先頭の「デッキ」が大迫力、旧型電気機関車の記憶

輸入から始まった電気機関車の歴史, EF53形やEF10形「大型機」の活躍, 「ゴーナナ」か「ゴーハチ」か, 「戦時型」EF13形と戦後生まれのEF15形, デッキ付きは「昭和の電気機関車」の顔

EF57形電気機関車が牽引して東北本線の蒲須坂付近を走る上野行き普通列車。先頭部の「デッキ」が迫力ある外観だ(撮影:南正時)

電化区間で客車や貨物列車の先頭に立って活躍する電気機関車。今ではスマートな箱型の車体を思い浮かべる人が多いだろう。だが、戦前から戦後すぐの時期までは、先頭に手すりの付いた「デッキ」を備えた形がほとんどだった。

【貴重な写真はこちらから】▶東北本線で急行「津軽」や「十和田」を牽引した豪快なスタイルのEF57形▶青梅線で長く活躍したED16形▶上越線の主だったEF15形・EF16形など▶国鉄時代に活躍した「デッキ付き」の旧型電気機関車たち

旧型の電気機関車は動輪の前に「先輪」と呼ばれる車輪があるのが一般的で、その上にデッキを設けたスタイルが多く、これが運転室の出入口にもなっていた。迫力ある外観は、後年の近代的な電気機関車とは異なる勇壮な魅力があった。

今回は「デッキ付き電気機関車」の時代を振り返ってみたい。

輸入から始まった電気機関車の歴史

日本の本格的な電気機関車時代の始まりは大正時代の末期である。東海道本線の電化によって本格的な電気機関車が必要になるため、当時の鉄道省(国鉄)はヨーロッパやアメリカから輸入して技術の導入を図った。それらの多くは、車体の前面にデッキのある形態だった。これらを参考に、昭和時代に入ると国産機が開発されることになる。

【写真】東北本線で急行「津軽」や「十和田」を牽引した豪快なスタイルのEF57形、青梅線で長く活躍したED16形、上越線の主だったEF15形・EF16形など、国鉄時代に活躍した「デッキ付き」の旧型電気機関車たち。デッキ付きだった時代のEF58形や、昭和20年代の東海道本線を走るEF53形などの珍しい写真も

当時輸入されたものでは、1923年にアメリカから輸入されたGE(ゼネラル・エレクトリック)製のED11形や、次いで輸入されたED14形などが知られる。いずれも後に国鉄から私鉄に譲渡され、ED14形は比較的近年まで近江鉄道(滋賀県)に残っていた。

昭和に入って誕生した国産初の大型電気機関車は、1928年に誕生したEF52形だった。続いてEF52形を小型化した貨物用の中型電気機関車、ED16形が1931年に誕生した。

ED16形は、東京都内で1980年代まで活躍が見られたデッキ付き電気機関車だ。中央本線の浅川(現在の高尾)―甲府間と上越線清水トンネル区間の電化用として登場し、戦後は昭和40年代に全機が立川機関区に配属され、青梅線と南武線の貨物列車牽引にあたっていた。

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立川機関区にたたずむED16形のトップナンバー、1号機(撮影:南正時)

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石灰石輸送の貨車を牽引して青梅線の軍畑鉄橋を渡るED16形(撮影:南正時)

【写真】今とは別世界?ED16形が牽引する貨物列車と旧型電車が走っていたころの青梅線

筆者も昭和40年代後半から50年代にかけて、青梅線の奥多摩で産出される石灰石輸送の貨物列車の先頭に立つED16形を追った。

登場以来53年も活躍した長寿のED16形はその功績を称え、1号機が青梅鉄道公園(リニューアル工事で休園中、2026年3月21日開園予定)で静態保存されており、国の重要文化財にも指定されている。

EF53形やEF10形「大型機」の活躍

その後、1932年には戦前を代表する旅客用の大型電気機関車、EF53形が登場した。当時すでに電化されていた東海道本線の東京―熱海間の旅客列車、とくに特急「富士」「つばめ」や、急行列車などの優等列車の牽引に使用された優秀機だ。

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東海道本線で活躍していた当時のEF53形。由比付近にて=1954年(写真:大塚康生)

戦後は1963年以降、山陽本線瀬野―八本松間の急勾配区間、通称「瀬野八」の補助機関車用に改造されEF59形を名乗るようになり、限られた区間での運用ながらこちらも1980年代まで活躍が見られた。

EF53形と同時期には、大型の貨物用機関車としてEF10形も登場した。1934年に丹那トンネル開通の際に熱海―沼津間の貨物列車に投入され、初期型はEF53形などと同様にリベットのある角ばった車体、中期型は丸みのある溶接構造、そして後期型は角ばった溶接構造と車体外観がそれぞれ違った。戦後、関門海底トンネルで使用された車両は海水による錆びを防ぐため、外板をステンレスに張り替えたことでも知られる。

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品川駅付近を走るEF10形重連の貨物列車(撮影:南正時)

【写真】EF10形は飯田線でも活躍。新型のED62形と豊橋機関区で並んだEF10形

EF57形の思い出

本線で客車を牽引して長らく活躍したデッキ付きの電気機関車といえば、末期の東北本線での運用で知られたEF56形とEF57形、とくにEF57形であろう。

EF56形は、EF53形を基本として1937年に登場した。当時、客車の暖房にはボイラーを積んだ「暖房車」を連結する必要があったが、EF56形は「蒸気発生装置」を搭載し、暖房車の連結を不要とした画期的な電気機関車だった。戦後は東北本線の直流電化区間で荷物列車を牽引し、旅客列車の面目を保ちながら関東平野を疾走した。

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荷物列車を牽引して東北本線を走るEF56形=1973年(撮影:南正時)

次いで1940年に登場したのが、戦前の旅客用電気機関車のラストを飾ったEF57形である。1号機とその後の2~15号機は外観が異なるのが特徴で、1号機以外はパンタグラフが車体の前面より前に突き出した独特のスタイルとなった。これはほかの電気機関車には見られない形で、大きなデッキとともに力強い印象を与えた。

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東北本線・白岡―蓮田間の元荒川鉄橋を渡るEF57形牽引の客車列車=1974年2月(撮影:南正時)

【写真】EF57形は1号機だけパンタグラフの位置が異なり、まったく違うイメージだった。1号機が牽引する急行「八甲田」の勇姿

当初は特急「つばめ」や急行列車の先頭を飾って東海道本線を力走したが、戦後1960年代に宇都宮機関区に移り、東北本線黒磯―上野間の旅客列車の牽引にあたった。優等列車牽引機としての伝統を受け継いで急行「津軽」「八甲田」などの先頭に立ち、1978年の全機引退まで活躍を続けた。

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EF57形は1号機だけ大きく外観が異なり、パンタグラフが車体の中央寄りにあった(撮影:南正時)

【写真】東海道本線で活躍していた時代のEF57形

当時の鉄道ファンには「ゴーナナ」の呼び名で親しまれ、その活躍は今も語り草としてファンの心に焼き付いている。筆者もその一人で、蒸気機関車撮影の合間に関東平野を疾走するEF57形を追ったものだった。

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上野駅の地平ホームにたたずむEF57形。側面に飛び出した電気暖房表示灯が点灯している。右には583系寝台電車の姿も(撮影:南正時)

「ゴーナナ」か「ゴーハチ」か

この頃、東北本線のEF57形は、流線形車体の次世代機であるEF58形と共通運用だった。沿線でカメラを構えて待っていてもどちらが来るかはわからず、「ゴーナナかゴーハチか?」と当時の「撮り鉄」たちをやきもきさせた。その後大人気となったEF58形だが、当時はまだ各地で見られた電気機関車であり、「ゴーナナ」が来ると拍手喝采だった。

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EF58形(右)とEF56形の重連が牽引する荷物列車(撮影:南正時)

EF58形についても少し触れておきたい。デッキ付きとは一線を画す流線形車体で知られるEF58形だが、終戦直後の1946~48年に造られた初期車は従来の電気機関車同様、デッキ付きの角ばった車体だった(2025年9月19日付記事『「EF58形」長距離列車を牽引した電気機関車の軌跡』参照)。これを流線形の車体に改造した際、元の箱型車体を譲り受けたのがEF13形だ。

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有楽町付近を走る、デッキ付き時代のEF58形とEF56形の重連が引く客車列車(写真:大塚康生)

「戦時型」EF13形と戦後生まれのEF15形

EF13形は中央本線など首都圏で1970年代まで活躍したが、この機関車は戦争末期の1944年に登場した戦時型で、当初は資材を極力節約するため、車体を極力短くした異様な「凸型」スタイルだった。極端な節約機関車のため乗務員用の暖房もなく安全装置にも一抹の不安を抱きながらの乗務であったという。元EF58形の車体に変わったことで戦時型ながら戦後も長く活躍し、1979年に全機廃車された。

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東北本線東大宮付近を走るEF13形牽引の貨物列車(撮影:南正時)

国鉄のデッキ付き機関車は、基本的に戦前から戦中、そして終戦直後にかけて造られており、その後はデッキや「先輪」のない近代型に移行していった。実質的に国鉄が新造した最後のデッキ付き電気機関車となったのがEF15形だ。

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上越線渋川付近を走るEF15形のサイドビュー(撮影:南正時)

【写真】機関区で捉えたEF15形の勇姿。貨物用として首都圏や関西で長く活躍した

EF15は終戦直後の輸送需要に対応するために開発された貨物用機関車で、1947~1958年に202両が製造された。1980年代になってからも首都圏や高崎・上越線、関西では阪和線や紀勢本線で見ることができたため、ファンには親しまれた機関車だった。上越線では勾配区間用として回生ブレーキ付きに改造されたEF16形との重連での活躍も思い出深い。

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EF16形とEF15形の重連が牽引する上越線の貨物列車(撮影:南正時)

その両数の多さから、EF15形はデッキ付き貨物用電気機関車の代表格であり、デッキ付きのラストを飾った機関車でもあった。東日本では1985年まで活躍し、最後まで残った阪和線・紀勢本線では国鉄の最末期、翌年にJR発足を控えた1986年11月のダイヤ改正まで走り続けた。

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紀勢本線湯浅付近を走る晩年のEF15形。奥に特急「くろしお」381系の姿が見える(撮影:南正時)

【写真をもっと見る】東北本線で急行「津軽」や「十和田」を牽引したEF57形、青梅線で活躍したED16形、貨物機のEF10形やEF15形、数奇な運命をたどったEF18形など、国鉄時代に活躍した「デッキ付き」の旧型電気機関車たち。デッキ付きだった時代のEF58形や昭和20年代の東海道本線を走るEF53形などの珍しい写真、そして電気機関車黎明期の輸入機も

デッキ付きは「昭和の電気機関車」の顔

デッキ付き電気機関車は、まさに「昭和の電気機関車」として一世を風靡し、戦後も長らく近代型の機関車に伍して活躍を続けた。1980年代まで現役だった車両も多いが、筆者は迫力あるスタイルで優等列車の牽引にあたっていたEF57形の引退が、デッキ付き電気機関車時代の終焉の花道を飾ったと思っている。

最後に、この記事に掲載している1950年代などの古い電気機関車の写真は、筆者の鉄道写真とアニメーション界での大先輩である著名アニメーター、故大塚康生さんの遺作をデジタル化して受け継いだ作品であることを記しておきたい。