中年にありがちな症状はアルツハイマー病の前兆か? 認知症の発症前に現れる脳のSOSとは

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中年期に突然訪れる気分の落ち込みや意欲の低下。誰もが通る道だ、などと甘く見てしまう人が少なくないが、それは危険な兆候の可能性がある。筆者の研究では、気分障害の症状が認知症発症の「7年前」に現れたことがわかった。アルツハイマー病のサインかもしれない、脳のSOSとは?※本稿は、精神科医の加藤忠史編『「心の不調」の脳科学 脳の中で、何が起きているのか』(講談社)のうち、高畑圭輔執筆部分を抜粋・編集したものです。
タウというタンパク質の蓄積が
アルツハイマー病を引き起こす
脳内炎症が続くと、やがてタウというタンパク質が蓄積して、神経細胞の機能が低下したり、細胞死が起きたりする恐れがあります。
タウの蓄積はアルツハイマー病の患者さんの脳内で起きていることがよく知られています。アルツハイマー病では、まず神経細胞の外部でアミロイドβというタンパク質の断片が蓄積し、その後、神経細胞の内部でタウが蓄積していき、やがて細胞死が起きて認知症の症状が現れます。
アミロイドβ蓄積とタウ蓄積の関係はよくわかっていませんが、神経細胞の細胞外にアミロイドβが蓄積すると、それを除去しようと免疫細胞が働いて脳内炎症が起き、それがタウ蓄積の要因になるのではないかと推測されます。
タウは、主に神経細胞の微小管に集まるタンパク質の一種です(図7-3)。

同書より転載
微小管は細胞骨格として細胞の形を支え、細胞内の物質輸送のレールの役割も担っています。微小管は、たくさんのタンパク質が集まってチューブを作っています。
その微小管はタンパク質がバラバラになって壊れる過程と、タンパク質が集まってチューブを作る過程の新陳代謝を繰り返しています。
脳内炎症が続くと
細胞死が広域に広がる
脳内炎症など何らかの環境変化があると、微小管のタンパク質がバラバラになったときに、タウが過剰にリン酸化され、数百~数千のタウが線維状に凝集して神経細胞の内部に蓄積します。
そのタウ凝集体は「神経原線維変化」と呼ばれ、神経細胞の興奮のしやすさや信号伝達などの機能に不具合を及ぼし、やがて細胞死を引き起こします。
脳や脊髄の神経細胞に細胞死が起きる病気を「神経変性疾患」と呼びます。認知症のもっとも頻度の高い原因であるアルツハイマー病も神経変性疾患の一種です。
神経変性疾患では、細胞死に至る前段階で、神経細胞の機能低下に伴いうつなどの精神症状が現れるケースがあります。
アルツハイマー病では、脳内炎症が続いてタウ凝集体の蓄積が進み細胞死が広範に広がることで、認知症の症状が現れます。
タウの蓄積量と
症状の重さは比例する
脳内にタウが蓄積するリスクとなるのは、ウイルス感染や頭部外傷だけではありません。加齢もリスクとなります。つまりタウが蓄積するリスクは誰にでもあるのです。
細胞の老化によって、微小管を作るタウなどのタンパク質がバラバラになって壊れる過程が加速する一方で、タンパク質が集まって微小管を作る作用が弱まるためにタウが蓄積する、といったことが考えられます。
精神医学の礎を築いたドイツのエミール・クレペリンは1910年、「初老期精神病の領域は、今日の精神医学全体の中でももっとも不明瞭な領域である」と述べたそうです。
初老期になって初めてうつ病を発症した「老年期うつ病」の患者さんは、妄想や幻聴など、若い人のうつ病とは異なる症状を伴うことがあります。そのため、同じうつ病でも、若い人のうつ病と老年期うつ病では、発症メカニズムが異なるのではないかと指摘されてきました。
私たちは、中高年で発症したうつ病の患者さんを対象にPET検査(編集部注/アルツハイマー病の原因物質アミロイドβの蓄積を画像化する検査)を行ったところ、半数以上の人でタウが大脳皮質全体に蓄積していることを確かめました。特に妄想や幻聴といった症状のある人ほど、タウがたくさん蓄積している傾向がありました。
老年期に初めてうつ病または双極症を発症した患者さんの死後脳も調べました。すると、うつ病では50%以上、双極症でも40%以上の人たちでタウが蓄積していることがわかりました。
初老期の気分障害は
認知症の初期症状?
さらに私たちは、40歳以降にうつ病または双極症を発症した患者さん52名、同年代の健常者47名を対象にPETでタウ蓄積を調べた結果を2025年に発表しました(図7-6)。

同書より転載
健常者群では約15%、患者群では50%にタウ蓄積が認められました。また、認知症の発症よりも平均して7年前に、うつや躁の症状が先行して現れることがわかりました(注1)。
クレペリンが謎だと指摘した初老期精神病には、タウ蓄積が関与しているケースがありそうです。そしてタウ蓄積は老年期よりも前の中高年期ですでに見られ、それがうつ病や双極症の原因になっているケースもあるようです。
アルツハイマー病やパーキンソン病など脳内で異常なタンパク質の蓄積や神経細胞の顕著な細胞死が見られる神経変性疾患とは異なり、うつ病などの精神疾患は、異常なタンパク質の蓄積や細胞死などの顕著な病変は見られない、と言われてきました。
(注1)Kurose S. et al., Alzheimers Dement . 21(6):e70195 (2025)
しかし、中高年で初めて精神疾患の症状が現れる人の中には、タウなどの蓄積によって細胞死が顕著に起きて認知症に至る前段階として、神経細胞の機能が低下している人が少なからずいるのかもしれません。
この研究により、中高年発症の気分障害(うつ病や双極症)に認知症と共通する病態が含まれる可能性が示され、今後は病態に基づく客観的診断と根本的な治療の開発が進むことが期待されます。
脳内の蓄積物質を発見し
取り除く技術の実用化が待たれる
加齢によって脳内に蓄積するのは、アミロイドβやタウだけではありません。α-シヌクレインも凝集体を作って脳内に蓄積し、パーキンソン病やレビー小体型認知症の原因となります。
レビー小体型認知症は、アルツハイマー病と脳血管性認知症と並び患者数の多い、三大認知症の1つです。私たちの研究センターの遠藤浩信主任研究員らは2024年、生きた人の脳内におけるα-シヌクレインを可視化できるPET薬剤の開発に世界で初めて成功しました(注2)。
タウやα-シヌクレインなど脳内に蓄積する物質を捉える技術は、中高年の精神症状や認知症の予防や治療に大きく貢献するはずです。
症状が出る前の人を対象に、タウやα-シヌクレインなどの蓄積をいち早く捉えるには、血液検査など簡易な手法の開発も必要です。すでに、α-シヌクレインの蓄積を血液で検出する技術が開発されています(注3)。
血液検査などで脳内に異常な物質が蓄積している可能性が高いことがわかった人にはPET検査を受けてもらいます。それにより脳のどの領域にどれくらいその物質が蓄積しているかを調べて、将来、どのような疾患を発症する可能性がどれくらい高いのか、リスクを予測することができるようになるでしょう。
発症リスクが高い人には、蓄積した物質を取り除く作用を持つ薬剤を投与して発症を防ぐことができると期待されます。

『「心の不調」の脳科学 脳の中で、何が起きているのか』 (加藤忠史編、講談社)
症状が現れた後でも、脳内のどこにどのような物質が蓄積しているのかをPETで可視化することにより、病状を客観的に診断することができます。
また、蓄積した物質を取り除く薬を投与した後、脳内のどこでどれくらいその物質が除去されたのか、治療効果を客観的に評価して、適切な治療を選択していくことができるようになるでしょう。
そのような予防・治療の実現を目指して、私たちはPETを中心とした研究を進めていきます。
(注2)Endo H. et al., Neuron 112(15):2540-2557.e8 (2024)
(注3)Okuzumi A. et al., Nat Med . 31(2):698 (2025)