「ホルムズ海峡封鎖」で堺屋太一はなぜ「多数の死者」を想定したのか 専門家が指摘「真に恐れるべきもの」とは

米国とイランが「2週間の停戦」に合意したものの、イスラエルとイランの軍事衝突は収束の兆しを見せない。ホルムズ海峡の事実上の封鎖で世界が揺れるなか、半世紀前に書かれた堺屋太一の小説『油断!』が再び注目を集めている。専門家はどう見るのか。
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■「中東大戦」から「最悪のシナリオ」へ
物語は、ある日突然、「中東大戦」が勃発してホルムズ海峡が封鎖され、日本への原油供給が途絶するところから始まる。ガソリンは消え、物流は止まり、都市は暗闇に沈む。専門家は政府の危機対策本部で淡々と「最悪のシナリオ」を提示する。
「200日間に、300万人の生命と、全国民財産の7割が失われるでしょう」
財界の重鎮は思わずこう漏らす。
「太平洋戦争3年9カ月と同じ被害だ……」
1973年に第1次オイルショックが起きた後の75年に出版された、堺屋太一の小説『油断!』の内容だ。
■中東原油が止まったら?
イスラエルと米国のイラン攻撃でホルムズ海峡が事実上封鎖されてから1カ月。小説が描いたような事態はこれから起こりうるのか。
経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦さんは、通商産業省(現・経済産業省)に入省後、長年エネルギー政策を担当し、出向した石油公団では備蓄計画課長として国家石油備蓄の実務に携わった。内閣情報分析官などを歴任し、原油市場分析の第一人者として知られる。『大油断』の著者でもある。藤さんはこう話す。
「今の日本は中東原油が止まっても、崩壊する国ではありません」
■ガソリン補助金の効果
『油断!』で設定された日本の石油備蓄はわずか65日分。小説では、原油の供給が止まることにより、電気もガスも止まった。当時の日本は、発電の主力は石油火力で、ガスも石油由来のLPガスが中心だった。実際、第1次オイルショックにあたって、深夜放送が短縮され、街灯も間引きされるなど、電力事情は逼迫していた。
しかし、藤さんは「今の日本で電気やガスが止まる可能性は極めて低い」と話す。
現在の火力発電はLNGと石炭が主力で、石油火力はほぼ姿を消した。首都圏向けの電力を担う柏崎刈羽原発6号機は今年再稼働した。ガスもLNGが中心で、豪州、米国、東南アジアなど供給先は多様化している。

■普段半分しか給油しない人が満タンにしたら
「LNGは価格は上がっても、途絶することは考えにくい」(藤さん)
第1次オイルショック時、政府は深夜営業の自粛やガソリン販売の規制など、国民生活に直接踏み込む強制的な消費抑制策に踏み切った。国家石油備蓄はなく、原油が止まれば社会が止まるという恐怖があったからだ。
だが、現在の政府は真逆の対応を取る。ガソリン価格の上昇を補助金で抑え、国民が「今のうちに満タンに」と不安に駆られるのを防いでいるという。
「普段は燃費が悪くなるのを気にして半分しか給油しない人が満タンにし始めたら、スタンドのタンクはすぐ空になります」(同)
今、『油断!』で描かれた「危機」に直面しているのは、経済インフラが脆弱なアジアの国々だ。バングラデシュでは発電用燃料不足で停電が頻発し、パキスタンでは給油待ちの車列が延びる。スリランカでも給油制限が導入され、公共交通が止まる地域が出ている。
藤さんが強調するのは、日本は254日分の備蓄を持っていたことで「少なくとも『半年の猶予』を確保した」という点だ。
「備蓄があれば、慌てずに次の調達先を探す余裕が生まれる。他のアジアの国々を見るとわかるように、危機は『時間がない』ときに深刻化するのです」(同)
■新たな「原油」供給国は?
イランへの攻撃が始まる前、日本は輸入原油の9割以上を中東地域に依存していた。
藤さんは「この先、半年の間に原油の供給国は大きく変わる」と予測する。
カギを握るのは米国だ。日量1300万バレル超を産油し、国内需要を差し引いても400万~500万バレルの輸出余力がある。日本の1日消費量の約半分に相当する規模だ。
米国の「シェールオイル」は短期間で増産が可能で、メキシコ湾岸の巨大ターミナルから輸出する。南米のコロンビア、ブラジル、ベネズエラ、ガイアナも候補地になるという。
「ENEOS、出光興産といった石油元売り会社や、三菱商事、伊藤忠エネクス、丸紅エネルギーなどの商社は必死に新たな輸入先を探しているでしょう」(同)

洋上の輸送距離が2倍ほど延び、コストは増える。それでも最優先は量の確保だ。
「日本は世界第4位の経済大国で、円は国際的に信用度の高い『ハードカレンシー』です。日本が原油を買い負けることはないでしょう」(同)
■「買い占め」パニックで死者
では、『油断!』で大量の死者が出たのはなぜか。
原因は原油途絶ではなく、パニックが生んだ社会の崩壊だった。大阪の米店の「売り切れ」の貼り紙が行列と買い占めを呼び、全国的な米騒動へと発展。物流が滞り、卸売業者には在庫があるのに店頭から米が消えた。栄養失調で衰弱した人々が、軽い病でも命を落とした。
「現代日本で、米騒動で死者が出ることは考えにくいですが、恐れるべきは買い占めです。買い占めさえ起きなければ、今回の石油危機は乗り越えられると思います」(同)
73年、第1次オイルショックのさなかに起きた「トイレットペーパー騒動」も、小説で描かれた米騒動と同じ構造だった。大阪・千里ニュータウンの主婦の「紙がなくなるらしい」といううわさが発端となり、買い急ぎが行列を生み、メディア報道が不安を全国へ拡散した。
■買い占めが拡大する「3つの波」
心理学が専門で、トイレットペーパー騒動を分析した大阪電気通信大学・小森政嗣教授は、買い占めが拡大するメカニズムを「三つの波」で説明する。
第1波はうわさを真実と信じた人々、第2波はデマと知りつつ「買い損ね」を恐れた人々、第3波は報道を見て不安に駆られた人々だ。
「人間は本能的に『恐ろしいことを他の人に伝えようとする』性質があります。第1波のうわさが広まる段階を自制できるかどうかがカギです」(小森教授)
73年当時、堺屋は通産省の官僚としてオイルショックを見ており、「トイレットペーパーの買い占めパニックが現実の物不足を生む」という現象を目の当たりにしていた。
堺屋が描いたのは、エネルギー危機よりも恐ろしい「買い占めパニックの破壊力」かもしれない。半世紀前の教訓は、今、再び私たちに突きつけられている。
(AERA編集部・米倉昭仁)
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