台湾有事の高市発言──1972年の断交を知る「歴史の証人」が語る日台の絆と日中危機

日台交流の第一人者・松本彧彦(あやひこ)氏

日台「実務外交」の第一人者

「中国の最近の振る舞いには、正直なところ感心しません。言葉の端々を捉えては攻撃の材料を探しているようで、もっと大人の風格を持って対応していただきたいと感じます。高市総理が当然の認識を述べただけで、あのように過剰に反応される様子には、いささか呆れてしまいますね」

そう語り、苦笑いを浮かべるのは、元自民党職員の松本彧彦(あやひこ)氏(86)である。

昨年11月、高市総理が国会答弁で「台湾有事は存立危機事態になり得る」と明言して以来、日中関係はかつてない冷え込みを見せている。中国によるレアアースの輸出制限や日本への渡航自粛勧告。「2026年外交危機」と呼ばれる荒波のなか、日本はどう舵を取るべきか──。半世紀以上にわたり日台関係の最前線に立ち続けてきた「歴史の証人」松本氏に話を聞いた。

現在、「日台スポーツ・文化推進協会」の理事長を務める松本氏の経歴は、戦後日本が歩んだ対台湾外交の裏面史そのものと言っても過言ではない。

東京都に勤務していた松本氏の転機は、1964年のヨーロッパ旅行中のこと。当時は容易ではなかった東ベルリン入りを敢行したことに始まる。

壁の向こう側で抑圧された社会を目の当たりにし、自由の大切さを痛感。帰国後、都を退職して自民党本部に飛び込み、青年局や幹事長室で辣腕を振るった。

1967年には、後に総理大臣となる小渕恵三氏を会長に据えた「日華青年親善協会」の事務局長に就任し、台湾との本格的な交流を開始する。1972年の日中国交正常化の結果、日台断交という事態に陥った際には、当時の自民党副総裁だった椎名悦三郎特使の秘書として現地入りしている。その後も、運輸大臣、労働大臣の秘書官、そして海部俊樹総理の秘書役を歴任。2011年には、日本人として初めて中華民国外交部より「外交奨章」を授与されるなど、名実ともに日台交流の第一人者として認められている。そんな松本氏の目に、2026年の今の状況はどう映っているのだろうか。

「有事」の本質──ミサイルよりも恐ろしい内部工作の影

現在の日本国内では、台湾有事=武力衝突として議論されているが、松本氏はそうは見ていない。事態の本質は、軍事侵攻以上に「内側からの侵食」にあるという。

「中国の習近平国家主席は、軍事力によって台湾を物理的に破壊し、統一することのメリットは乏しいと考えているはずです。むしろ真に恐ろしいのは、台湾内部や日本国内の世論を分断させ、自壊に追い込むような工作です。昨年末、中国は台湾本島を取り巻く大規模な演習を行いましたが、あれは純粋な軍事行動というよりも、恐怖心を植え付けるための演出であったといえるでしょう。そうして人々の不安を煽り『中国に従ったほうが得策だ』という空気を醸成する。これこそが、彼らの狙うハイブリッド戦略なのです」

そんな中国の思惑は、当然ながら台湾の政界にも及んでおり、現状、台湾政治は「機能不全」に近い状況なのだという。

「今の台湾の立法院(国会)の構成を見れば一目瞭然ですが、与党・民進党が少数派に転落し、野党・国民党が親中化の傾向を強めるという深刻な『ねじれ』が生じています。この政治的な停滞により、頼清徳総統が国防強化を打ち出しても、国会での国防予算案の審議が滞り、成立が大幅に遅れるといった事態が繰り返されています。

それだけではありません。台湾社会にはすでに中国からの工作員が相当数入り込んでいると言われています。彼らは市民生活の中に紛れ込み、『中国と一緒になったほうが豊かになれる』といった甘い言葉を囁き、世論を巧みに誘導・洗脳しているのです。現地の人々は『ミサイルよりも内部からの崩壊が怖い』と言っています。こうして内側からガタガタにされ、いつの間にか国としての抵抗力が失われてしまうことに、強い危機感を持っているのです」

また、こうした「見えない侵食」は、当然、日本社会にも影響している。

高市総理の発言を執拗に捉えて攻撃する中国側の態度は、日本国内に政治的・社会的な分断を生ませ、国家としての抑止力を削ぐ狙いがあるのだと松本氏は警告する。

日台の絆が日本の「生命線」と言われる背景には、地政学上の非常に現実的な理由がある。台湾海峡は日本が輸入するエネルギーや食料の多くが通過する要衝であり、もしこの海域の制海権を失えば、日本は存亡の危機に立たされる。

「中国の狙いは、台湾だけでなく当然尖閣(せんかく)諸島も含まれています。東シナ海から台湾海峡を経てインド太平洋に繫る海域の制海権を取ろうとしている。もしここを押さえられてしまえば、日本の国民生活は完全に中国に牛耳られてしまう。高市総理が『台湾有事は日本の有事』であることを認めているのは、日本にとっては極めて当たり前なのです」

自由という価値を共有するパートナーの喪失は、沖縄だけでなく日本全体の安全保障を危うくするのだ。

親日の理由──裏切りを超えた信頼と最強の抑止力

しかし、これほど重要なパートナーである台湾に対し、日本はかつて大きな「負い目」を作った過去がある。

1972年、当時の田中角栄政権は中国との国交正常化を選択し、長年友好関係にあった台湾(中華民国)との関係を切り捨てた。外交上、これ以上ない「不義理」を日本は台湾に対して行ったのである。現在も両国の間に正式な外交関係は存在せず、法的には今なお”断交状態”のままなのである。

そんな日本の「不義理」に対し、台湾の人々は石を投げるどころか、世界のどの国よりも親日である。断交の国同士でありながら極めて友好関係にある両国。国際政治の常識では説明がつかないこの不思議な関係の原点を、松本氏は蔣介石総統が遺した『以徳報怨(徳を以て怨みに報いる)』の精神に見る。

「現在、台湾国内では、当時の厳しい統治を主導した指導者として、蔣介石総統への歴史的評価が分かれている側面もあります。しかし、日本という国家が歩んだ戦後史の文脈に照らせば、その存在は極めて大きな意味を持ちます。そもそも日本の今の繁栄は、台湾(中華民国)に助けられたから、と言えるのです。1945年の終戦当時、中国大陸を統治していたのは蔣介石氏率いる中華民国でした。敗戦国となった日本は、本来であれば戦勝国である彼らから、苛烈な報復や巨額の賠償を請求されてもおかしくない立場に置かれていたのです。

しかし、蔣介石氏が示した『以徳報怨(徳を以て怨みに報いる)』という寛大な処置により、大陸にいた日本人は無傷で帰還でき、賠償も放棄された。あの時、もし中華民国政府が怨みを以て報いていれば、焼け野原から日本が早期復興を遂げることは、あり得なかった。それほどの大恩がありながら、日本は1972年に、国際情勢の中での苦渋の選択とは言え、断交を選んだのです。当然、中華民国(台湾)からすれば、日本から後足で砂をかけられる形となりました」

松本氏は、こうした歴史的経緯があるからこそ、台湾の人々が持ち続ける親日感情は、日本人が想像する以上に高潔なものであると説く。

「日本に裏切られたという歴史を背負いながらも、多くの台湾の人たちは、日本統治時代に築かれた近代医療制度、義務教育、台湾大学に連なる高等教育、鉄道・発電所・上下水道といった生活基盤を、単なるインフラではなく 『心のインフラ』 として恩義とともに語り継いでくれています。日本が台湾に残したこれらの制度は、台湾の近代化の土台となり、『日本は搾取ではなく生活を向上させようとした』という記憶として、世代を超えて受け継がれている。その精神の表れが2011年の東日本大震災で、台湾から寄せられた桁外れの義援金です。日本の誠実な行動の積み重ねが生んだ絆なのです」

互いに支え合ってきた深い信頼関係がある。松本氏は、日本のリーダーが「台湾有事=日本有事」と明言することの重要性を改めて強調する。

「日本の政治家がこの言葉を口にすることは、台湾にとって『日本は味方である』という強いシグナルになる。軍事的な衝突を避けるためには、心理的・政治的な抑止力が重要です。日本と台湾の国民同士の絆が深ければ深いほど、中国は手を出しにくくなる。外から見て、日台は深く結びついていると思わせること。それこそが、目に見えない最強の抑止力となるのです」

高まる軍事的緊張を前に、日本はどう振る舞うべきか。松本氏がたどり着いた結論は、ミサイルの配備や法整備以上に、「強固な絆」を見せつけることだった。

1972年からの断交という外交的な壁を乗り越えてきた日台の絆。第二次高市政権が本格始動した今、半世紀以上の歴史を背負った松本氏の分析は、台湾海峡で起きている摩擦の解決策の糸口を示しているのではないだろうか。

1972年3月。左が蔣経国(3代目総統。当時は行政院副院長)、中央は通訳で、右が松本氏。行政院(日本の内閣に相当する機関)の執務室にて

’25年5月、戦前、台湾の水利事業に貢献した八田與一の命日式典で、頼清徳総統と抱き合う松本氏

御歳86歳の松本氏。中国への見解を忌憚無く語ってくれた

取材・文:酒井晋介