難関中学合格者を輩出する「看板のない算数教室」で身に付けるたった一つの大切なこと

子どもが「感動」する授業について、意見が合う入江さんと望月さん

受験勉強で終わらせるのにはもったいないほどあふれ出る感動を伝えたくて数学塾を始めた入江さん。「看板のない算数・数学教室」で首都圏の最難関中学に合格後、東大や国公私立大の医学部医学科に合格するような生徒を指導し育んでいる望月さん。このふたりが最も大切にしている学び方とは何か。(ダイヤモンド社教育情報、森上教育研究所)

「数学」は医療現場でも役に立つ

[聞き手]森上展安・森上教育研究所代表

――前回は入江さんが数学塾を開こうと思うに至るまでのお話でした。今回はその動機となっている「感動」について考えてみたいと思います。

望月 中高生向けの授業の中で「感動」をどのようにつくっていくか。算数・数学を教えている同じ志の者として関心があります。塾の講師と心臓外科医を兼ねるだけでなく、医師としての知見を生かして数学を教えていることにもすごく興味があります。

――医療の現場で、数学がこんな形で役に立っているという例はありますか。

入江 身近な例としては、よく使われるCT検査が挙げられます。CT(コンピューター断層撮影)は、あらゆる方向から人体を放射線で透視して得られる線積分データ――数学では「ラドン変換」と呼ばれます――を出発点とし、それをフーリエ変換と結び付ける「投影定理」を理論的基盤として、透過データから体内の構造を復元しています。

 フーリエ変換とは、複雑な信号を単純な周波数成分に分解する数学的な操作です。放射線を当てるだけなのに、なぜ臓器の形が見えるのか――その仕組みは、すべて数学で説明できます。

望月 医学に関心を持っている生徒なら、この話を聞いて関心を持ちますよね。

入江 さらに身近な例としては、心電図にも数学が利用されています。心電図というと波のイメージですが、実際には心臓を流れる電流の向きと大きさを電極で測定し、その変化を時間のグラフとして可視化したものです。心臓を流れる電流は、刻々と向きと大きさが変わります。その電流を、電極の組み合わせごとに決まった方向へ「投影」した値を記録しているわけです。つまり、心電図は本質的にはベクトルの正射影を連続的に描き出したものと言えます。

 循環器内科医は、こうして得られた「影」の情報を頭の中で組み立てることで、不整脈や心筋梗塞の部位を推定しています。その意味で、彼らは正射影ベクトルのエキスパートと呼べるかもしれませんね。数学でベクトルを学ぶだけでは味気なく感じるかもしれませんが、このように医療現場で生きているという実例を見せながら説明すると、生徒たちも目を輝かせながら、「おお」と聞いてくれます。

――検討が進んでいる2032年から実施予定の次期学習指導要領では、数理・データサイエンス・AI教育につながる重要度の高い学習内容が私大文系志望者に十分履修されていないことに懸念が示されています。具体的には、数学A・B・Cの区分けをなくして、数列や行列、確率、ベクトルなどの基礎的な要素を抽出、必修の数学Iに数値モデルを含む「社会を読み解く数学」として組み込むことが検討されているようです。

入江 僕が高校生の頃は行列がまだありましたが、残念ながらその後なくなってしまいました。最近はAIの普及でデータ分析の科目が増えているようです。でも、分散とか箱ひげ図なんかの「形」だけを扱って、データ分析に本当に必要な線形代数や微積分、確率分布の話に触れないのはどうなんでしょう。

 例えば、よく出てくる正規分布。「なぜあの形になるのか?」ということを理解するには、微積分を学ぶ必要があります。高校数学の微積分を土台にして初歩的な微分方程式を用いれば、ごく単純な仮定から導くことができます。でも多くの場合、「こういう式で表されます」と結果だけを教えられます。それって、小学生に球の体積の公式だけを教えて理由を教えないのと同じくらい、教育として罪深いと思います。これでは学びが単なる暗記になってしまいます。せめて、将来の学びへとつながるような説明くらいはしてほしいです。

 データを正しく読み解き、使いこなすためには、そういう根本的な原理に立ち返って考えることが大切だと思います。学習指導要領改訂の方向性はいいと思いますが、改訂が形だけにとどまらず、きちんと地に足のついたものになってほしいと願います。

入江さんが中2生に放物線の図形的性質を教えるときに使う「3Dミラースコープ」。真ん中に見えるテントウムシに触ることができない理由を「なんで」と生徒は考える

本当に伝えたいことは「なんで」から始まる

入江翔一(いりえ・しょういち) 数学専門塾「 数楽道場 」代表。現役医師。1988年大阪生まれ。灘高等学校、東京大学医学部医学科卒。医師として勤務しながら、2021年東京大学理学部数学科卒。25年から札幌市に移住、26年3月に開校予定。

――これまで塾ではどのように教えてこられましたか。

入江 最初に、「何を一番伝えたいか」を明確にして、その目的に沿ったクイズを出します。例えば、中2で教わる放物線は、y=ax^2という方程式として扱われますが、一方で、図形として非常に美しい性質を持っています。そこを強調したいときは、こんなクイズから入ります。

 今日は実物を持ってきました。科学館などで一度は目にしたことのある方もいるかもしれませんが、これは3Dミラースコープといって、この部分にテントウムシが見えます。ですが、触ろうとしても触れることはできません。これを生徒一人ひとりに実際に体験してもらいます。そして、「今日はみんなにこの不思議な現象の仕組みを解明してもらいます!」と伝えて授業を始めます。生徒たちは不思議な現象の謎を解明したくて、必死に授業を聞いてくれます。その時点で、授業はほぼ9割方成功したと言えます。

――大阪出身だけあって、つかみが大事(笑)。

入江 そうですね。抽象的な話になればなるほど、身近な例を通して興味を持ってもらうことが大事だと思います。でないと、どうしてそんなことをしているのか分からなくなって息切れしてしまいます。例えば、高校で三角関数を習うとき、普通は黒板に単位円を描いて、その円周上の点のx座標・y座標をコサイン・サインと定義することから入ると思うのですが、生徒の立場からすれば、なんでそんなことをいきなり定義するの、となります。

 そこで円は描かずに、「太いソーセージにトルティーヤを巻いて、斜めにスパッと切って広げたら、トルティーヤの切り口はどういう形になるでしょう?」というクイズから入ります。形が崩れずにナイフで切りやすいのは魚肉ソーセージです(笑)。

「感動」する授業は、まず生徒への問い掛けかけから始まる

――わざわざ北海道から持参された(笑)。

入江 紙とはさみでやるとつぶれてしまい、うまくいきません。生徒に答えを聞いてみると、「ぎざぎざ」「うねうね」など、いくつかの予想が出てきます。普段料理をしている子は正解したりしますが、予想が出尽くしたところで実演して見せます。

 隙間を作らずに斜め45度くらいで切ると、このように「なみなみ」の曲線ができます。「今日の授業を聞けば、この波の正体が分かるよ」と伝えて授業を始めます。予想が外れた生徒はその意外性に驚き、予想が当たった生徒も、その正体を知りたくて真剣に授業を聞いてくれます。

 こんなふうに、授業では「まず身近な例で感動してもらう」ことを心掛けています。生徒の心をつかむことさえできれば、その先にある、より感動的な体験まで息切れせずにたどり着くことができます。

「なみなみ」の切断面が出来上がる

望月 いまのような問題は中学入試でも出題されています。答えを知っているわけはないので、想像させることになります。どのような形になるかで選択肢が描いてあるのが普通です。私の教室でもトイレットペーパーの芯の部分を使って、全く同じようなことやっています。

 同じ授業の中で、トイレットペーパーの芯で円筒の展開図を作ります。ラップの芯も全部こうしたカーブになっている。なんでこのカーブなのか、と次々に話は脱線していきます。私が保管しているトイレットペーパーの芯の山を見て「わーっ、汚い!」と女子生徒が叫ぶので、「どこが汚い?触ってみろ!」と私が突き出すと、「きゃーっ」と叫んで他の生徒は爆笑します。

トイレットペーパーの芯は斜めにカットされていて、開くと平行四辺形になる

 また、「キミたちのために買ってきたんだぞ」と言いながら、上部が斜めに切られた円筒のアクリルの伝票立てを紙に強く押し付けて回転させて開いたらこうなるというのを実演して見せます。「これは高校数学で学ぶサインカーブなのだ」と言うと、時々ませた小学生が「へーっ」と声を発しますが、普通の生徒たちは「何それ」とキョトンとしています。

小3の授業で折り紙を折って、ナイフでカットしてから開くとどのようになるか。まず作図をさせてから実際にやってみる。左の写真は,意図したものではない、予定外の副産物(左)。課題である小正方形4個の切り抜きを完成させた生徒が、待ち時間を使って創作した課題外の作品(右)

最も大切な学びは「間違える」ことで得られる

望月俊昭(もちづき・としあき) 望月算数数学教室主宰。1948年北海道生まれ。二十数年にわたり大手塾で中高受験生のための算数・数学を指導したのち、難関中学受験のための少人数制の算数教室を主宰、入学後の中学数学の指導も行っている。著書に、『 中学受験 超難関校合格! 頭のいい子にも勝てる 算数まとめノート 』(ダイヤモンド社)、『算数プラスワン問題集』『高校入試ハンドブック』シリーズ(いずれも東京出版)など。1987年から月刊誌『高校への数学』(東京出版)に、88年からは『中学への算数』(同)で連載を執筆している。

――小道具を使って、一番教えたいことのきっかけを効果的に見せることが大切になると。

望月 間違える時間が、生徒にとって最も貴重な時間です。間違えた段階で「なぜ間違えたか」について考えさせます。これを繰り返していくと、間違えたことを恥ずかしいとかまずいとか思わずに、なぜなんだろうと考えるようになります。

 小3後半の授業ですが、生徒たちは、方眼のノートに切り抜きたい図を作図し、これを「完成図」とします。次に、その図のように切り抜くためにはどのように折っていくか、そして最後にどのような直線で切ればよいのか、という一連の流れを作図します。その過程で副産物がいっぱい出てきます。

 折り方または切る線が正しくないとゆがんだ四角形ができます。そこで「これのどこが正方形なのか」と指摘する。「仮面をつくって遊んでいる場合ではない」と辛口のコメントをした後で、「とても面白い作品だから、自分用に取っておいて、同じものをつくって先生にちょうだい」と持ち上げて、生徒の名前を書いて保管しておきます。過去の生徒の間違った実例の束を見せると、楽しくて仕方がない、となります。

――生徒が自分の手を使って作業をしたことで印象が残りますね。

望月 授業の中で生徒たちが取り組んでいるメインの作業は,折り紙そのもの、つまり折る操作ではありません。たとえば、正三角形や正六角形を方眼のノートに描く練習をさせた後に正方形の折り紙から正三角形や正六角形を切り抜く。これは「一刀切り」というのですが、そのためにはどのように折り、どのような直線で切ればよいのかというのを「一刀切りの設計図」と呼ばせて、作図させています。

――設計図という言葉は、生徒たちにとって魅力的ですね。

望月 設計図が描けたら、実際に生徒自身が折り、先生つまり私がカッターで切る、という流れで進めます。折るのが2~3回くらいならハサミでも切れますが、折る回数が増えていくとハサミで切るのは無理になるので、エッジのついた定規をあててカッターで切ります。生徒たちがその設計図を描く段階で、いろいろな間違いが生じるわけです。

 一言で表現すると〈遊ぶ折り紙から学ぶ折り紙へ〉という授業で、図形の本格的な学習が始まる前に線対称の作図をとことん学ぶ、というのが目的です。生徒の頭というか心に、きれいな図とかではなく「正しい図」と「正しくない図」という概念ができていってほしいわけです。「正しくない図」「間違った図」というのはとても大事な概念です。

入江 「間違えてこその学び」を体現したような授業ですね。そんなふうに間違いを楽しみながら学ぶことができれば、間違えることが恥ずかしいとは思わなくなりそうです。

望月 もう一つ大事にしているのは、いろいろな解き方がある、ということです。答えは一つだとしても、考え方や解き方は一つではないことを植え付けていきたい。世の多くの参考書・問題集には解の他に「別解」と書いてあるのが普通です。「別解」という言葉は、本館と別館みたいで好きではありません。最速の解法は必ずしも最良・最適ではないし、他の問題に通用しないことが山ほどあるからです。

 そこで、相当時間を掛けて、子どもたちにたくさん解き方を考えさせます。解1、解2、解3とたくさん考えついた方がえらいと。

入江 試行錯誤が楽しくなる教え方ですね。

望月 「小3のときのあの一刀切りが一番楽しかった。またやりたい」と、東大や国立大医学部に合格して教室を訪ねて来る元教え子の多くが言ってくれます。自分で完成させたことも、作図を間違えて失敗したことも、楽しい思い出。授業としては時間がかかるわけですが。

入江 授業の進行上、本当はもっと悩んでほしい場面でも、説明せざるを得ないことがあります。その点での折り合いをどのようにつけていますか。

望月 週1回だけなので、教室ではすべてはできません。普通の塾で教わることはそちらでやってもらい、特に低学年では、本格的な受験準備の前の時期にこそ取り組むべき大切なこと、例えば小3の学年を通しての計算なしの作図や、小4一学期の「三角形の合同の証明(の記述)」などのテーマを選び出してやっています。

――望月さんの算数教室には看板もない。お一人で教えている。

望月 とにかく間違える経験が大切です。そのため、小学生はクラスの人数が1桁を超えないようにしています。また、難関中学に進学した中学生も指導しているので、各学年少人数の1クラスしか持てません。

――それで生徒の募集も含めて非公開なんですね。次回は「できる子」が陥りやすい「反復」のワナについて考えてみましょう。何が大切なのか、それを身に付けるためにはどうしたらいいのかも含めてお話を伺います。