グルメジャーナリストが今新潟に注目する訳

JR新潟駅(写真:PIXSTAR / PIXTA)
新潟には雪国特有の保存と発酵の知恵がある
新潟の食と聞いて、多くの人が想起するのは「米と日本酒」だろう。
【クリックして画像を見る】新潟の伝統調味料「かんずり」や「雪室熟成肉」、いま注目の新潟の食文化とは?
新潟県は米の作付面積・収穫量ともに全国トップを誇り、日本酒の蔵元数も91社と全国屈指。一人当たりの清酒消費量も全国平均を大きく上回る。ただ、この強力すぎるブランドが、皮肉にも他の多様な食資源を覆い隠してきた側面がある。
いま、新潟で起きている変革はステレオタイプからの脱却だ。金沢が「工芸と食」で、京都が「伝統と格式」でブランドを確立したのと同様に、新潟が目指すのは「雪国の知恵と現代の創造性」という独自の軸だ。
背景には歴史的な連続性がある。明治初期には北前船の寄港地として全国屈指の商都として栄えた。北前船が運び込んだ全国の食材と富。それがこの地に重層的な文化を蓄積させた。
多様性を支えるのは、雪国特有の保存と発酵の知恵だ。
妙高市の伝統調味料「かんずり」が象徴的である。唐辛子を雪にさらす「寒ざらし」でアクを抜き、3年以上熟成させる。この独特の旨味は、フレンチのシェフが「和のチリソース」として隠し味で使うほど汎用性が高い。

妙高市の伝統調味料「かんずり」はフレンチのシェフが「和のチリソース」として隠し味で使うほど汎用性が高い(写真:新潟県観光協会提供)
上杉謙信の時代から続く「浮き糀味噌」や、酒粕を用いる南魚沼の「山家漬」も同様だ。厳しい冬を生き抜くための生存戦略が、現代では唯一無二の高付加価値コンテンツへと昇華している。

酒粕を用いる南魚沼の「山家漬」(写真:新潟県観光協会提供)
驚くべき甘みを放つ「雪室熟成肉」や「雪室珈琲」
現代技術との融合も見事だ。天然の冷蔵庫「雪室」は湿度90パーセント以上で、安定した低温を維持する。ここで熟成された「雪室熟成肉」や「雪室珈琲」は、酸化を抑えつつタンパク質をアミノ酸へ分解し、驚くべき甘みを放つ。

雪室。ここで熟成された「雪室熟成肉」や「雪室珈琲」は驚くべき甘みを放つ(写真:新潟県観光協会提供)
さらに、1890年創業の「岩の原葡萄園」を筆頭に、角田浜一帯の「新潟ワインコースト」には複数のワイナリーが集積。砂丘地帯特有のテロワールを活かしたアルバリーニョなどの品種は定評を得ている。

岩の原葡萄園。角田浜一帯の「新潟ワインコースト」には複数のワイナリーが集積する。(写真:岩の原葡萄園公式HPより)
新潟には、飲食店に信頼される生産者たちがいる。
「内山農園」は高品質で多くの品目の食材を栽培しており、料理人からの要望にも応じている。1年に80品目生産していたが、90品目ほどに増えた。「菅井農園」は品質のよいブドウはもちろんのこと、裏の山で狩猟したジビエも提供するとあって、飲食店から重宝されている。「ミネラル工房」は磯浜の海水をくみ上げて薪釜で濃縮し、最後に湯煎でゆっくりと結晶化させて塩を作る。手間はかかるが口溶けのよい塩だと、料理人から信頼されている。

口溶けのよい塩をつくると料理人から信頼されているミネラル工房の商品「白いダイヤ」(写真:ミネラル工房公式HPより)
かつて日本の一次産業は、効率重視の大量生産が主流であった。しかし現在の新潟では、料理人と生産者が対等に語り合い、理想の食体験を共創している。
こういった信頼関係は、一次産業の持続性を支える点においても重要だ。地産地消は単なる理念ではない。都市部のサプライチェーンに依存しないリスクヘッジであり、鮮度という絶対的な優位性を確保する経営の合理性だ。
国内外から評価される「器」と「カトラリー」
そしてもう一点、新潟のガストロノミーを語る上で見落とせない要素がある。料理を盛る「器」と、食べるための「道具」だ。
阿賀野市にある「丸三安田瓦工業」は日本最北端の瓦メーカーだ。185年の歴史をもつ伝統工芸「安田瓦」を用いたテーブルウェアブランド「TSUKI」を生み出している。銀鼠の色合いに趣があり、料理を見事に映えさせる。
1886年に開業した新潟市の「大橋洋食器」は長い歴史を誇り、ガストロノミーを意識し、食空間を通じて、地域の文化や技術を未来へつなぐことをミッションとしている。燕三条の技術を活かして、金属、石、漆など伝統工芸技術と異素材を組み合わせた革新的な器を生み出している。
カトラリーの世界では燕三条の名が世界的な権威を持つ。1918年創業の「山崎金属工業」は、1991年のノーベル賞創設90周年記念晩餐会からカトラリーの製作を依頼された実績を持つ。

カトラリーの世界では燕三条の名が世界的な権威を持つ(写真:新潟県観光協会提供)
1953年創業の「藤次郎」は「最高の切れ味」のもう一歩先にある「最高の道具を手にした満足感」を目指し、日本刀のように切れ味が鋭いことで知られている。2004年には海外への進出も果たし、国内外から評価されているのだ。
食材、調理、器、カトラリー。ガストロノミーを構成するすべての要素が、新潟という一つの県の中で完結している。これは日本全国を見渡しても、他にはほとんど例のないことだ。
生産者が正当に評価され、適正な対価を得て豊かにならなければ、真のガストロノミーは成立しない。新潟には、その健全なシステムが確実に根付き始めている。
生産者も表彰する「新潟ガストロノミーアワード」
このシステムを加速させているのが、2026年3月13日に発表された「新潟ガストロノミーアワード」だ。2023年と2024年に開催され、今回が3回目となる。
最大の特徴は、飲食店に加えて、それを支える食材を栽培する一次産業従事者までもが同列で表彰されることだ。一次産業従事者は、飲食店からの投票によって選出される。アワードを受賞した21の一次産業従事者のうち、グランプリは「内山農園」(三条市)、準グランプリは「菅井農園」(村上市)、「ミネラル工房」(村上市)、羽賀恵子氏(五泉市)、「柿崎ブーシェリー」(上越市)に決まった。

新潟ガストロノミーアワードでは飲食店に加えて、それを支える食材を栽培する一次産業従事者までもが同列で表彰される(写真:新潟県観光協会提供)
飲食店は自薦と他薦によってノミネートされ、今年からカテゴリー分けされるようになった。「CASUAL」56店、「BRONZE」58店、「SILVER」22店、「GOLD」20店、「DIAMOND」12店が選ばれた。さらには、グランプリに「登喜和鮨 新潟店」(新潟市)、準グランプリに「割烹 新多久」(村上市)と「日本料理 あららぎ」(新潟市)が選出され、ほかに4つの特別賞が贈られた。
発起人であり、総合プロデューサーの岩佐十良氏は「一般的に自治体は団体を表彰することはあっても、個人を表彰することはありません」と前置きした上で「新潟県には素晴らしい食材と飲食店があります。その多くは一匹狼として個別で頑張っています。こういった人々の励みになるような取り組みができないかと考えました」と、その意図を語る。
新しい取り組みだったこともあり、企画から開催されるまでには、2年もの時を要した。岩佐氏が特に重要だと考えたのが、ガストロノミーに精通した外部の視点を入れることによって、より公平かつ平等に審査することだ。
審査員長には元「世界のベストレストラン50」日本評議委員長で美食評論家の中村孝則氏、副審査員長には青稜中学校・高等学校校長で世界のレストランに造詣の深い青田泰明氏が就任した。
特別審査員として「Crony」の春田理宏氏と「HOMMAGE」の荒井昇氏という東京でミシュランガイド二つ星を獲得しているシェフ、FPM. DJ / プロデューサーで日本各地の食に詳しい田中知之氏が参加している。
中村氏は「この取り組みは国内からだけではなく、ポルトガルといった海外からも注目され、手本とされています。官民一体の意義ある取り組みなので、あとは継続していくことが重要です」と先見性を示し、青田氏は「180店くらい回りましたが、どの店も素晴らしかったです。県外はもちろん、世界から人が訪れるエンジンになっていただきたいです」と力を込める。

飲食店は自薦と他薦によってノミネートされる(写真:新潟県観光協会提供)
経済的な効果「6割くらいのお客様は県外から」
アワードがもたらす経済的なインパクトも大きい。
公益社団法人新潟県観光協会の常務理事である白井健一氏は「新潟県の観光業の市場規模は約4000億円に上り、年々伸びています。アワード受賞店にアンケートを実施すると、ほとんどの店が、集客が伸びていると回答しています」と述べる。
2023年に新人賞に輝き、今年は「DIAMOND」に表彰されたのが「福楽」(新潟市)だ。店主の媚山潤氏は「アワードのおかげでみなさんに知っていただけるようになりました。6割くらいのお客様は県外からいらっしゃいます」と言う。
アワードは、つくり手のモチベーションを上げるだけでなく、着実に新潟経済に寄与している。
地域経済が縮小する中、食で地方が生き残るための条件
新潟の試みは、人口減少と地域経済の縮小に悩む日本各地への、明確な参考になる。食で地方が生き残るための条件は、以下の3点に集約される。
第1に、地域の強みの再定義だ。「米と日本酒」を土台に、「雪・発酵・歴史・ものづくり」という深いレイヤーを掘り起こした。地元の人間が当たり前だと見過ごしている日常の風景にこそ、外部を惹きつける希少価値が眠っている。
第2に、一次産業と飲食業、そして伝統産業のシステムの構築だ。生産者や職人、料理人を等しく評価し、リスペクトを制度として可視化する。これが食の産業を形成する起爆剤となるのではないか。単なるイベントではなく、地域のサプライチェーン全体をブランディングすることが重要だ。
第3に、外部を巻き込む力だ。グローバルな基準で評価し続けることが、品質の維持と国際的な情報発信を可能にする。上越新幹線で東京から約2時間という地理的条件を活かし、国内富裕層やインバウンド客を一食のために呼び込む。
食を起点とした人の流れは、宿泊、交通、伝統工芸へと波及する。
新潟県における観光消費の市場規模は約4000億円と試算されるが、ガストロノミーツーリズムが定着すれば、この数字はさらに上振れするはずだ。都道府県魅力度ランキング28位という数字が、近いうちに大きく動く予感がある。