「中国人観光客の減少」で本当に懸念すべきこと

一部の中国人観光客は依然として訪日する, 中国人に人気の海外旅行先, 「心の距離もどんどん離れてしまう」, インバウンド消費だけではない“懸念”

中国は長年にわたり、規模と消費額の両面で日本のインバウンド市場で大きな存在感を放っていた(写真:mits/PIXTA)

中国の旧正月・春節に伴う大型連休が、2月23日に終了した。今年の春節期間中の訪日客は、前年比で大きく落ち込む見通しだ。

【写真を見る】春節期間中の忍野八海では、中国語もよく聞こえたという

「日本離れ」の背景には、いくつかの要因がある。日中関係の冷え込みに加え、中国政府が「治安の不安定さ」を理由に渡航自粛を呼びかけたことが決定打となった。

かつての「爆買い」の熱気は、政治の季節と情報の波に押し流され、今や遠い昔の光景となりつつある。

一部の中国人観光客は依然として訪日する

今年の春節、団体ツアーに代わって主流となったのは、個人旅行者たちだった。なかでも目を引くのは、日本のアニメや伝統文化を愛するリピーター層だ。

春節に富士山麓を訪れた在日中国人の友人も、周囲に中国語がよく響いていたと話す。とりわけ忍野八海のような景勝地では、その姿がひときわ多かったという。「体験の価値」を重んじる人々が、日本を再発見し続けているのだ。

一部の中国人観光客は依然として訪日する, 中国人に人気の海外旅行先, 「心の距離もどんどん離れてしまう」, インバウンド消費だけではない“懸念”

春節期間中の忍野八海では、中国語もよく聞こえたという(写真:取材協力者提供)

とはいえ、中国政府による渡航自粛勧告以降、多くの人気観光地では、かつての喧騒が嘘のように中国人観光客の姿が減っている。

免税売上や百貨店の高額消費は落ち込み、一部店舗では売上が数割減ったという。航空便のキャンセルやホテル予約の減少も重なり、観光業全体に影響が出ているようだ。

中国人に人気の海外旅行先

中国人観光客の海外旅行熱はかつてない高まりを見せているが、その行き先には明確な変化が生じている。

定番だった日本に代わり、今、脚光を浴びているのは東南アジアだ。タイ、マレーシア、シンガポールといったビザ免除措置を打ち出した国々への旅行者が急増しており、特にタイでは直行便の需要が爆発。航空券価格が高騰するほどの活況を呈している。

隣国の韓国も根強い人気を誇る。ショッピングや伝統文化の体験を目的とした層から引き続き高い支持を得ている。

より身近な香港やマカオで旧正月を過ごす人も多い。近場だけにとどまらず、オーストラリアやヨーロッパ(スペイン、イタリアなど)への長距離旅行も増えているようだ。

総じて今年の春節は、東南アジアを中心とした近距離圏が主流となりつつも、目的地が多様化し、より個人の価値観に沿った旅の形が鮮明となった。

中国政府による日本への渡航自粛の呼びかけは、いつまで続くのだろうか。

この問いの答えは、単なる観光政策の枠を超え、日中関係の温度を測る「政治的シグナル」そのものである。「注意喚起」という名の足止めは長期化するリスクを孕んでいる。

ただし、中国人の本音は決して一枚岩ではない。

「政府の方針には従わざるを得ない」「この時期の訪日は控えるべきだ」という声もある一方で、若年層や個人旅行者の間では「政治と旅行は別物」という冷めた感覚も広がっている。

「心の距離もどんどん離れてしまう」

今年の春節にも日本を訪れた南京市のZさん(30代男性)はこう話す。

「政治情勢は旅行計画に影響しない。正直なところ、日中がこのままずっと対立し続けるのは望んでいない。そんな状況になっても、両国の人たちにとって何の得もないし、心の距離もどんどん離れてしまうと思う」

「残念だが、今の雰囲気だと日本旅行の写真をSNSにアップするのも、ちょっと気を遣ってしまう。今のところは、上のほうの政治的な判断が、もう簡単には引き返せないところまで来ているように感じる」

一部の中国人観光客は依然として訪日する, 中国人に人気の海外旅行先, 「心の距離もどんどん離れてしまう」, インバウンド消費だけではない“懸念”

春節に日本を訪れた中国人観光客は、日本の風景写真をSNSに載せるのをためらっているという(写真:取材協力者提供)

香港のあるテレビ局キャスター、L氏(70代男性)の取材を通じた見解は、今年の中国人観光客の動向について極めて厳しいものだった。

「もはやこれは、単なる渡航自粛や観光需要の問題ではない」とL氏は断じる。

「中国の王毅外相がミュンヘンで見せた強硬な姿勢は、日本への明確な『警告』だ。特に台湾有事をめぐる高市首相の発言が撤回されない限り、日中関係はかつてない深刻な対立へと突き進む。北京はその最悪のシナリオに対し、すでに着々と準備を進めているようにも見える」

「背後には、当然ながらアメリカの影もちらつく。アメリカが日本を対中包囲網の最前線へと押し出している構図が、この摩擦をより複雑に、そして根深いものにしている」

こうした政治の季節が続く限り、インバウンドの回復には暗雲が垂れ込める。

今年の桜の季節や5月の連休・10月の国慶節においても、中国政府は春節と同様に「渡航自粛」を強く呼びかける可能性が高い。

一部の中国人観光客は依然として訪日する, 中国人に人気の海外旅行先, 「心の距離もどんどん離れてしまう」, インバウンド消費だけではない“懸念”

人であふれる日本の観光地には、今も中国人観光客の姿があるはずだ(写真:取材協力者提供)

中国は長年にわたり、規模と消費額の両面で日本のインバウンド市場で大きな存在感を放っていた。

ただ、ネット上では「中国人観光客が来なくても困らない。むしろオーバーツーリズムが解消される」との声もよく見られる。

インバウンド消費だけではない“懸念”

人気観光地の京都では、事業者によって明暗が分かれているようだ。

京都商工会議所が2月24日に開いた記者会見の発言要旨によると、中国政府による渡航自粛の要請後、中国人利用客が「減少した」と回答した事業者は6割を超えた。

サービス利用や予約への影響では、「影響なし」が4割、「プラスの影響」が1割だった。一方、約半数の事業者が「マイナスの影響」があると回答していた。

春節期間における影響の見通しでは、「ほとんど影響がない」と回答した事業者は6割を超えていた。ただ、「中国市場への依存度の高かった事業者からは、春の観光シーズンに向けて回復を望む切実な声もあった」という。

訪日観光客数の落ち込みは、日本経済に影を落とす懸念もある。影響は百貨店やドラッグストア、宿泊、飲食、さらには地方の交通インフラにまで及ぶだろう。観光は単なる往来ではなく、経済を支える血流でもある。

日本全体として必要なのは、特定の国からの観光客に依存しない“多角化”を進め、新たな訪日需要を開拓する努力だろう。

一方で、筆者が懸念しているのは、観光が民間同士の“相互理解”を育む貴重な機会でもあることだ。前述のように、中国人の中には、日本のアニメや伝統文化を愛する人たちもいる。

実際に日本を訪れた中国人の中には、自らの目で社会や人々の姿に触れることで、日本に対する印象を改め、「本当の日本」を知るようになった人もいる。日本旅行をきっかけに、将来は日本へ留学したいと決意する若者もいる。

観光は単なる消費活動ではなく、感情や価値観が交差する「出会いの場」でもある。メディア報道やネット上の言説だけでは見えない現実を、直接体験して理解することには大きな意味がある。

政治関係が揺らぐ時期だからこそ、民間の交流をどう維持するかが問われている。観光の持つ静かな力を軽視すべきではないだろう。

そうした意味において、隣国からの旅人が途絶える状況は、長い目で見ると得策とは言えない。日中の間で草の根の交流が失われないことを願わずにはいられない。

一部の中国人観光客は依然として訪日する, 中国人に人気の海外旅行先, 「心の距離もどんどん離れてしまう」, インバウンド消費だけではない“懸念”

日本の景色や伝統文化に惹かれる中国人は、多く存在している(写真:取材協力者提供)