「GWは予定がありません」 平均予算2.7万円の裏で進む、連休を真っ二つに分けた“選民レジャー”の実像
平均予算の低下と消費の変化
調査会社大手のインテージ(東京都千代田区)が実施した調査結果(2026年4月16日発表)は、2026年のゴールデンウィーク(GW)に起きている静かな変化を映し出している。全国5000人を対象としたこの調査によれば、全体の平均予算は2万7660円。前年の2万9237円から約5%減少し、2023年から続いていた横ばいの傾向が、2026年に入って明確に下落へと転じた。
【画像】「調査結果」を見る
人々の過ごし方も様変わりしている。最も多い回答は「予定なし」の41.2%で、前年の36.5%から大きく跳ね上がった。「自宅で過ごす」という人も3割を超え、連休に外出や旅行をあえて選ばない層が着実に広がっている。国内旅行は1割強、海外旅行に至ってはわずか1.0%。国際情勢そのものは「影響ない」とする声が大半だが、その一方で「予算や予定を控えめにする」と答える人が2割近く存在し、財布のひもを固く締める様子が浮かび上がる。興味深いのは、全体の平均が下がる一方で、
「宿泊をともなう国内旅行の平均予算」
だけが9万5671円と、前年比112%にまで跳ね上がっている点だ。
この数字の乖離は何を意味するのか。「平均」という物差しでは、もはや消費の実態は測れない。かつて市場を支えていた、手頃な価格でほどよく楽しむ「中間の選択肢」が、供給と需要の両面で細っている。その結果、中間層が市場から静かに立ち去り、統計上の空白が生まれている。
もはやGWは、多くの人が一斉にどこかへ出かける祝祭ではなくなった。支出を極力切り詰める層と、高い費用を払ってでも旅の価値を守る層。連休の過ごし方は、今やそのふたつの形に、はっきりとわかれつつある。
平均値と実態の乖離

ゴールデンウィークに関する調査(画像:インテージ)
この調査が突きつけているのは、全体の平均値と特定の層の動きが、もはや別の世界の出来事のように離れてしまっている現実だ。
前述の通り平均予算2万7660円という数字を眺めれば、一見、消費の勢いが弱まったように映る。しかし、実際に宿泊旅行を予定している層に目を向ければ、その予算は10万円の大台に迫る。この乖離は、これまで市場の厚みを形づくっていた中間層が細り、消費のあり方が真っぷたつにわかれたことを物語っている。平均値は実態を映す鏡としての役割を終え、むしろ支出を削る層と高値を払ってでも価値を求める層の分断を覆い隠す数字になってしまった。
「予定なし」と答えた人が4割を超えたことも、意欲の低下とはいい切れない。物価の高騰や混雑といった不利益を比較して、家で過ごす方が合理的だと判断する人が増えた結果だろう。一方で、10万円近い予算を組む層は、その対価を払わなければ連休中の快適さや確実性を守りにくい現実を受け入れ、あえて高い価格帯に身を置いている。各自が自分の置かれた状況にふさわしい動きをした結果、中庸な価格帯のサービスは市場から姿を消し、選択肢は両端へと引き裂かれた。
宿泊旅行の予算が前年比112%まで伸びた背景には、物価高に加えて、供給側が収益を重視した姿勢がある。需要が重なる時期に価格を引き上げるのは経営判断として自然な流れだが、その結果として、一定以上の資金力を持つ層だけが門を潜れる仕組みができあがった。
利用者側もまた、限られた休暇で失敗したくないという思いから、質の確かなサービスに支出を集中させている。作り手と使い手の双方がそれぞれの利益を求めて動いた結果、「旅行をするなら高額な出費は避けられない」という状況が定着した。レジャーはかつてのような自由な選択肢ではなく、手持ちの資金によって参加の可否が振りわけられるものへと変質しているのだ。
行動選択の分化と情報格差

ゴールデンウィークに関する調査(画像:インテージ)
今回の調査結果で際立つのは、「行かない人」と「行く人」の双方が、それぞれの立場で最も有利な道を選び取っている姿だ。
支出を削りたい層にとって、高騰する価格や混雑を避けて家で過ごすことは、いわば賢い防衛策となる。前述の通り「予定なし」が4割を超えた背景には、費用に見合わない体験をあえて避けるという冷静な判断があるのだろう。一方で、旅行を強行する層にとっては、たとえ割高であっても限られた連休の機会を確実に守ることが、理にかなった選択となる。
こうした個々の合理的な振る舞いが積み重なることで、かつて市場の主役だった中間の選択肢は姿を消しつつある。国内旅行の宿泊数を見ると、1~2泊が68.6%と大半を占め、前年の67.2%からさらに集中が進んだ。高騰する宿泊費を前に、滞在期間を切り詰めることで予算を調整する動きが見えてくる。かつてのような「手頃な価格でほどよく楽しむ」レジャーの形は、需要の集中と価格の引き上げによって、もはや成立しにくくなった。どちらを選んでも個人としては妥当な判断なのだが、その集積が、連休の過ごし方を「動かない」か「高い対価を払う」かの二択へと追い込んでいる。
また、情報と時間の使い方が、市場での有利不利をわける決定的な要因となっている点も見逃せない。早くから動いて値上がりを回避できる層と、直前まで予定を固められない層。両者の間には、同じ内容のサービスであっても支払う額に大きな開きが生じる。この差は収入の多寡だけではなく、情報を集める時間や、複雑な予約の仕組みを使いこなす習熟度にも左右されるものだ。
ネット環境の進化によって、好機を逃した際の負担は以前よりも格段に重くなった。海外旅行を予定する1.0%の層や、予算を前年比112%まで積み増す層は、情報を読み解く力を実質的な武器として活用している。対照的に、こうした条件を揃えられない層は、割高な支払いを受け入れるか、あるいは市場から去るかという厳しい選択を迫られる。情報の持ちようが、個人の選べる範囲を容赦なく切りわけているのだ。
平均値では捉えきれない消費の分断

2026年GW 二極化する連休の過ごし方。
2026年のGWが突きつけたのは、消費が減ったとも増えたとも一言ではいい切れない、捉えどころのない現実だ。
前述の通り全体の平均予算が2万7660円まで落ち込む一方で、宿泊旅行に限れば予算は10万円近くにまで膨らんでいる。相反するふたつの動きが背中合わせで進んでいるため、もはや平均という尺度だけでは、世の中の実情を掴みきれない。このわかれ道は、おそらく今後も続いていくはずだ。市場に関わる人々がそれぞれの立場で理にかなった判断を積み重ねた結果であり、どこか一箇所を直せば済むような話ではないからだ。
こうした変化のなかで、かつて当たり前だった「手頃な価格でほどよく楽しむ」形は、すっかり成立しにくくなった。作り手が収益をしっかり守ろうとすれば価格は跳ね上がり、使い手が失敗を恐れて人気の場所に集まれば混雑はさらに増していく。こうした個々の振る舞いが、中庸な選択肢を市場からじわじわと押し出している。前述の通り「予定なし」が4割を超えたのは、混乱を極める状況に最初から関わらないという選択が、市民権を得た結果だろう。
失われた中間のレジャーが再び戻ってくるのか、それともこのまま細っていくのか、先行きは見通せない。確かなのは、今年の連休が、出費の多寡ではなく、時間や情報といった条件を揃えた人だけが参加の切符を手にできる段階に入ったことを示している。
ひとりひとりが自分にとっての正解を選び続けた結果として、中間層の居場所が少しずつ狭まっている。そんな重い事実が、データから見えてくるのだ。