中国スシローで起きた「マグロ異物騒動」の顛末

中国で急成長を遂げてきたスシロー, 中国社会は食品安全問題に“慣れてしまっている”, 日系寿司店には、火を通した料理がたくさんある, 高い人気を獲得してきたが…

中国のスシローで「異物混入」が話題となったが、当局による検査の結果、寄生虫は検出されず、国家食品安全基準にも適合していた。写真は日本の店舗(写真:今井康一)

3月初旬、中国・北京にある回転寿司チェーン「スシロー」の店舗で、客が「マグロに寄生虫の卵のようなものが付着していた」とする動画を投稿し、SNS上で大きな波紋を呼んだ。

【クリックして写真を見る】中国・重慶にあるスシロー店舗の寿司。高級感があふれる盛り合わせだ

北京市門頭溝区市場監督管理局は3月4日に当該店舗に対する調査を開始し、店内のマグロ(赤身)について証拠保全を実施した。騒動の影響は株式市場にも及び、運営会社であるFOOD & LIFE COMPANIESの株価は一時急落した。

ただ、3月23日、中国法人は当局の検査結果として、問題とされたマグロから寄生虫は検出されず、国家食品安全基準にも適合していたと発表した。

中国現地のSNS等を見る限り、一連の騒動の影響は数日程度だったようで、現在では従前通り店舗に行列ができているようだ。ただし、風評被害によって「スシローは本当に問題ないのか」と疑念を抱えたままの消費者もいるだろう。

中国で急成長を遂げてきたスシロー

スシローは声明の中で、マグロについて厳選された適法かつ高品質な食材を使用しており、加工・輸送の各工程でマイナス50℃の超低温冷凍処理を徹底し、寄生虫の不活化に関する業界基準を満たしていると説明した。

一方で、今回の件により、食事中に顧客へ不快感を与えた点については、サービス品質の不十分さを認め、社内点検と改善を進める姿勢を示した。

中国で急成長を遂げてきたスシロー, 中国社会は食品安全問題に“慣れてしまっている”, 日系寿司店には、火を通した料理がたくさんある, 高い人気を獲得してきたが…

重慶市のスシロー店舗。高級感があふれる盛り合わせだ(写真:取材協力者提供)

スシローが中国本土に進出したのは2021年。最初の店舗は広東省・広州市にオープンした。そこからわずか4年ほどで急成長を遂げ、25年末時点の中華圏の店舗数は171店に達する(そのうち、中国大陸の店舗数は約44%だという)。店舗には大行列ができることもあるようだ。

順調な成長の一方で、その人気の陰には課題も残る。

26年1月から3月までの間、中国の消費者苦情プラットフォーム「黒猫投诉」には、スシローに関する苦情が18件寄せられたようだ。内容は下痢などの体調不良や食器への異物混入だった。

中国社会は食品安全問題に“慣れてしまっている”

ここで、中国と日本の食品安全に対する違いを紹介しよう。

日本企業では、食品安全に問題が生じた場合、営業停止や責任者の謝罪が一般的とされる。だが中国では事情が異なる。問題が指摘されても店舗は営業を続け、行政処分も出ないこともある。

背景には、食品の安全問題が相次いで発生し、人々の間では心理的な「慣れ」が生じつつあることが挙げられる。なにか大きな問題が起こると食品安全への関心は一時的に高まるが、時間が経つにつれて記憶は薄れていく傾向がある。

もっとも、近年は規制強化により状況は改善しつつある。毎年3月15日の「世界消費者権利デー」には、テレビ番組を通じて違法な肉加工や不適切な添加物使用などが繰り返し伝えられている。

ただ、それでもなお、食品安全は社会の重要課題であり続けている。

現時点で、問題となった刺身の産地について公式発表はない。中国メディアによれば、現地の日系寿司店で使用される刺身は主に中国国内で調達され、日本からの輸入は限定的とみられる。

近年、この傾向はいっそう強まっていると考えられる。23年8月以降、中国が日本産水産物の輸入を停止したことを受け、業界全体で国産食材への転換が進んだからだ。加えてコスト面の制約から、日本から鮮魚を継続的に空輸するケースは多くない。

日系寿司店には、火を通した料理がたくさんある

ところで、中国の日系寿司店では、刺身や寿司に加えて温かい料理がきわめて充実している。これは日本の回転寿司以上に顕著な特徴だ。

背景には、生食に慎重な消費者が一定数存在し、加熱料理への需要が高いという事情がある。そのため多くの店では、揚げ物や焼き物、麺類まで幅広くそろえ、天ぷらや唐揚げ、焼き鳥、うどん、ラーメン、丼ものが並ぶことも珍しくない。もはや寿司店というより、日本の定食屋に近い総合的なメニュー構成だ。

中国で急成長を遂げてきたスシロー, 中国社会は食品安全問題に“慣れてしまっている”, 日系寿司店には、火を通した料理がたくさんある, 高い人気を獲得してきたが…

また、ファミリー層やグループ客が多い中国では、「寿司だけでは食事として物足りない」と感じる人も少なくない。主食やボリュームのある温かい料理が求められるのはそのためで、店舗側も客単価を上げる戦略としてサイドメニューの充実に力を入れている。刺身が食べられない人でも、寿司屋に行ってしっかり満腹になれる。

さらに、“現地化”も重要な要素だ。甘辛い味付けやスパイシーなアレンジなど中国人の嗜好に合わせた工夫が加えられ、チーズを使った創作寿司や串焼き風のメニューなど、日本ではあまり見られない料理が人気を集めている。

中国で急成長を遂げてきたスシロー, 中国社会は食品安全問題に“慣れてしまっている”, 日系寿司店には、火を通した料理がたくさんある, 高い人気を獲得してきたが…

重慶市のスシロー店舗(写真:取材協力者提供)

中国に進出する日系寿司店の多くは、単なる「食事の場」にとどまらず、「食べながら遊ぶ」体験を取り入れた独自のマーケティングを展開している。中でもスシローは、中国メディアやネットユーザーから、飲食業界の「ディズニー」とも称される存在である。

北京に住むある若者はこう語る。「スシローの新店舗の出店が相次ぎ、予約なしでは数時間待ちも珍しくない。その人気を支えているのは、大型スクリーンによる注文システムや、抽選などのゲーム性を取り入れた体験型サービス、さらにSNSで拡散されやすい仕掛けだ」。

いわば「ネットで話題の店」として若者の関心を集め、来店へとつなげているのである。行列そのものが「人気店」の象徴として機能し、話題性を高める。こうした多層的な仕掛けこそが、スシローの持続的な人気を支えている。

食事体験の“エンタメ化”も好評のようだ。一定数の皿で抽選に参加できる仕組みや、アニメ関連グッズなどの景品が、食事に遊びの要素を加えている。

また、店内の視覚設計もSNSで拡散されやすい。回転レーンの動きや積み上げられた皿、明るく清潔感のある空間は写真映えしやすく、小紅書や抖音(中国版TikTok)といったSNS上で広く共有される。

価格帯も庶民にとってリーズナブルだ。従来、中国における日本料理は「高級」というイメージが強かった。しかしスシローは、10〜20元(約230〜460円)程度の低価格商品を打ち出し、そのハードルを下げた。これにより若者を中心に新たな客層を取り込み、寿司は「特別な食事」から「日常の選択肢」へと変わった。

高い人気を獲得してきたが…

低価格、ゲーム性、SNS拡散、ブランド運営といった複数の要素を組み合わせて、これまでスシローは中国で着実にファン層を広げてきた。同社が提供しているのは単なる寿司ではなく、娯楽性と社交性を備えた「上質な体験」だと言える。

そんな中で起きた今回の異物騒動。最終的に当局の検査で疑惑は否定されたものの、日系企業に教訓を残した。それは、SNS拡散の即時性は、動画ひとつで株価や積み上げてきた人気を急落させるということだ。

もちろん、日本でも数年前に客の迷惑行為がSNSで拡散されて注目を集めたことが記憶に新しいが、特に中国では、SNSの拡散力が極めて強く、単一の動画や投稿が世論を一気に形成する特徴があるので注意が必要だ。

企業は日常的な食品の安全・衛生管理を一層重視し、顧客からの苦情には迅速に対応する必要がある。デジタルリスク時代の中国市場では、初動の広報対応と現地当局との連携が事業継続のカギとなる。