米国とイラン、戦況はいずれにとっても予想外

石油貯蔵施設への空爆で立ち上る黒煙(テヘラン)
米国とイスラエルによるイランとの戦争は2週目に突入している。これまでに関与した国は少なくとも12カ国に達し、経済や政治への影響は世界中に波及。双方ともこれまでに戦略上の目標を達成してはいないが、いずれも相手より長く持ちこたえることができると主張している。
今回の紛争が長期の消耗戦に発展すれば、ロシアが明確な受益者となる可能性が高い。同国は原油および天然ガス価格の急騰で利益を得る一方、欧米や湾岸諸国、さらには中国が痛みを受けることになる。
戦争はまだ初期段階だが、双方とも相手の行動を読み誤ったとみられる。紛争は拡大の一途をたどっており、明確な出口は今のところほとんど見られない。ドナルド・トランプ大統領は9日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談し、記者会見で戦争は「もう間もなく」終わると述べたが、その後、米国は「さらに前進する」と付け加えた。これに対してイランは9日、中東全域に数百機のドローンとミサイルを発射した。
複数の米政府当局者によれば、トランプ氏は2月28日のイラン指導部に対する攻撃で最高指導者のアリ・ハメネイ師を含む指導者が殺害されれば、イランの体制が崩壊すると期待していた。また現実的な当局者らが米政府と協力することを選んだベネズエラのような状況をイランでも再現できることを望んでいた。
だが今のところ、これらのシナリオはいずれも実現していない。ハメネイ師の後継者には、強硬派として知られる息子のモジタバ・ハメネイ師が就き、米国への報復を誓っている。また、これまでのところ国内の反乱は、イランの体制に挑むようなものにはなっていない。
イランは大規模な空爆を受けているにもかかわらず、中東全域の米軍基地、イスラエル、そして重要なことに湾岸地域の米同盟国の主要都市に弾道ミサイルとドローンを発射する能力を保持している。さらに世界の石油と液化天然ガス(LNG)の約5分の1が通過する要衝であるホルムズ海峡を封鎖した。

イランは中東全域で報復攻撃を行った(写真はバーレーンの石油精製施設)
イランはアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、クウェート、カタール、そしてサウジアラビアを全面的に攻撃し、空港やホテル、エネルギー施設、港湾、そしてデータセンターを標的とする戦略を打ち出している。これは、こうした国々の経済と社会を崩壊させ、イランの条件で停戦に応じるようこれらの国がトランプ氏に圧力をかけることを狙ったものだった。
だがこれも実現には至っていない。湾岸諸国は予想外の回復力を示し、降伏する代わりに報復を警告。各国の防空システムはイランのドローンとミサイルのほとんどを撃墜し、壊滅的な被害が生じることもなかった。
クウェート大学の歴史家であるバデル・アルサイフ氏は、「われわれを傷つけているものは、イラン側も傷つけている。そして彼らの持ちこたえる能力は、われわれを下回っている。われわれは対処できるが、彼らがこれを維持できるとは思わない」と述べた。
湾岸諸国の観点からは、被害を受けながらもイランの政権が打ち負かされるまでいかないという状況が最悪の結果となる。その場合、イランはドーハやドバイなどの都市をドローンで恐怖に陥れ、ホルムズ海峡を通る石油輸送を妨害し続ける能力を保持することになるだろう。
トランプ政権は、決定的な勝利が得られるとの見通しを強調している。トランプ氏は9日、「敵が完全かつ決定的に打ち負かされるまで、われわれは手を緩めない」と発言。ピート・ヘグセス国防長官はさらに断定的な言葉を使用し、米CBSのインタビューでは「これは戦争だ。これは紛争だ。敵を屈服させることだ。彼らがテヘラン広場で式典を行い降伏するかどうかは、彼ら次第だ」と述べた。

ハメネイ師の肖像画近くで警備にあたる治安部隊

テヘランで破壊された燃料運搬車
イランの体制が崩壊するか、少なくともベネズエラのように米国との協力を受け入れた場合、その状況は米国の世界的な影響力を確実に強化する。またイラン産石油の主要な顧客である中国に対し、米国は相対的な力を高めることになる。だが欧州外交評議会(ECFR)のイラン専門家であるエリー・ジェラマイエ氏は、今のところこれは実現しそうにないと述べた 。
ジェラマイエ氏は「イランの領土の大きさ、軍事能力、制度構造を考えると、イランとの戦争で決定的な勝利は得られない」と指摘。そのうえで「イランが現在注力しているのは、この戦争がどれだけ経済にとって悪いか、そしてイランで起きていることが米国民にどれだけ直接的に影響するか、ということがトランプ氏の見聞きするすべてになるようにすることだ。この消耗戦が長引けば長引くほど、イランはこれらの負担を課し続けることができると考えている」とした。
一方でロシア中銀の元職員で、現在はカーネギー・ロシア・ユーラシア・センターのフェローであるアレクサンドラ・プロコペンコ氏は、欧米側の軍事在庫を枯渇させ、ウクライナから注意をそらし、ロシアの石油とガスを欧米側にとって不可欠なものにする長期戦は、確実にプーチン氏に利するものだと言及。プロコペンコ氏は、「この紛争が数カ月続くことはロシア政府にとって有利に働き、予見可能な将来にわたり石油価格の上昇につながるだろう」と述べた。
トランプ氏がもう十分だと判断し、ハメネイ師殺害やイランのミサイル兵器の大部分を破壊したことで勝利を宣言できると考え、さらにモジタバ師が今後予想される暗殺未遂を生き延びたとしても、同師率いるイラン政権が停戦に合意するかどうかは明確ではない。モハンマド・バーゲル・ガリバフ国会議長などの強硬派は、イラン側の長年の要求が対処されるまで攻撃を停止しないとすでに示唆している。
国際危機グループ(ICG)の紛争解決組織でイラン関連プロジェクトの責任者を務めるアリ・バエズ氏は、「イラン側はペースを保つことができたと考えており、米国とイスラエルが今後数日で迎撃ミサイルを使い果たすとみている。そうなれば域内の米国の全ての同盟国にはるかに多くの損害を与えることができるため、トランプ氏は何らかの停戦を懇願しに来て、その条件を彼らが決めることができると計算している」と述べた。
バエズ氏は「これはある程度、希望的観測だ」とし、「なぜならば、米国の防衛能力が損なわれたとしても、攻撃面ではまだ十分な兵器を抱えており、イランにはるかに多くの損害を与えることができるからだ」と付け加えた。

オマーンのマスカットに停泊するばら積み貨物船とタンカー
イランによる湾岸諸国への攻撃が続けば、これらの国も米国主導の作戦に参加する可能性が生じる。サウジアラビアの政治アナリスト、サルマン・アル・アンサリ氏は、「イランはほぼ全ての国を標的にし、危険な死のダンスに興じている。イランは世界経済の根幹を攻撃しようとしている」と説明。「サウジアラビアは現在、事態の沈静化に最善を尽くしている。なぜならもし報復するとすれば、それは限定的な報復ではなく、イランの無謀な行動と戦う最前線にサウジアラビアが立つことになるからだ。自制は弱さではない」と語った。
だがイエメンの親イラン武装勢力フーシ派が紅海での攻撃で示したように、主要な国際海運ルートを封鎖するのに高度な技術は必要ない。イランも数機のドローンと対艦ミサイルがあれば、長期間にわたって同じことを実行できる。米国と同盟国がイランの沿岸地域を制圧するため、地上作戦を開始すれば状況が変わるが、これはよく見ても危険な提案となる。
2022年までロシアの石油会社ガスプロム・ネフチの戦略・イノベーション担当責任者を務めたセルゲイ・バクレンコ氏は、「イランとの合理的合意が不可能であっても、フーシ派が作った前例は、非常に弱い勢力でさえ海峡を深刻に混乱させることができることを証明している」と述べた。
ICGのバエズ氏は、家族全員が殺害されたばかりのモジタバ師がトランプ氏と取引することは想定できないと言及。代わりにモジダバ師は戦闘が中断すれば、その期間を利用して核兵器を追求する可能性が高いとした。
バエズ氏は「銃声がやんだとしても、それは非常に醜い均衡状態となり、安定したものにはならないだろう」と語った。
***
――筆者のヤロスラフ・トロフィモフはWSJ外交担当チーフコレスポンデント