「新車はもう買えません」 地方路線の8割が“お下がり”という現実――2030年に迫る「超・長寿バス」の臨界点
都市から地方へ、移るバスの行方
東京の街角で見慣れた都営バスが、数年後には山あいの道を走っている――こうした移り変わりは、よくある中古車の売買とは少し違う。背景には、地方の路線バス会社が抱える厳しい経営事情がある。長い時間をかけて、都市から地方へと車両を回す流れが形づくられてきた。
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筆者(西山敏樹、都市工学者)の調べでは、全国の路線バスのうち約60~70%が中古車だ。都市部では新車が大半を占めるが、地方では約80%が都市部から移った車両だ。車齢25年を超える車両が全国の4割にのぼる。都市で使われてきた車両の多くが、その後も地方で走り続ける。
従来よりも年式の古い車両が回る傾向が強まっており、都市での使用期間も伸びている。
都市が新しい技術を取り入れ、地方がその後の長期運用を引き受ける。そうした役割分担が、いつのまにか業界の前提になった。車両は役目を終えるのではなく、場所を変えて働き続ける。その循環が、日本の路線バスを下支えしてきたのである。
現在の状況
中古バスを選ぶ背景には、はっきりした利点がある。経営が苦しいなかで、導入費を抑えられる点だ。新車に比べれば購入額は大きく下がる。例えば大型のエンジン車ノンステップバスは、安くても2200万円程度はかかる。それが1台300万円ほどで手に入れば、負担はまるで違う。差は小さくない。
近年は、都市で使われたノンステップバスやワンステップバス、低公害車両も地方へ回るようになった。行政から求められるユニバーサルデザイン化や環境対応も、比較的少ない負担で進められる。都市仕様の内装を備えた車両が流通しており、改造費も抑えやすい。
納車までの期間が短いことも利点だ。新車より早く確保できる。浮いた資金を独自の改修にあてる事業者もある。中型や小型なら、100万~200万円で買える例も出てきた。
前述のとおり、地方路線の約80%は都市から来た中古バスで占められている。新車の購入が難しい地方の事業者にとって、この流れは欠かせない車両の調達経路だ。全国では車齢25年以上の車両が約4割に達する。都市側でも使用年数が延びていることを踏まえると、2030年には約5割がいわば
「超・長寿化」
したバスになると筆者は見る。その一方で都市部で先に進むノンステップ化や排ガス規制といった厳しい基準が、数年遅れて地方へ届く構図もある。結果として地方の技術水準が段階的に引き上げられていく。時間差をともなう技術の移動が、ここでも起きている。
核心となる課題

バス(画像:写真AC)
これまでの国や自治体の補助制度は、新車への買い替えを前提に組まれてきた。だが日本のバスは車体や空調をはじめとする基礎技術の水準が高い。であれば、中古車の活用や大がかりな改修にかかる費用にも、相応の支えがあってよいのではないか。筆者はそう考える。いまの制度は、その点を十分に見ていない。
都市で蓄積された整備データや故障履歴も、基本的には元の所有者と新たな所有者のあいだで引き継がれるにとどまる。横断的に集められ、傾向ごとに整備を助ける形で生かされることは少ない。結果として知っている側と知らない側の差が残り、維持管理の費用を押し上げるゆがみが続く。
中古バスの活用を広げるなら、この情報の隔たりを埋める視点が欠かせない。政策の出番もあるはずだ。
大規模な更新を行いながら走り続ける車両が60~70%にのぼる一方で、整備力の違いによって寿命に地域差が生まれている。路線を支える力が各社の現場対応に頼りすぎている現状も見逃せない。
では、本当に向き合うべき課題は何か。車両という「モノ」が動くだけでなく、整備の知恵や履歴といった情報も一緒に回る流れをどう築くかである。それが実現すれば、地方交通の経営負担はやわらぐはずだ。こうした面への公的な後押しも、今後の論点として提起したい。
独自の視点・提案
都バスをはじめとする都心の車両が地方へ移る流れは、日本製の頑丈なボディを使い切るという発想に沿っている。資産を長く生かす考え方の、ひとつの到達点といってよいだろう。海外にも日本の中古バスは出回るが、堅ろうな車体や空調の性能が評価され、結果として日本製が選ばれてきた。
今後を考えるなら、取り組みは一方向では足りない。経済面では中古流通を円滑にし、技術面では整備データを共通の形で扱えるようにする。情報を分かち合う仕組みも具体化したい。制度面では古い車両を電気バスへ改修する技術、いわゆるレトロフィットへの支えも視野に入る。三つを同時に進めてこそ、流れは太くなる。
レトロフィットには異論もある。それでも電動車両は部品点数が少なく、鉄道系のバス事業者では機器の共通化による利点も見込める。選択肢の幅を広げるという意味は小さくない。
地方バスの将来は、新車を買うことだけで決まるわけではない。いま手元にある車両の機能を保ちつつ、新たな役割を持たせる。その仕組みをどう整えていくか。視線は、そこに向かうべきだと思う。
妥当性の根拠

バス(画像:写真AC)
日本のバスは高い耐久性を持つ。部品を適切に交換し、定期的に手入れを続ければ、25~30年以上の運用に耐えうる力があることは、現場の実績が示してきた。年式を重ねても走り続けられる土台がある。
古いディーゼルバスを電気バス(EV)へ改修した場合、CO2排出量を年間53%削減できるという西鉄などの先行例も出ている。筆者が慎重に見積もっても、従来型と比べて年間48%の削減は可能と判断する。おおむね5割前後の削減が視野に入る計算だ。
電動化に向けた改修用シャーシを共通化し、地域ごとに担い手を育てていけば、地方でも比較的低い負担で排出削減に取り組める。低床車をベースにすれば、バリアフリー対応と環境対応を同時に進めることもできる。にもかかわらず、こうした取り組みを後押しする公的支援は十分とはいい難い。検討の余地があるだろう。
いまも30~40%の車両は、大きな改装をせずに走っている。整備の知恵を分かち合えば、故障は減り、結果として直接の費用も下がるはずだ。前に触れたとおり、中古車の故障低減や整備情報の集積と共有は避けて通れない。車両そのものだけでなく、その扱い方まで含めて生かす視点が求められている。
よくある誤解への反論
たしかに「古い車は危ない」という声は根強い。近年、バス火災が報じられるたびに、車齢の高さを問題視する意見も出る。だが事故の要因は年式そのものというより、整備情報の不足や手入れの質のばらつきにある場合が少なくない。そこを見誤ると、議論は表面だけをなぞることになる。
「地方も新車を入れるべきだ」という主張も耳にする。しかし人口減で運賃収入は細り、自治体の予算も余裕がない。そうした現実を踏まえずに新車導入を求めても、実行可能性は乏しい。
バスを研究してきた立場からいえば、「電動化は新車でしかできない」という見方も早計だ。西鉄が50台以上を導入してきた例が示すとおり、既存の車体を生かしながら脱炭素化を進める手法は、投資効率の面でも無視できない。知られていないのか、あえて見ないのか。いずれにせよ、選択肢はひとつではない。
中古バスを生かし切るには、都市と地方の事業者が連携し、エンジンの特性や修理の勘どころを共有する広域の技術基盤が欠かせない。地方では経営難から熟練工が離れる例もあり、知識の継承が危うくなっている。整備を支える情報の仕組みを整えなければ、現場の負担は増すばかりだ。
補助の基準も見直す余地がある。新車かどうかではなく、どこまで手入れが行き届いているか、環境性能をどれだけ高めたかといった機能の質に目を向けたい。あわせて地域内で電気バスへの改修ができる技術を移し、整備力の底上げとエネルギーの地産地消を進める流れも考えられる。
電動化を地域の仕事につなげることができれば、経済面での波及も見込めるはずだ。
5年後、10年後の姿

路線バスの循環と持続可能モデル。
ここまで述べてきた提案が形になれば、5年後には整備データの共有が当たり前になっているかもしれない。中古バスであっても「いつ、どこを直したのか」が見えるようになり、安全性と資産価値を同時に高めることができる。そうした環境は、決して絵空事ではない。
10年後を思い描くと、古い車両をEVへ改修する取り組みが広く根づいている可能性もある。バス産業は「作って売る」発想から、「直しながら進化させる」循環型へと軸足を移す。年式の古さだけで良し悪しを測るのではなく、どのような手入れが施され、どのように情報が引き継がれてきたのかが評価の中心になる。
地域の足を守る基準も、そこに置かれていくはずだ。
こうした流れは事業者だけでは進まない。国土交通省や地方自治体が支え、ともに歩むことが前提になる。その先に持続可能なバス事業の姿があると筆者は考えるが、読者の皆さんはどう受け止めるだろうか――。