
科学は偶然と必然を峻別する
人間の寿命は短い。しかし、その短い時間の中で、自然のしくみや宇宙の構造について学ぶことは、私たちの存在をより深く理解し、行動を選択するための道しるべとなる。
前回の記事でも登場した、20世紀を代表する哲学者ラッセルは、科学的知識を学ぶことの醍醐味をこのように言い表している。
私たちは、それぞれ、この世にそう長いこといるわけではない。 そこで、短い生涯のうちに、この不思議な惑星とその惑星の宇宙において占める位置について、わかる事は何でもわきまえておく必要がある。知識を身につける機会があれば、たとえ不完全なものであっても、それを無視するのは、劇場へ行って芝居を見ないのと同じである。
バートランド・ラッセル
(1872-1970 イギリスの哲学者・論理学者。ノーベル文学賞受賞)

バートランド・ラッセル photo by gettyoimages
自然は私たちの想像をはるかに超える規模で動いている。その法則を解き明かす営みが科学である。科学を無視することは、まさに「芝居小屋に足を運びながら舞台を見ない」ようなものであり、人生に与えられた機会を軽視することに等しいというのだ。
見かけの偶然も、深い法則性にもとづいている
そして科学は、偶然と必然を峻別(しゅんべつ)することで、私たちには見えにくい因果をも明らかにしてくれる。ときに冷たく無機質にも見える科学は、実際には、私たちが未来を変えるために必要な道しるべを与えてくれるものである。
どんな条件であれ、私には確信がある。神は絶対にサイコロを振らない。
アルベルト・アインシュタイン
(1879-1955 ドイツ生まれの理論物理学者。ノーベル物理学賞受賞)

アルベルト・アインシュタイン photo by gettyimages
「20世紀最大の物理学者」と称されるアインシュタインは、チューリッヒのスイス連邦工科大学で物理学を学んだあと、スイス特許局の技師として働いていた1905年、光量子仮説、ブラウン運動、特殊相対性理論といった革命的な論文を次々に発表した。 20代半ばの青年が一人で近代科学の地図を大きく塗り替えたこの年は、「奇跡の年」と呼ばれている。
1921年には光電効果の研究でノーベル物理学賞を受賞し、のちには一般相対性理論を完成させることで宇宙観を根底から変革した。ドイツでユダヤ人迫害が始まると米国に亡命してプリンストン高等研究所に籍を置き、物理学の巨人であると同時に平和主義者、人道主義者としても世界に強い影響を与えた。
この「神はサイコロを振らない」という言葉は、自然界の背後には必ず因果律があり、見かけの偶然も、じつは深い法則性にもとづいているという彼の確信を表している。科学は厳然たる因果の積み重ねで成り立っていることを強調しているのだ。
近年、その「因果」を生命科学において、分子レベルで読み解く鍵となったのがヒトゲノム解析である。
がんは「遺伝子変化の集合体」だった
2003年に国際ヒトゲノム計画(Human Genome Project)が完了したことで私たちは、人間の「設計図」を初めてほぼ完全に手にした。がん細胞のDNAを、正常細胞のDNAと比較すれば、どの遺伝子にどんな変化(変異)が起き、どの経路が狂いはじめたのかを読み取ることができるようになったのである。
この成果をさらに大規模に発展させたのが、米国主導の国際プロジェクト「TCGA」(The Cancer Genome Atlas)である。
2006年に始まったこの計画では、最終的に33種類のがん、約1万1000例以上の腫瘍サンプルが解析され、がん種ごとのゲノム変異、エピゲノム、RNA発現、タンパク質発現に至るまで統合的な「分子地図」が構築された。がんの種類ごとに、どの遺伝子が変化しやすいか、どの経路が異常をきたすかを網羅的に明らかにしたのである。その結果、驚くべきことがわかった。

がんの種類ごとに、どの遺伝子が変化しやすいか、どの経路が異常をきたすかを網羅的に明らかにした。そこからわかったこと、とは illustration by gettyimages
同じ臓器のがんでも、遺伝子の変化パターンは患者ごとにまったく異なっており、たとえば一口に「肺がん」といっても、遺伝子学的にはじつに多くのサブタイプが存在することが判明したのである。
つまり、がんは単一の病気ではなく、「遺伝子変化の集合体」として理解すべきものだったのだ。
原因と結果の鎖を一つずつ明らかにすることが、がんの予防につながる
運まかせの僥倖(ぎょうこう)など道理に合わないものとして退け、神の法官たる「原因」と「結果」を相手にするべきである。
ラルフ・ウォルド・エマーソン
(1803-1882 米国の思想家・詩人)

ラルフ・ウォルド・エマーソン photo by gettyimages
エマーソンは19世紀米国における代表的な思想家である。牧師として出発した彼は、やがて伝統的宗教の枠を離れ、自然と人間精神の調和を重視する思想を展開した。
すでにエマーソンは、人間は自然の摂理に従い、因果律を尊重して生きるべきだと説いていた。この言葉が示すのは、幸運に身を委ねるのではなく、結果には必ず原因があるのだから、その因果を探究する姿勢こそが人を成長させるということである。この思想はのちのアインシュタインらの科学的態度の核心にも通じるものだ。
偶然を偶然のまま放置せず、その背後に潜む法則を明らかにする。その姿勢はまさに、がん研究にも不可欠であることがわかってきた。喫煙と肺がん、感染と胃がん、肥満と肝がん。明らかになったそれらの関係一つひとつが、因果律を実証しようとする長年の研究の成果であり、「神の法官たる原因と結果」に光を当ててきた歴史そのものである。
エマーソンの言葉をあらためて嚙みしめれば、がんの予防もまた、運命を神のサイコロに委ねるのではなく、原因と結果の鎖を一つずつ明らかにして、未来を変えるべき営みであることが理解できるだろう。
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次回は、「がんは進化するのか」という新しいがん研究の動向と、それを「がんの予防」にどう生かすべきかを、名言とともに考えていきます。
「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」
華々しい治療法が開発されている現在も、がん対策の決め手は「予防」だ。地道で面白くない習慣を続けるには、先人の「名言」が効く!