「キラー衛星」が宇宙で大暴れ? 航空自衛隊の名前が変わる本当の理由【元空将が解説】

航空自衛隊の戦闘機「F15」と「 F2」 Photo:PIXTA
私たちの日々の生活は人工衛星に支えられている。だが今、人工衛星が飛び交う宇宙空間が「危険地帯」になりつつある。他国の衛星に体当たりする「キラー衛星」、電磁波による妨害、宇宙ゴミの脅威。これらに対処するため、航空自衛隊は2026年度中に「航空宇宙自衛隊」へと改称する。この名称変更は、日本の安全保障を根底から変える転換点になり得る。元空将への取材内容を踏まえながら、そう言える理由を解説する。(安全保障ジャーナリスト、セキュリティーコンサルタント 吉永ケンジ)
宇宙領域を守り抜く!
改称の裏にある決意
航空自衛隊(空自)は、2026年度末までに「航空宇宙自衛隊」へと改称する。1954年の発足以来、陸海空自衛隊における名称変更は初である。
空自で航空支援集団司令官などを歴任した山田真史氏(元空将)は、改称の背景を次のように熱弁する。
「気象観測やGPS、衛星インターネットなど、人工衛星を活用したサービスは国民にとって不可欠となっている。だが、多くの人工衛星が飛び交う宇宙空間は、スペースデブリ(人工衛星の破片などの宇宙ゴミ)との衝突リスクや、他国による衛星妨害などの軍事的リスクが顕在化している」
「さまざまな脅威に対処するために、空自は航空宇宙自衛隊という名称に変わる。名は体を表すという考えのもと、宇宙領域もしっかりと守り抜くという国家意思の表れだ」
いわば現代における宇宙は、安全保障上のリスクが伴う「危険地帯」だと言える。日本の人工衛星や、そこから得た重要なデータがリスクにさらされないためには、自衛隊による防衛体制の確立が不可欠なのだ。

写真はイメージです Photo:MARK GARLICK/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Gettyimages
宇宙はなぜ「危険地帯」と化したのか。まずは、その背景を紐解いてみよう。
宇宙の軍事利用が本格化した時期は、冷戦時代の米ソ対立にさかのぼる。1957年、旧ソ連が人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功すると、米国との間で激しい宇宙開発競争が幕を開けた。その目的は純粋な科学探査だけではなく、弾道ミサイルの開発、軍事通信、そして偵察衛星打ち上げなど、軍事的な側面が強かった。
こうした国家間の競争激化を受け、1967年の国連総会で「宇宙条約」が採択された。この条約は宇宙空間の探査・利用の自由、領有の禁止、平和利用の原則などを定め、核兵器や大量破壊兵器の宇宙配備、月や天体の軍事利用(基地化)などを禁じた。
しかし山田氏は、この条約には重大な「抜け穴」があったと指摘する。
元空将が指摘する
宇宙条約の「抜け穴」とは?
「宇宙条約は天体の軍事利用を禁じたが、宇宙空間における軍事的活動そのものは禁止していない。偵察衛星を飛ばすのも、通信衛星を軍事目的で使うのも自由。おそらく大国の思惑が入っていたのだろう」(山田氏)
事実、各国は偵察衛星や軍事通信衛星の打ち上げを加速させた。宇宙空間には領空の概念がなく、空と宇宙の境界すら国際法上の明確な定義もない。偵察衛星による他国の監視活動は事実上制限されないのだ。
そして21世紀に入ると、軍事衛星の技術開発がさらに加速。他国の偵察衛星に監視されないよう、妨害する技術なども進化した。
その上、宇宙空間における破壊実験なども行われるようになった。例えば中国は2007年に、自国の気象衛星をミサイルで破壊する実験を断行。大量のスペースデブリを発生させ、破片と衝突したロシアの小型衛星が使用不能になる問題を引き起こした。
最近では2021年に、中国の通信衛星「実践20号」が米国の宇宙監視衛星に接近され、距離を取って監視を回避した例もある。また、米宇宙軍は2025年に「中国が人工衛星同士のドッグファイト(空中での近接戦闘)の訓練を行っている」と注意喚起を行うなど、宇宙空間を舞台とした米中の駆け引きが勃発している。
このほか、ロシア・ウクライナ紛争で「衛星画像による情報戦」が行われるなど、宇宙空間における軍事的活動は過熱の一途をたどっている。
一方、世界各国が宇宙の軍事利用を進める中、日本は長らく足踏みを強いられていた。1969年の国会で「宇宙の平和利用決議」が採択され、宇宙開発は「平和の目的に限る」という制約が設けられたためである。
この“縛り”があった時代、日本は画像撮影・測位・通信といった安全保障に不可欠な技術を自前で開発できず、他国からの提供に頼るほかなかった。
しかし、宇宙空間における安全保障環境が厳しさを増すにつれ、「安全保障の観点から、宇宙開発に過度な制約を課すべきではない」(山田氏)という見方が強まっていった。
“縛り”がなくなった日本に
欧米諸国も期待!
そして2008年に転機が訪れた。日本で「宇宙基本法」が制定され、「平和利用」の解釈を「非軍事」から「非侵略」へと転換。侵略目的でない限り、安全保障目的での衛星活用が可能になったのである。「自分たちの手で欲しい情報を取れるようになったのは、日本にとって非常に大きかった」と山田氏は振り返る。
そこから空自は、宇宙空間における監視・情報収集能力を段階的に強化してきた。
直近では、2020年に「宇宙作戦隊」(約20人規模)が発足した。その後、2023年に組織を拡充して「宇宙作戦群」へと改編。さらに2026年3月には、約670人規模の「宇宙作戦団」へと格上げされた。最終的には、2026年度末までに「宇宙作戦集団」(約880人規模)へと発展させる計画だ。
※注:原則として、空自の組織は「隊→群→団→集団」の順に規模が大きくなる。
また、従来の空自は、地上のレーダーなどを駆使して宇宙物体の位置・軌道を把握する「SSA(宇宙状況把握)」を戦略の基本としていた。
今後は宇宙空間に衛星を打ち上げて直接監視する「SDA(宇宙領域把握)」にも注力し、独自の衛星を2026年度中に打ち上げる予定である。
衛星が取得した監視データ(SDAデータ)は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や民間企業に加え、米国をはじめとする同盟国・同志国にも共有する考えだ。
山田氏によれば、日本・空自はこうした情報提供により、国際社会における地位をより強固にできるという。
「西側諸国の監視ネットワーク(センサー網)においては、日本周辺の軌道を常時モニターする拠点が不足しており、日本周辺は事実上の空白地帯となっている。日本と連携して上空にセンサーを置くと、宇宙空間からの監視の範囲を広げ、この穴を埋められる。だから米国は、以前から日本と組みたがっていた」(山田氏)
「欧州で最も宇宙軍事能力が高い国」とされるフランスも、空白地帯を埋めるSDAデータの提供を期待し、にわかに空自との協力体制を強めている。
具体的には今年2月、フランス主催の多国間宇宙演習「スパーテクス2026」に空自が参加。3月にはフランス航空宇宙軍の宇宙コマンド司令官が来日し、空自からフランス軍への連絡官派遣に関する文書を交わした。
将来的には、欧州から見えにくいインド太平洋の衛星情報を日本から提供し、欧州・中東方面の情報をフランスから受け取るといった「相互補完」にも力を入れていくという。
「航空宇宙自衛隊」に改称しても残る
「大きな課題」とは?
このように見ると、航空自衛隊の「対宇宙能力」はすでに一定の水準に達しており、「航空宇宙自衛隊」への改称を機に、さらに発展していくかのように映るかもしれない。
しかし、実際には大きな課題が残されている。
それは「宇宙基本法」制定を経てもなお残る、法的な“縛り”だ。
というのも、防衛省は2025年に「宇宙領域防衛指針」を策定し、これに則して体制強化を進めてきた。
筆者の言葉で簡単に要約すると、同指針のポイントは「捉える」「繋ぐ」「守る」「妨げる」の四つだ。その詳細は以下の通りである。
・捉える:複数の人工衛星を連携させ、一体的に運用するシステムの構築により、移動する目標をリアルタイムで探知・追尾できるようにする
・繋ぐ:次期防衛通信衛星を整備し、作戦の基盤となる衛星通信を確保する
・守る:サイバーセキュリティを強化し、衛星通信の盗聴・改ざんや、衛星で収集した情報の漏洩などを防止する
・妨げる:中国やロシアが開発中とされる「キラー衛星」(衛星を攻撃するための衛星)や、電波妨害などの攻撃に対処する
注目すべきは、4つ目の「妨げる」だ。
特に、標的とした衛星の機能を奪うとされるキラー衛星をけん制するには、その脅威に対抗できる能力を持った衛星が不可欠だ。すでに防衛省は、自国の衛星を守る「ボディーガード衛星」の実証機の開発に着手しているが、防御に特化した衛星だけで、本当に抑止力になるかは議論の余地がある。
何らかの方法で他国のキラー衛星を「無効化する能力」が求められる可能性もあるが、ここに法律の壁が立ちはだかる。見方によっては、他国のキラー衛星を妨害することが「非侵略」の原則に反する恐れがあるのだ。
「宇宙空間における“対抗措置”を合法にすべきか否かという議論が、これから国内で進んでいくだろう」と山田氏は予測する。
空自のスピード改革から
垣間見える「覚悟」とは?
このほか、自衛隊はただでさえ募集に苦労しており、人手不足にあえいでいる。その状況下で宇宙関連領域に人員を集中投下すると、他の領域が手薄になる懸念も残る。
こうした課題があるにせよ、かつてであれば10~20年かけて練り上げるような組織改編を、空自が異例のスピードで進めているのは確かだ。
山田氏はこの速さに、国の覚悟を見る。
「このスピード感は昔では考えられない。その背景には、アメリカをはじめとする同盟国・同志国の、日本に対する期待が大きいことがあるのだろう」
「データ共有による空白地帯の穴埋めが中途半端に終われば、国際社会で“期待を裏切った”と後ろ指を刺されかねない。だからこそ、70年以上親しんできた航空自衛隊という名前を変えて、国が本気だということを示している。この姿勢は、国際社会で大きな意味がある」
航空宇宙自衛隊への改編は、単なる看板の掛け替えではない。宇宙という新たな領域を国として守り抜くという決意の表明であり、国際社会での役割拡大を示す一歩だ。大空の先にある宇宙で、日本の防衛技術はどこまで進化するのか――。